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マオ(下巻)―その③

2006-07-19 21:29:11 | 読書/東アジア・他史
その①その②の続き
  武力鎮圧と並行し宣伝戦も行われ、毛沢東の命によりチベットは恐ろしい土地であるとのイメージを植え付けるための大々的なメディア・キャンペーンが始まっ た。チベットでは残虐な拷問や刑罰が日常茶飯事であるという宣伝だったが、中華思想の異民族蔑視も手伝いこの宣伝作戦は効果を上げ、チベットは野蛮な国と のイメージが人々の頭に焼きつく。チベットの神権政治に暗黒面があったのは確かだが、残虐性と犠牲の大きさからすれば、中共には遥か及ばない。現代の反日 キャンペーンの魁というべきだろう。

 中共寄りだったパンチェン・ラマの書簡は、この上ない惨状を如実に示している。チベット鎮圧後、容赦なく食糧供出が実行され、昔は「食料がこれほど不足したことはなかった…餓死者が出たことはなかった」が、「ほとんど全ての保存食、肉、バターが没収され…ランプを燈す油もなく薪さえもなかった」の有様。共同食堂に集められた人々が口に出来たのは「雑草、とても食べられない木の皮、木の葉、草の根や種」で、以前は動物の飼料に使われていたものが、「今では滅多にありつけない栄養のあるご馳走」となった。「このような飢餓の苦しみはチベットの歴史にはこれまで一度もなかった」という。

 チベット各地を訪ね歩いたパンチェン・ラマは青梅省で茶碗さえ持たない人々を目撃、「昔の社会は乞食でさえも茶碗は持って」おり、蒋介石や回族軍閥支配時代にも青梅省のチベット族は「茶碗が持てないほど貧窮したことはなかった」。飢えた民衆は食糧を求めて、強制労働収容所や刑務所にまで押し入ろうとした。
 虐殺行為と並行して中共は文化の抹殺も進めた。チベットの生活習慣全体が「後進的で不潔で無用」と激しく攻撃、仏教による葬式を禁じ、「経典は肥料にされ、仏画や経文の描かれた布でわざと靴を作らされた」とパンチェン・ラマが書いている。かつて中央アジアのムスリムも異教の文化破壊に着手したが、中共よりずっと人道的だった。

 著者は一章につき平均20頁前後記しているが、何故か第42章チベット動乱に関しては8頁しかない。しかも他の章と異なり、どのような迫害が行われ、何人が犠牲になったかの詳細記述や数値もないのだ!中国系三世アメリカ人でありながら「ウイグル・チベットは中国古来の領土」と公言したアイリス・チャンよりはマシだが、チベットの大虐殺には“虐殺”の言葉は使われておらず、“禍”で済ませている。
  弾圧されたのはチベットだけでなく、内モンゴル自治区も劣らぬ惨状だった。この地の回族の女性幹部は歯をペンチで引き抜かれ、鼻と両耳はもぎ取られた挙 句、切り刻まれて惨殺された。棒で強姦された女性もある。舌を切り取られ、両目をえぐり出された者、性器を棍棒で殴られ、両方の鼻孔に火薬を詰めて火をつ けられた人物もいる。

 毛沢東の宣伝工作は世界中に広げられた。特に香港に対する騒動は興味深い。1967年5月の労働争議に付けこみ、香港の過激派を焚き付け暴力をエスカレートさせた。香港の暴動でデモ隊の何人かが警官に殺害されたが、これを口実に中共メディアは「(警官に)やられたようにやり返せ」と反英宣伝を展開、二ヶ月間に香港で160件の爆弾事件まで起きている。イギリス側が期待通りの報復虐殺はせず活動家を検挙する対策に徹したので、毛沢東がイギリスに叩頭させる望みは叶えられず仕舞となった。

  業を煮やした毛沢東は中国国内でゴロツキを暴れさせることにする。8月22日、一万を越える群集が北京のイギリス公館に火を放ち、建物内に閉じ込められた 職員たちを恐怖に陥れ、女性には性的暴行を加えた。イギリス以外にも二十カ国ほどの大使館が襲撃され、ソ連やインド、インドネシア、モンゴル、北朝鮮など の大使館も襲われた。
 一連の襲撃は当局の是認のもとで行われ、デモ隊が公館を取り囲み拡張器で暴言をがなりたてたり、群集が敷地や建物に乱入、自動車に放火し、外交官や配偶者を乱暴に小突き回し、子供たちを脅しつける者もあった。およそ40年経た昨年春の反日デモと同じパターン。

 独自にアメリカと和平交渉しようとした北ベトナムへの干渉も厚顔無恥の極みというものだ。1968年4月4日のアメリカの公民権運動指導者キング牧師暗殺とこじ付け、周恩来はベトナムを非難する。「貴国が和平交渉開始を発表した翌日だった。貴国の発表が一日か二日遅ければ、暗殺は発生しなかったかもしれない」と彼は言い、中国の見解は「世界人民」を代表するもので、「世界人民の目から見れば」と説教を垂れた。非暴力を貫いたキング牧師からすればいい面の皮だが、「世界人民」を「アジア諸国」に変えれば日本非難に応用できる。

  米中国交交渉も面白い。ニクソンやキッシンジャーは完全に手玉に取られ、中国側に何の譲歩も求めなかった。くみし易いと見なした毛沢東や周恩来は高飛車な 発言まで繰り返しても、キッシンジャーは「非常に感銘を受け」るに至る始末。毛沢東はアメリカを下等な霊長類に例え、「猿から人に変ろうとしているが、まだ完全に人にはなっていない、まだ尻尾がついている…」と表現した。中華思想は世界最悪の人種差別思想なのが、この発言で知れる。

