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MEMORANDUM 今日の視点(伊皿子坂社会経済研究所)

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♯96 日本の賃金はなぜ低下したのか

2013年12月10日 | 社会・経済

 11月30日付の「週刊東洋経」に、今後の日本経済再生を左右するまさに「焦点」として取り上げられることが多くなった労働者の賃金の動向に関して、世界の先進国の中で「なぜ日本だけ賃金が低下していったのか」と題する興味深い論説が掲載されているので紹介します。

 日本の労働者の一人当たりの給与総額が、1997年をピークとして低下を続けていることはよく知られているところです。その原因として、政府は「労働経済白書」などにおいて

① 90年代半ばから非正規雇用者が増加していること

② 給与水準の高い団塊世代が引退したこと

③ リーマンショックを境として正規職員の賃金も低下していること

などを挙げています。

 正規職員でありなおかつ給料の高かった「団塊の世代」の定年退職が進み、企業はその穴埋めを低賃金の非正規の若年労働力で代替させた。つまり、個々の労働者個人が実際に手にしている給料の額の低下以上に、日本の労働者の総体としての賃金の低下は顕著であり、年金などで補填されているとはいうものの国民の購買力の低下はその分深刻であるということになります。

 安倍政権では、デフレ脱却のための手段として、「第一の矢」であるところの金融緩和政策、つまり貨幣流通量の拡大を進めているわけですが、こうした金融政策が始まって1年がたとうとしている現在でも、賃金の上昇を伴った(政府が言うこところの)「好循環によるデフレの解消」にはなかなかつながっていないのが現実です。

 記事によれば、東京大学の吉川洋教授は、日本のデフレの原因はあくまで物価全体に影響を及ぼしている「賃金」にあり、日本の賃金が「マネーサプライに関係なく決まっている」ことを改めて指摘されています。

 それでは、なぜ日本では賃金が下がり続けているのか。グローバル化による競争の激化は何も日本企業ばかりに厳しい経営環境をもたらしているわけではありません。にもかかわらず、なぜ日本企業の賃金のみが、環境の変化や利益を反映しない硬直的な動きを見せているのか。

 吉川教授はこの問いに対し、日本企業においては「付加価値を生むイノベーションが枯渇したのではないか」という厳しい見方をしています。

 日本企業は直面する競争にコストダウンという手法をもって臨むことに終始し、新しい付加価値を作り出す作業を怠ってきた。利益の分配量を削ることのみに専念し、パイを拡大するための努力を行ってこなかったことが、日本の労働者の賃金が上昇しない理由ではないかというものです。

 さらに記事では、バークレイズ証券の北野一マネージングディレクターによる、「ステークホルダーによる売り上げの取り分」という観点からの分析を紹介しています。

 北野氏はこうした日本の賃金の動向について、日本の株式における外国人保有率が高まり株主の利益確保が企業経営者の最重要課題になったことで、売り上げに占める従業員への配分が減らされたのではないかと見ています。

 データ上でも、日本株の外国人保有比率の上昇と株式益回りの上昇は相関が強く、その一方で賃金はこれに合わせて減少している。つまり、日本企業の特徴の一つと言われてきた「人本主義」が「資本主義」に取って代わられたということではないかと北野氏は指摘しているそうです。

 労働者への売り上げの配分が減った場合、欧米企業の多くでは「失業者の増大」という形で影響が現れるのが一般的ですが、日本においてはなぜ「失業率の上昇」ではなく「賃金の低下」という形をとっているのか。北野氏によれば、日本の労働組合が欧米のような企業横断的な産業別組織ではなく、企業別組合であることが日本の雇用者の賃金が下がりやすい構造を生んでいるということです。

 つまり、産業別の労働組合であれば、同一労働・統一賃金の原則から賃金の引き下げが起こる前に生産性の低い企業が潰れる(そして労働者は生産性の高い企業に移る)ことになるのですが、企業別交渉では「会社が潰れてもいいのか」という恫喝のもとに労使協調が図られやすいというもの。特に、80年代末の国営企業の分割民営化による労働組合の解体がこの流れを後押ししたと北野氏は指摘しているそうです。

 本来市場から撤退すべき企業が雇用者の賃金をぎりぎりまで引き下げることにより生き残る。このことがさらに日本企業の競争力の低下を招き、さらなる賃金の低下を招くという悪循環も懸念されます。

 労働市場は単に規制を緩和し放っておけば企業間の適正な競争が担保されるというものではないようです。日本全体の経済の成長につながる適正な競争が妨げられることのないよう、労働市場の動向や賃金の動静を常に監視し続けることが(意外なことに)産業競争力の増大という視点からも重要だということでしょうか。



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