トーキング・マイノリティ

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ジャッカルの日 その二

2013-08-11 20:40:21 | 読書/小説

その一の続き
 秘密情報機関SDECEの内部浸食が進み、暗殺未遂事件を起こした実行犯も処刑され、支援者も去り壊滅寸前となったOAS。残された幹部は、ついに面の知られていない外国人殺し屋にド・ゴール暗殺をさせることに決めた。それに選ばれたのがイギリス人のプロで、50万ドルと報酬も桁外れだが、狙撃主としての腕も超一流だった。本名も不明ゆえ、この殺し屋のコードネームは本人の望み通りジャッカルと決まった。この時ジャッカルがOAS幹部に言った言葉は意味深い。
暗殺者の銃弾から完全に保護されている人間など、この世界に一人もいない

 暗殺実行に当たり、ジャッカルはいくつもの偽造パスポートを手に入れるのだが、その手段は興味深い。当時の英国では偽のパスポートは容易に入手できたそうで、殺し屋は密輸業者は偽名を使うのに死人の名を使っていたという。ジャッカルも彼らに倣い、村の墓地を探し、彼の意図に相応しい墓標を見つけた。
 英国の公務員は、丁重な問い合わせにはとても親切に対応するという特徴があり、ジャッカルはそれを利用し死人の記録を怪しまれず見せてもらう。そして死者に成り済まし、パスポートを申請したのだ。

 まもなくSDECEの調査(実態はメンバーを拉致・拷問)により、OASが外国人殺し屋を雇ったことが判明する。大統領暗殺を阻止するため、選ばれたのが捜査の腕利きのルベル警視。ルベルは英国の警察にも非公式としてだが協力を要請する。SDECEと英国の諜報機関SISの不仲は知られており、協力は望めない関係にあるとか。

 小説に見る英仏関係も興味深い。英国人の作者フォーサイスはド・ゴールにあまり好感を持っていないらしく、このフランス大統領に何度も「傲慢」の形容を使っている。第二次世界大戦中、ド・ゴールや自由フランス軍を英国は支援したにも関わらず、それに感謝するどころか尊大な姿勢で臨み、英国のEC加盟を拒否したこともあり、英国外務省官僚ならずとも面白くないのかもしれない。
ジャッカルの日』に登場する英国外務省フランス局の局長からして、フランスとフランスにまつわる全てが嫌悪の対象でしかないのだ。もちろん外交官らしく局長はそれを公言しないが、小説にある対仏外交方針を引用したい。

ドーバーのかなたにあるあの国との間には、昔から真の友好関係というものは存在せず、担当局の責任者も友好に意を用いるよりむしろ、あの混乱した人事、動き、野心、そしてしばしばその謀略を研究分析して事務次官に報告し、そこから外相の耳に入れることのほうに重点を置き、またそうするのが第一の任務だとされてきた…

 これだけでも英国外交の冷徹さが伺えよう。単なる外交辞令ばかりではなく、マジで隣国との友好を心がけている外交官が多い極東の某島国とは何という違いだろう。物語では書かれていなかったが、おそらくフランス外務省イギリス局のトップも同じように海の向こうの島国を見ているのかもしれない。
 ルベルの要請で、自国人らしき殺し屋の捜査を始めた英国の警視はウェールズ出身だった。該当者は見当たらないと判断した部下の1人はこう言い放つ。
「政治暗殺のプロなんて滅多にいないってことですよ。この国にはおそらく、そういう輩はいないんじゃないかな。イギリス人の気質に合わないんですよ

 これを聞いたウェールズ出の警視は不快になる。彼は大英帝国の国民を言う時は、英国人という言葉の方を好んでいたのだ。部下がイギリス人という言葉を使っていたので、じゃウェールズ人やスコットランド人やアイルランド人の中にはそういう人間がいるのかと、僻みたくなったのだ。英国国内の民族感情も興味深い。

 ド・ゴールは毎年決まって8月25日のパリ解放記念式典に出ていた。それを狙いジャッカルは暗殺決行日にする。映画ではこの解放記念式典の様子も映されており、至る所ではためく三色旗や大規模な軍事パレードは実に見応えがあった。これは共産圏の軍事パレードともよく似ていたし、フランスの軍事大国ぶりを見た想いになった。
 銃器類には全く無知の私でも、ジャッカルがド・ゴールを仕留めようとしたライフルには本当に驚いた。彼は傷痍軍人に変装し、ついていた松葉杖が暗殺用の銃に早変わりする。このシーンに圧倒された人も多かっただろう。

『ジャッカルの日』は旧ソ連邦で、KGBのマニュアル本としても使われていたそうだ。これには作者自身も驚いたそうだが、それくらいの傑作ということ。実際の殺し屋にもこの小説の愛読者が多かったという。 

◆関連記事:「英国共産革命計画
南アフリカとイギリス

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2 コメント

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ジャッカルの日 (室長)
2013-08-13 08:35:31
こんにちは、
 この映画は、小生も見た記憶がある。田舎の有閑マダムを誘惑して、住み着いたり、お釜に変装したりと、あらゆる手段を使ってパリに辿り着き、アパートの窓辺から発砲した・・・・。
 でも、一度しか見なかったから、さすがに記憶が薄いです。

 今日から、小生は、田舎の別荘に2-3日でかけます。暑すぎるし、別荘の手入れが必要。

 なお、土曜日に『風たちぬ』を見ました。ジブリの映画は、町の風景描写が素晴らしい。我々昭和世代の、心の中にある、古い日本の風景がいたるところに忠実に再現されていて、それこそ昔に帰った気がする。
 日本家屋の香りとか、ゼロ戦開発の秘話というような感じだけど、ジブリ特有のファンタジー色は薄くなって、リアル感が多い映画となっている。
 ともかく、若い人が観客に多かったけど、本当は、我々老人層にこそ楽しめる映画と思えた。
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RE:ジャッカルの日 (mugi)
2013-08-13 22:51:50
>こんばんは、室長さん。

 時間の制約もあって、映画はどうしてもストーリーが短縮されますよね。ジャッカルに誘惑された田舎の有閑マダムも、かつてはレジスタンスの闘士だった旦那が戦時の埋め合わせとばかりに浮気しまくっているという事情もあったのです。ジャッカルはオカマにも変装しますが、映画版では口紅は塗っていなかった。あの顔に口紅ではさぞ気味が悪いはずです。

『風たちぬ』はまだ見ていませんが、宮崎監督は「慰安婦問題、謝罪賠償すべき」「領土は他国と半分にして解決」「国防軍はやめろ攻められた方がマシ」等と、言っていたことをネットニュースでありました。
http://blog.livedoor.jp/dqnplus/archives/1768560.html

「典型的な戦後左翼だな」「自分とこのアニメの版権を主張されたら半分こするのか?」のような感想コメントが寄せられたのは当然でしょう。アニメ監督としては才能のある人物ですが、この発言にはガッカリでしたね。監督が左派寄りとは聞いたことがありますが、これ程とは…
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