MEMORANDUM 今日の視点(伊皿子坂社会経済研究所)

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#2010 これほどばかげた話はない

2021年11月07日 | 政治


 「政権選択選挙」として10月31日に投開票された第49回衆議院議員総選挙における国民の審判は、結果として与党自由民主党ばかりでなく、野党第一党の立憲民主党に対しても厳しい内容となりました。

 与野党がともに大胆な給付金支給や減税を公約に掲げる中(そして、その裏付けとなる財源論が置き去りにされる中)、最も議席数を伸ばしたのが「分配の前に成長戦略」を掲げた維新の会であったのは、皮肉と言えば皮肉な結果です。

 今回の総選挙における各党の選挙公約に関しては、「文芸春秋(11月号)」に掲載された財務省の矢野康治事務次官による「財務次官、モノ申す」と題する論文が波紋を広げました。

 国・地方の債務合計額が1166兆円に上り、国内総生産(GDP)の2.2倍という先進国の中でもずば抜けて大きな借金を抱えている日本の財政。それにもかかわらず、更に財政赤字を膨らませる「バラマキ合戦のような政策論」が行われていることに警鐘を鳴らす矢野次官の指摘に、国民がある種のシンパシーを覚えたとしても無理はないことでしょう。

 国民一律の給付金や消費税減税、所得税減税などが競うように語られた今回の選挙戦に関し、(投票日前の)10月27日の日本経済新聞(経済コラム「大機小機」)は「バラマキ合戦は国民に失礼」と題する論考を掲げています。

 矢野康治財務次官が文芸春秋に寄稿した論文に、留飲を下げた経済人や国民も多かったのではないか。後藤田正晴元官房長官の「五訓」にある「勇気を持って意見具申せよ」「決定が下ったら従い、命令は実行せよ」に従ったものだとするこの行動。安倍・菅政権下で忖度官僚が跋扈し、国会での官僚の惨めな姿を見飽きた中、使命感に燃え個人的リスクを負っても国民へ事実に基づき意見具申する官僚がいることに心打たれるとこのコラムは指摘しています。

 論文掲載の前に、矢野次官は官邸や麻生太郎前財務大臣の内諾を得ていたとされている。鈴木俊一財務大臣の「今までの政府の方針に基本の部分で反するものではない」というコメントからも、国の台所事情を熟知する為政者たちは、我が国のGDPに占める一般政府債務残高が第2次大戦直後を超えて過去最悪であり、他のどの先進国より劣悪であることを憂慮していることが窺えるということです。

 矢野氏の主張に関しては、経済界からも賛同する声が出ています。経済同友会の桜田謙悟代表幹事は10月12日の記者会見で、「(寄稿で)書かれていることは100%賛成だ」と述べたことには、当の矢野氏も勇気づけられたことでしょう。

 一方、同じ寄稿をめぐって、自民党の高市早苗政調会長らは「大変失礼な言い方」だとして不快感を示しました。基礎的な財政収支にこだわって、今本当に困っている方を助けない。これほどバカげた話はない」というのが高市氏の主張するところです。

 もとより、矢野論文は政策的な支出自体を「駄目だ」と言っているわけではありません。しかし、財源論の議論不足を様々な角度から厳しく指摘する氏の論調が、(「官僚ごときが何を言うか」と)お気に召さなかったのかもしれません。

 実際、現在の日本には、新型コロナウイルス対策に加え医療・年金・貧困・科学技術・エネルギー・防衛その他、政治課題が山積しているとコラムも指摘しています。

 既に財政措置が終わったもの、民間主導で行うべきもの、まだ使われていない予算の繰り越し分などに(少なくとも)新たな予算をつけていく必要はない。巨額のファンド設立はクールジャパン機構や産業革新投資機構など官民ファンドの失敗の再現にならぬよう、予算規模でなく内容の吟味が求められるというのが筆者の見解です。

 矢野論文には「本当に困っている方が一部いるのは確かで、その方たちには適切な手当が必要」「国民は本当にバラマキを求めているのか。日本人は決してそんなに愚かではない」とある。全くその通りで、バラマキをすれば国民から投票してもらえるなどと考える政治家は、「国民に対して大変失礼」であると筆者はこのコラムを結んでいます。

 さて、今、財源論が何故大切なのか。このまま国の借金が増え続ければどういうようになるかを知るには、ほんの少しの想像力があれば事足ります。

 現在の日本政府は(世界でも類を見ない)1000兆円を超える多額の国債を発行しています。現時点では金利がゼロに近いため、毎年の利払いは9兆円程度で済んでいますが、仮に金利が少しだけ上がって3%まで上昇すると、最終的に政府の利払い費が(理論上)30兆円程度まで膨らむことは中学生でも計算できます。

 日本ではこの10年以上、(政策的なマイナス金利も含め)異常とまでいえる低金利が続いてきましたが、こうした状態がこれから先も(未来永劫)続いていくと考える経済学者はほとんどいないはず。コロナ禍からの出口政策としての金利上昇の動きはすでにアメリカで始まっており、恐らく近い将来、日本にも影響が及んでくると考える識者は多いはずです。

 2021年度の日本の国家予算(一般会計:当初)の歳出額106.6兆円で、その財源となる税収は約60兆円に過ぎません。その半分が国債の利払いで失われるとしたら、以降、いくら「本当に困っている人」が出てきても、政治が手を差し伸べられなくなるのは自明です。

 そうなってしまってからでは遅すぎる。「これほどばかげた話はない」とはまさにこうした状況を指すのでしょう。

 選挙も終わり、コロナも何とか静かになって、世の中もいよいよ「岸田政権のお手並み拝見」という状況を迎えています。これから霞が関も予算編成の時期を迎えますが、選挙公約にかかわらずぜひ慎重な財源議論をお願いしたいと、改めて感じるところです。


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