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実質的な敵基地攻撃能力の保有だが

2020-12-30 22:17:25 | 安全保障
~~引用ここから~~

《独自》「国産トマホーク」開発へ 射程2千キロの新型対艦弾 12式は1500キロに延伸

政府が研究開発を進める新型の対艦誘導弾の射程が約2千キロに及ぶことが28日、分かった。配備が実現すれば自衛隊が保有するミサイルでは最長射程と...

産経ニュース

 


 政府が研究開発を進める新型の対艦誘導弾の射程が約2千キロに及ぶことが28日、分かった。配備が実現すれば自衛隊が保有するミサイルでは最長射程となる。これとは別に、陸上自衛隊が運用する12式地対艦誘導弾の射程を将来的に1500キロに延伸する案が浮上していることも判明。「国産トマホーク」ともいえる長射程ミサイルの整備を進めることで、自衛隊の抑止力強化につなげる狙いがある。複数の政府関係者が明らかにした。

 新対艦誘導弾は防衛装備庁が平成30年度から研究を始め、令和2年度までに計105億円の関連予算を計上した。4年度までに試作品を開発し、同年度中に性能試験を行う計画だ。

 射程は約2千キロで、日本からの地上発射でも中国や北朝鮮が射程に入る。レーダーからの被探知性を低減させるステルス能力や、複雑な動きで敵からの迎撃を防ぐ高機動性も追求する。地上発射に加え、艦船や航空機からの発射も可能にする。

 12式地対艦誘導弾は、今月18日の閣議で射程の延伸が決まった。当面は従来の約200キロから900キロ程度に延ばすが、最終的に1500キロを目指す。

 政府は平成29年にF35戦闘機に搭載するノルウェー製の「JSM」(射程500キロ)と、F15戦闘機に搭載する米国製の「JASSM」「LRASM」(ともに射程900キロ)の取得を決めた。新型の対艦誘導弾と12式の射程はこれらを大幅に上回り、射程1600キロ以上とされる米国の巡航ミサイル「トマホーク」にも匹敵する。

 長射程ミサイルの導入について、政府は「自衛隊員の安全を確保しながら相手の攻撃を効果的に阻止する」と説明する。相手の射程を上回るミサイルを持つことで事態への対処を容易にする狙いがあり、主に島嶼(とうしょ)防衛を想定している。

 南西諸島に配備した場合、1500キロあれば平壌を、2千キロあれば北京をほぼ射程に収める。政府は12月の閣議決定で敵基地攻撃能力をめぐる検討の無期限延期を決めたが、北朝鮮や中国が自衛隊の長射程ミサイルを「敵基地攻撃能力」と認識すれば、日本への攻撃自体を思いとどまらせる効果も期待できる。
~~引用ここまで~~


射程1500キロメートルや2000キロメートルの巡航ミサイルを配備することができればそれは実質的な「敵基地攻撃能力」の保有になる。抑止力はぐんと高まるし、何かあっても米国に泣きつかずに済む。

令和4年度に試作品を開発し、性能試験を行う予定とのことなのでそれほど時間も掛からないようだ。

巡航ミサイルの射程を延ばすのはそれほど難しいことではないそうだ。「専守防衛」からの逸脱と見なされるから政治的な理由で射程をわざと延ばさなかったのだ。

それを「敵基地攻撃能力」の保有のために射程を延ばした巡航ミサイルを配備することは喜ばしい。抑止力は高まるし、軍事力を裏付けにした外交力も高まる。

しかし政府は「敵基地攻撃能力」の保有を明言できぬのだ。それは7年8か月も内閣総理大臣をやりながら宣言しなかった安倍晋三に最大の責任がある。国益より政権維持を優先し、後継内閣に面倒を丸投げしたのだ。案の定後継の菅義偉内閣は決断できなかった。

憲法9条の解釈で「専守防衛」しかできないことになっているが、「侵略戦争」はしないに解釈を変えても良い。憲法9条の元になったケロッグ=ブリアン条約が侵略戦争を禁じているのだから。

そうすれば自衛のために「敵基地攻撃能力」の保有ができる。繰り返しにになるが抑止力は高まるし、軍事力を裏付けにした外交力も高まる。自縄自縛の「専守防衛」は日本を危うくする。「専守防衛」は平和主義でもなんでもなく「本土決戦」と同義なのだから。

朝日新聞などの左翼が日本が「敵基地攻撃能力」の保有に踏み出せば軍拡競争が起こりかねないなどの主張もあり得ない話だ。自衛隊には悪いが、自衛隊は米軍には及ばないからだ。支那もロシアも北朝鮮も米国に備えた軍備をしている。自衛隊が「敵基地攻撃能力」を保有して軍事力を強化しても米軍に及ばないことに変わりはないからだ。

実質的な「敵基地攻撃能力」の保有でも同じことかもしれない。支那、ロシア、北朝鮮は日本が「敵基地攻撃能力」を保有したと解釈するだろうから。抑止力は高まる。しかし民主主義国家として国民に対する説明はどうなる。

「由らしむべし知らしむべからず」。確かに国民に政治を理解させることは難しい。しかし最初からその労力を放棄して良いのか。それは国民を信用していないことと同義ではないか。大東亜戦争に負けた一因も政府、軍部が国民を信用していなかったからではないか。民主主義国家としてそれが許されるのか。

公明党や左翼の反対があっても「敵基地攻撃能力」の保有を宣言し、国民に広く説明し理解を求めるべきではないのか。政府、自民党の姿勢は民主主義国家としておかしい。


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