モンペリエで独り言。

南仏モンペリエでぶつぶつぶつぶつ…

1匹目のネコ飼い様へアドバイス。

2016-03-06 | MINAとの思い出
朝起きた時と夜寝る前涙が出てくるのは分かるけれど、なぜ歯磨きしている時に涙が出てくるんだろうと思っていたのですが、きっと、いつも歯磨きをしている時に、無意識にMINAを見ていたからだと思い至りました。


2007年9月MINA

MINAは私の最初のネコで、亡くしてしまった経験からネコ飼い様へのアドバイス。後悔しないために。

色々な表情の写真を出来るだけたくさん撮って下さい。かなりの量になってしまうかも知れませんが、旅立った後は写真は増えません。

色々な表情をビデオに収めて下さい。特に鳴き声を撮ってみて下さい。傍にいる時はあまり見返さないかも知れませんが、旅立った後、生きている姿を見られるのはとても慰められます。医者に見せるために撮っておいたビデオも残しておいて下さい。わたしは最後にMINAを病院に連れて行った事を後悔していましたが、そのビデオを見返して、やっぱりこの状態だと病院に連れて行ってしまうなと少し落ち着きました(その後、MINAを連れて帰らなかったのは未だに後悔していますが・・・)

生え変わって落ちたひげや、ブラッシングして取れた毛は出来れば取っておいて下さい。仏壇に飾ったり、小さい箱に入れて持ち歩くことも出来ますし、思い出になります。

年に1度だけお誕生日の日にでも、欲しがるだけおいしいものを食べさせてあげて下さい。旅立った後、一度くらい甘やかして食べさせてあげるんだったという後悔をしなくてすみます。わたしはMINAの腫瘍の手術後、MINAが食べられるようになった時に、好きなだけ食べさせてあげることが出来ました。MINAの満足そうな嬉しそうな表情を思い出して、少しだけ救われています。

皆様のネコちゃんが元気に長生きしますように・・・

経過。

2016-03-06 | MINAとの思い出
ネコを飼われている方のお役に立てるかもしれないのと反省を込めて、MINAの旅立ちまでの経過。


神様、MINAはとても可愛くて性格もいい子でした。お空で可愛がってあげて下さい。

昨年から、なんとなく遊ぶ時間が減った。
6月あたりから体重減少。フードを腎臓サポートに変えて、その後少し太ってしまい、量を調節したためそのせいだと考えていた。
10月、口呼吸をしたので、動物病院受診。急に気温が下がったためののどの炎症だろうということで、注射をしてもらい、お薬をもらう。もし治らなければ検査をしましょうとのこと。経過は順調なように見えた。
11月、フランスからレユニオンに引越し(飛行機で17時間。獣医には6月に相談済み)するため体調チェック、年に1度のワクチンをしてもらう。特に異常なし。
11月末引越し。何度も確認したにも関わらず、引越し予定先が全く住める状態ではなかったので、その後2ヶ月の短い期間に3回の引越し(一番避けたい事態だった)。引越しには比較的慣れているMINAだったが、かなりのストレスだったはず。
再び口呼吸をするようになったので、動物病院受診。レントゲン、血液検査とも異常なし。喘息との診断で、猫用の器具を使い、吸入薬を開始(1月上旬)。
1月25日 足の付け根側2つの乳首が2日の間に急に腫れたため、手術。
術後3日間は、カラーを嫌がり(抜糸まで絶対にとってはいけないと言われていた)、ふらふら歩く、吐く、トイレに行けない、食欲もない状態。3日目、カラーをはずし術後服へ。嫌がるもののカラーよりはだいぶましな状態になる。トイレもちゃんとし、吐き気もおさまり、食事も徐々にするようになる。2週間目から2週間、食欲も出てきたのでおねだりされた時に好きなだけあげる。MINAは「え?いいの?」と喜んでいた。抜糸まで2週間、それまで治まっていた喘息の発作(口呼吸)が毎日でる。抜糸後落ち着く。
足の付け根から乳首にかけてのしこりがあったこと、2日間で急激に大きくなったこと、乳首に腫瘍が出来た場合、70%以上(90%ともいわれるらしい)の確立で乳腺がんとあったため覚悟はしていたのだが、結果は良性だった。とりあえず安心したが、術後、なかなか体力が戻らないのが気になる。
2月28日から食欲が落ちる。
2月29日、夜8時ごろ吐く。出きらないのかもう一度吐こうとした所、手足に力が入らず、吐いたところにペッタリと座り込んでしまい、そのまま20分ほど動かず。その後フラフラ動きだしたので体を拭こうとしたが、また吐く気配。そのまま離したが、吐けず。歩き方がおかしくなる。
3月1日、10時に動物病院予約。いつもとは違う先生。前日の夜吐いたこと、その後吐いた上に転んで20分ほど動けなかったこと、歩き方がおかしいこと、2日前から食欲がないこと、吐いた後トイレに行っていないこと、いつもとは違うところにいることを話す。血液検査のため、しばらく預ける。熱なし、血液検査も異常なしと伝えられる。(検査結果をもらったところ、炎症反応、血小板の低下はあり)。注射をしてもらい、お薬を頂く。神経症状もなく、フラフラしているのは、吐いた後に低血糖を起こしたのだろうと言われる。「心臓か、血栓でも出来たのかと思って怖かったのですが・・・」と伝えると、「それは大丈夫」とのこと。家に着いても食欲もなく、元気もないまま。
3月2日、一日中、元気のないまま。ほとんど動かず。夜、椅子から降りようとして、落ちる。ハアハアと口呼吸をし、吐きもしたため、苦しい中這ってまでベッドの下に隠れて嫌がるMINAを連れて、夜10時ごろ救急病院へ。レントゲン、エコーをしたのち、大動脈血栓栓塞症と診断される。入院治療をするということで、病院に預ける。出る時に頭を撫でたのが最後になった。MINAは大きな瞳で私を見ていた。
3月3日。MINA死亡の電話。早朝に亡くなったとのこと。

反省点
そもそもレユニオンなど来なければ良かった(相方の希望だった)。
2月29日に吐いた時点で、救急に行っていれば良かった。
3月2日、重症だと分かった時点で、その日を越せる確率を聞き、家に連れて帰れば良かった。