MEMORANDUM 今日の視点(伊皿子坂社会経済研究所)

 伊皿子坂社会経済研究所のスクラップファイルサイトにようこそ。

#1989 コロナで明らかになった「医は算術」

2021年10月11日 | 社会・経済


 「医は仁術」ではなく「算術」だった。日本に新型コロナウイルスが上陸してからの医療界の動きを振り返ると残念ながらこんな言葉が思い浮かぶと、日本経済新聞編集委員の柳瀬和央氏は10月7日の同紙の紙面に記しています。(特集「新政権に問う」③)

 そこには、多くの医療機関で、コロナへの対応よりも経営が優先されたという現実がある。政府が病床確保、オンライン診療の導入といった対策を実施しようとするたびに、経営上の損得という算術が大きな壁となって立ちはだかったというのが柳瀬氏の見解です。

 ワクチン接種など、医療機関の「算術」を満たす報酬を政府が示した場合には対策は大きく進んだ。しかし、そうでない政策はスルーされ、空回りとなったと氏はしています。

 病床確保を前提に補助金をもらいながら、実際にはコロナ患者を受け入れずに収益を上げるという、仁術を全く感じられない病院も現れた。彼らの意識にあったのは、社会貢献の皮をかぶった「利益の追求」だったということです。

 もとより、強い使命感でコロナと闘っている医療機関には感謝の言葉しかなく、その経営を政府が全面支援するのは当然だと氏も話しています。しかし、(街場の医療機関)全体で見ると、コロナ禍で医療機関の公益性には疑問符がついた。これから先、政府が(岸田文雄新首相が掲げる)「医療難民ゼロ」を実現するには、改めて医療機関の役割や責務を問い直す作業が要るのではないかというのが氏の認識です。

 自己責任で経営する飲食店がわずかな補償で営業を制限されたのに、公的な報酬で支えられた医療機関が診療協力も病床確保もせず、コロナから距離を置くことが許される。このアンバランスを放置すべきではないと氏は言います。

 コロナと共生しながら経済社会活動を拡大していくには、医療の耐久力を高めることが欠かせない。そして、そのためには、医療界に染みついた既得権や、政官とのしがらみを(この際しっかりと)排除する必要があるということです。

 既得権の第一は、医療機関の経営の自由が(ほぼ無条件に)認められていること。実際、多額の公的補助金を得ているにもかかわらず、民間経営を理由に行政の指揮権が及ばない病院が全体の8割もあると氏は話しています。

 新型インフルエンザ特措法の改正により、病床確保の要請を拒んだ医療機関を公表できるようになったがその強制力は弱い。したがって、行政には(お医者さんの前に)札束を積み上げ、お金の力で誘導するしか手がないということです。

 医師や看護師が限られる中で多くの入院患者に対応するには、大規模な施設で効率的に治療するのが有効となる。なので、強制力のある指揮権を厚生労働相や知事に与え、感染拡大時に臨時の医療施設に人材を集約できる体制を整える必要があるというのが氏の指摘するところです。

 また、自宅療養の支えになる「オンライン診療」が普及しない背後には、既得権を守りたい医療界と行政の過剰な配慮があると柳瀬氏は説明しています。

 現在、(医師会を支える)多くの診療所は患者集めを立地に依存している。しかしそこに優秀な若い医師などが遠隔で患者を集め出すと、既存の診療所は収入が減りかねないと懸念する医師会は多い。氏によれば、(なので)こうした競争が起きないよう、オンライン診療の報酬は低く設定されたまま据え置かれているということです。

 また、行動制限を緩和する上で重要なツールになる「検査」も、新たに既得権化してく可能性があると氏は指摘しています。抗原検査キットは職場や学校、自宅で利用可能になったが、水面下では医療界の抵抗があった。これなども、検査で収入を得ている医療機関の利益を守るための動きだということです。

 これまでの(政治と医療の)しがらみを排し、国民の安心を第一に考えた政策を断行できるかどうか。今、新政権の覚悟が問われていると柳瀬氏はこの論考を結んでいます。

 現在の日本で最も有力な資格とされる医師免許ですが、それは、エッセンシャルワーカーとして社会に尽くしてきた先人への尊敬の念に裏打ちされた評価と言えるでしょう。

 しかし、それも過去のこと。ここ1年余りの(新型コロナ患者に対する)病院や診療所などの医療機関の対応を顧みれば、そうしたリスペクトも既に遠い存在になりつつあると考えざるを得ない状況にありそうです。

 医療機関に行動変容を迫るこうした世論を踏まえ、新しく厚生労働大臣に就任した後藤茂之氏は、新型コロナウイルス感染症の医療提供体制強化に向けて、関連の法改正を検討する考えを示しています(日本経済新聞10月8日「岸田政権 閣僚に聞く」)。

 「もう少ししっかりした医療提供体制整備が可能となるような仕組みが必要」「強制的なお願いができるかなどを含めこれから考える課題」だと、新大臣も話しています。

 政府や医師会は、コロナ対応がもたらした医療に対する国民の不信感をどう解消していくのか。一時は崩壊の瀬戸際にも立った医療の現場から聞こえてくる医療体制への批判の声なども含め、「反省すべき点」がないかどうか、まずは医師自身が真剣に考えるべき問題ではないかと改めて感じるところです。


最新の画像もっと見る

コメントを投稿