MEMORANDUM 今日の視点(伊皿子坂社会経済研究所)

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#2308 出産準備金は少子化対策の切り札となるか

2022年12月05日 | 社会・経済

 先日発表された2021年に生まれた子どもの数は約81万人。政府の人口推計を6~7年も前倒して過去最少となり、出生数が初めて100万人を割り込んだ2016年以降減少が続いています。

 コロナ禍の影響もあって、少子化は以前の想定を超えるスピードで進んでいます。 国立社会保障・人口問題研究所が行った出生動向基本調査(21年6月)では、18~34歳の未婚者のうち将来結婚する意向のある人が希望する子どもの数は、男性で平均1.82人。女性では1.79人とさらに少なく、いずれも過去最低を記録しました。

 「一生結婚するつもりはない」と答えた未婚者も、男性17.3%、女性14.6%と男女ともに過去最高を数え、実際、2020年の婚姻件数はコロナ禍以前(2019年)より12.3%減り、2021年はさらに4.6%減少するなど、将来に向けた希望も見えません。

 今年の出生数が80万人を切るのはほぼ間違いないとされる状況を踏まえ、岸田政権は押っ取り刀で出産準備金(妊婦1人当たり10万円)の支給や、伴走型子育て支援を始めるとしていますが、果たしてこれで日本の少子化に歯止めがかかるのか。

 結婚適齢期を迎えた現在の若い男女の実態について、11月15日の総合情報サイト「デイリー新潮」に(「パラサイトシングル」や「婚活」と言った造語の発案者として知られる)中央大学教授の山田昌弘氏が『結婚、子育てが損になる国・日本』と題する論考を寄せているので、その一部を紹介しておきたいと思います。

 少子化という言葉すらなかった昭和の時代と、少子化が深刻化する平成以降では、そもそも若者をとりまく状況に大きな断絶がある。それは、家族を巡る状況と経済を巡る状況だと、山田氏はこの論考に記しています。

 大雑把に言えば、戦後から昭和まで若者の雇用は安定しており、将来の収入増加は確実だった。一方、平成以降は若者の親は比較的豊かであり、未婚者の多くは親と同居していると氏はしています。

 そこに雇用格差拡大の波が押し寄せ、将来の収入増加どころか、安定も見込めない若者が増えていく。そしてこれこそが、若者がなかなか結婚しない、独立して子どもを産み育てようとしない理由だというのが氏の認識です。

 戦後から高度成長期にかけて、若者の親の生活は貧しく兄弟も多かった。親の家にいても、兄弟一緒の部屋に押し込められていたり家業を手伝わされる人も多かったと氏は言います。女性の場合は家事をやらされたり、頭の固い親の元で自由に旅行するどころか外出もままならなかったりした。つまり、親との同居生活の居心地が悪かったということです。

 そうしたこともあって、男性では実家を出て生活する人も多かったが、狭い風呂なし下宿とか寮住まいの人も多く、コンビニもなかったので食生活などにも苦労していた。 そんな時代の若者にとって、「結婚」は生活水準を大きく上げる希望のイベントだったというのがこの論考における氏の見解です。

 当時の若年男性は中卒でも金の卵と呼ばれ、誰でも望めば正社員となれた。そして、終身雇用、年功序列が適用されたので、収入は将来にわたって安定していたと氏はしています。

 一方、女性は結婚すれば(何かとうるさい)親元を離れることができた。また、誰と結婚しても、夫の収入は上がり続けることが見込まれたので、専業主婦になってもそれなりの生活の中で子どもを育てることができたということです。

 しかし、時代が平成に入ると、若者をとりまく家族の状況、そして、経済状況は大きく変わったと氏はしています。

 平成以降の若者は、(親世代と違って)個室があるのが当たり前。家事は一切母親がやってくれ、就職しても親と同居していれば、収入の大部分を自分の好きなことに使える。物わかりの良い親たちは、娘の旅行や外泊を禁止することもなく、親と同居さえしていれば、たとえ自分の収入が少なくても快適な生活が送れる条件が整えられているということです。

 もしも日本が西ヨーロッパやアメリカのように、成人すれば、親から経済的に独立するのが当然という状況であれば、少子化は起きなかったろうと氏はここで話しています。1人暮らしよりは、2人の方が経済的に節約できる。どうせ2人で住むなら好きな人と住んだ方がよい。欧米では、このような考えから同棲が増え、同棲しているうちに子どもも生まれ、ある程度少子化に歯止めがかかっているということです。

 さらに西ヨーロッパでは、子育て支援が充実しているから、同棲や結婚して子どもを育てていても、経済的に困ることはないと氏はこの論考を続けています。

 成人すれば経済的に独立するのが当然ということは、親の方も、成人すれば子育ては終了ということ。アメリカやイギリスなどのアングロ・サクソンの国ではでは、大学に行くなら自分でバイトしてお金をため、足りなければ学生ローンを組むのが一般的だと氏は言います。

 つまり、親が大学の学費を負担することはほとんどないから、何人産んでもお金の負担はそれほど気にならない。西ヨーロッパでは、児童手当等があるからむしろ多く育てた方が得するくらいで、子育てのハードルはさらに低いということです。

 さて、(話は戻って)そうした日本の構造的な少子化の中で、(結婚が少なくなっているからといって)婚活支援で出会いを増やしたところで結婚が大きく増えるわけではないというのが氏の指摘するところです。若者の将来の経済不安が少子化の根本原因だとすると、その不安を払拭しなければならない。そのためには、相当の財政支出が必要になると氏はしています。

 ハンガリーのオルバン政権は、GDPの5%弱を少子化対策に使って、出生率を上げたことで知られる。これは、日本に当てはめると年約25兆円となるが、結婚した若者に住宅を安く供給する、大学を無料にする、奨学金をチャラにするといった(ハンガリー同様の)思い切った支出をしなければ、子どもは増えないだろうということです。

 それが無理ならば、少子化を受け入れるしかない。それは、人々の生活が徐々に貧しくなるのを受け入れることと同じだと氏はこの論考最後に綴っています。

 政府は今回の補正予算で、緊急少子化対策として妊婦一人当たり10万円の出産準備金を支給し、出産の呼び水にしようとしています。しかし、現在の少子化の背景に、若者たちの経済的な自立の困難さがある以上、事態がそう簡単に動き出すものとも思えません。

 少子化の伸展と格差の拡大と社会の脆弱化。今なにもしなければ、日本の社会がそのような方向に進んでいくだけだと話す山田氏の指摘を、私も重く受け止めたところです。

 



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