MEMORANDUM 今日の視点(伊皿子坂社会経済研究所)

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♯781 ジャガイモ飢饉がもたらしたもの

2017年04月25日 | うんちく・小ネタ


 農林水産省が1月30日に発表した2月の野菜価格見通しによると、(市場全体の8割を占める)主産地である北海道における昨夏の台風や悪天候などの天候不順の影響を受け、ジャガイモの価格がこれまでにない高値水準で推移する見込みだということです。

 実際、カルビーをはじめとした大手製菓メーカー各社では、既に原料のジャガイモ不足からポテトチップスの販売を一部でストップしているという状況にあるようです。

 冷涼な気候や硬く痩せた土地にも強いジャガイモですが、反面、病害や虫の被害を受けやすく連作障害も発生しやすい神経質な作物でもあるということです。ジャガイモの地下茎には水分と栄養が豊富なため病原菌が繁殖しやすく、保存状態の悪い種芋や、(水害などにより)収穫から漏れて地中へ残された芋は病害の原因となるとされています。

 あまり知られていませんが、ジャガイモは、地下で生育する「茎」の部分を食用にする、分類学上は(なんと)「ナス」の仲間の植物です。原産地は南米ペルーのチチカカ湖周辺の高地とされ、その歴史は案外新しく、コロンブスによるアメリカ大陸発見後、16世紀にスペイン人によりインカ帝国からもたらされた植物だとされています。

 一方、日本における「ジャガイモ」という呼び名は、インドネシアのジャワ島から伝播したことに因むという説や、天保の大飢饉の際に多くに人がジャガイモのおかげで餓死を免れたことから、「御助芋」が転じたものという説があるそうです。

 東洋の島国日本でも人々の飢餓を救ったこのジャガイモに関し、2月23日のダイヤモンド・オンラインには、代々木ゼミナール地理講師の宮路秀作氏が「ジャガイモ飢饉から学べること」と題する興味深いレポートを寄せています。

 宮路氏によれば、1845年のアイルランドにおいて、ジャガイモの不作により大飢饉が起こったということです。

 アイルランドは北海道より少し小さい程度の面積しかないうえ鉱産資源がほとんど産出されません。そのため、当時のアイルランドは実質的にイギリスへの食料供給地であり、肥沃で土地生産性の高い農地はイギリス人によって牧草地や穀物用として利用されていて、地元の農民には地力が低い痩せ地しか与えられていなかったと、氏はこのレポートに記しています。

 そんなアイルランドの人々にとって、ジャガイモは比較的地力が低い痩せ地でも生産が可能で、さらに地面の中で育つこともあって鳥獣の被害にも合い難い、安定して栽培ができる作物だった。地力の低い地域に暮らす彼らにとって、ジャガイモは命をつなぐ糧だったということです。

 しかし、そんなアイルランドで栽培されていたジャガイモに北アメリカから持ち込まれた疫病が発生します。4年間にわたる飢饉により、当時800万人を超える人口を有していた(現在は約460万人)アイルランドでは、少なくとも人口の20%に当たる約150万人が餓死または病死したとされています。

 また、イギリス本土に暮らしていた領主たちが、飢餓によって虫の息となった農民たちに強制退去を命じ土地から追い出したことで、さらに人口の10~20%が国外へ脱出したということです。

 こうしてアメリカ合衆国へ渡ったアイルランド人たちの子孫に、ジョン・F・ケネディやナルド・レーガン、ビル・クリントン、バラク・オバマといった4人の大統領の先祖がいたことは有名な話だと宮路氏は説明しています。

 氏によれば、アメリカ合衆国には、現在でもこうしてアイルランドの土地を離れた(アイルランド系の)人々がおよそ3600万人生活しており、その数は本国アイルランドの人口よりも断然多いばかりか、ヨーロッパ系白人の出身国としてはドイツ系に次いで2番目に多い勢力となっているということです。

 さて、1990年時点におけるアイルランドの国民1人当たりGDPは1万4045ドルと、日本の国民1人当たりGDP2万5123ドルの半分程度にしかすぎませんでした。

 しかし2007年にはアイルランド人1人当たりGDPは6万1388ドルに達し、日本の3万4033ドルの2倍近くに達しています。さらに、先日アイルランド政府が発表した2015年の国内総生産(GDP)成長率は前年比26.3%増に及んでおり、経済成長が著しい新興国以外でこれほどの成長を遂げた例は未だかつてないということです。

 かつて英国の支配下に置かれていた小国アイルランドに、一体何が起こったのか?

 1990年代、アイルランドは法人税率を一気に下げ、海外企業の投資を促したということです。法人税の安いアイルランドに拠点を設け、そこからヨーロッパ市場へのサービスを展開するという青写真を描いた彼の国には、米国企業を中心に製造業のみならず、金融業や保険業も進出してきたと宮路氏は説明しています。

 アイルランドは、かつて食料難民となった自分たちの先祖を受け入れてくれた米国のことを、国民感情として非常に快く思っていると宮路氏はこのレポートで指摘しています。そのため、米国からの投資を特に歓迎し、グーグルなど世界企業が(各国の反発を受けながらも)税の抜け道としてアイルランドに拠点を置くことに歓迎の意を示しているということです。

 米国の政治経済を(ある意味)牛耳っているアイルランド系の米国人にとって、我々日本人にとってはなじみの薄いアイルランドも、実は故郷そのものといった存在なのかもしれません。

 アイルランドの人々の苦難の歴史を辿る宮路氏のレポートを読んで、時代や空間を超えた経済の不思議なつながりと(逆境を跳ね返す)アイルランド人のしぶとさに、私も改めて思いを馳せたところです。



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