 毛沢東が史上最大の暴君なのは明らかだが、こんな恐るべき怪物を生んだのは共産主義ではなく、中国の土壌である。

◆関連記事:「マオ(上巻)その①」「マオ(上巻)その②

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6 コメント(10/1 コメント投稿終了予定)

コメント日が  古い順  |   新しい順
チベット (バーラタ)
2006-07-20 19:09:13
mugiさん、こんばんは



私はmugiさん程の知識はないですが、チベット人も旅行者の間では危険な人種と有名でした。私も何人かの旅行者から聞きましたが懐に刃物を忍ばせて喧嘩になると刃物を振り回すそうです。私がインドのレーで感じたチベット人の印象も目つきが悪く態度も悪くなんとなく中国人と同じではないかと思いました。



黄色人種は案外と第一印象が怖いですね^^。特に中国人はニコニコしていても心底恐怖を感じます。
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物騒 (mugi)
2006-07-20 22:06:28
バーラタさん、こんばんは。



チベット人も物騒な面があるとは知りませんでした。

懐に刃物を忍ばせて喧嘩になると刃物を振り回すとは、危険な人々ですね。 元来遊牧民だから、性格も荒いのかも。



中国のような隣人がいれば、お人よしではやっていけませんよね。口元は笑っても、目は笑っていないのが中国人と言われます。
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悪魔の所業 (ハハサウルス)
2008-03-26 21:57:36
リンク有難うございました。

中国国内での文革、粛清、チベットでの大虐殺、台湾における二・二八事件(こちらは蒋介石率いる国民党のしたことですが)と中国人の残虐性は「悪魔でも真っ青」になるようなものですね。人はここまでむごいことができるものなのかと考えた時、吐き気がしそうな位その精神の醜悪さに嫌悪感を覚えます。

どんなに栄華を極めようと人は必ず死にます。毛沢東という人の皮を着た悪魔の魂は今どこで彷徨っているのでしょうか。

チベット語には「飢餓」という言葉がなかったと聞きます。貧しくとも飢えのなかった生活を奪った中共を許せない気持ちでいっぱいです。
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超悪魔 (mugi)
2008-03-26 23:05:15
>ハハサウルスさん
おぞましい内容連続の記事を読まれて頂き、有難うございました。

全く中国人のすることには「残虐性」の表現でも不十分なくらい、徹底していますよね。インド、中東での民族、宗教対立さえ、文革時に比べれば大人しく思えてくるほどです。昔、アメリカを「大悪魔」と罵ったイランの指導者がいますが、中共なら「超悪魔」でもまだまだ足りないですね。

スターリンと同じく毛沢東も寝台で死を迎えましたが、彼ら極悪人はどのような想いだったのでしょうね。無信仰者だったのは間違いないですが、いかに極悪人でも安らかな死ではなかったと思います。

先のチベット騒動で、一般漢民族も「ろくに食べられなかった農奴制から解放してやったのに、恩知らず」と的外れな激昂をしているそうです。もはや、東アジアのみならず、世界のガン細胞的存在ですね。アジア諸国が欧米の植民地になったのも、補佐する華僑の存在があったから。清朝末期も、少数民族への虐殺事件を起しています。
http://blog.goo.ne.jp/mugi411/e/858f0ea77557d2b12a2d2b6e27db15ab
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Unknown (牛蒡剣)
2019-08-04 22:47:02
鳳山さんの所で「マオ」の一文を
引用されていたので読まれたのであろうと
思い参りました。3年以上前の記事にコメ返しは
原則ないとことなので、反応されなくても結構で
す。ただ本書の毛沢東のおぞましさは思わず他人と共有したくなるレベル。大躍進や文革の知識が前提
にあってもそれを余裕でのり超えてくるおぞましさ。私も発売当初上下巻を一晩で読んでしまいました。

不適切ですがホラー映画をみて恐怖を共感したくなるようなそんな気分を抱いてしまいます。

ただ内容が現実でしかも隣国というのがねえ。。。。こんな化け物二度と人類社会に
登場してほしくないですよ。そしてまだ毛沢東に対する世界の幻想が残ってるから困りものです。
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牛蒡剣さんへ (mugi)
2019-08-05 22:43:38
 3年以上前の記事へのコメントを基本的に受け付けないのは、アラシを防ぐためです。昔の記事にコメントしてくるのは殆どアラシなのでブロックしていますが、内容によっては10年以上昔の記事でも認めていますのでご安心を。

 この作品は図書館から借りて読みましたが、予約から約1年後にやっと読めました。ベストセラーだと予約待ちとなりますが、この本くらい待った期間が長かったものはありませんでした。ひょっとして共産党シンパが借りまくり、一般人が読めないように妨害していた?と勘ぐりたくなります。

 実際に左翼活動家のブロガーからトラックバックがあり、この本を貶しまくっていましたよ。件のブロガーは方々に記事をトラバしていましたが、文面や文脈もメチャクチャな長文の連続。kigiというHNから、マルクス主義への後退を恐れていたのでしょう。

 実際に20世紀半ば、このような人物が現れて政権をとったこと自体、実におぞましいですよね。先のハハサウルスさんのコメントの一文どおり、「悪魔でも真っ青」でしょう。困ったことに毛沢東を称賛した欧米人ジャーナリストも少なくないのです。未読ですが、エドガー・スノーの『中国の赤い星』は毛沢東幻想を世界中に植え付けました。
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