ジャニスを無性に聴きたくなった。
2年前のメモ。編集していたがブログ素人。不慣れで削除してしまい落ちこむ。再現出来ないし、いまそんなエネルギーない。
ジャニスを毎日聴く生活を数か月続けていた記憶がある。iPodに飽き足らずYouTubeでジャニスを観ているうち、「ジャニスリトルガール」にたどりついたのだ。数年前(2015年)に上映されていたのだ。気がつかなかった愚か者だ。
至急ビデオを探した。若き日のジャニスの映像(ライブステージ、TV出演)身近な人のインタビュー、ジャニス自身の手紙等からなるドキュメンタリー映画だ。
ジャニスは母親によく手紙を書いた。絵も上手かった。妹に言わせれば、とても優しく傷つきやすい女の子。
ジャニスはなぜ、ハイスクール時代を中心に排斥・異端視されたのか?
彼女のリベラルな思考からくる生き方。想像以上に保守的な環境だった当時、彼女が求めているものや感じることと大きな溝があり、どうにもならなかった。そういうことってある種の者には痛いほど理解できる。そして人種差別があった。KKK活動全盛期のころではないか。
とにかく周りと違う者は排斥されるのだ。
ショッキングなのは、スーパースターになってから同窓会に出たときの映像だ。彼女には誰も近寄ってこない。昔とおなじ孤独感を味わう。テレビカメラを持っメディアと一緒に行った母校なのに。悲惨すぎる。亡くなる年の9月だ。「高校時代ダンスパーティには誰も誘ってくれなかった」と自嘲気味に喋っていたジャニス。スターになってもかわらない。
心が痛む。彼女自身、生涯傷を負っていた。
ステージで絶唱する姿に一瞬ハッとした。20代の彼女が40代女性に見えたのだ。酷く疲れてみえた。
喜び、悲しみ、痛み、怒りなどの感情を強く情熱的に表現する彼女。
しかしステージ以外に彼女の行き場、安らぐ場はない。哀しい。スーパースターの素顔は寂しがり屋で傷つきやすい20代の女の子だった。
急ぎすぎたのか?
スタジオで録音してる最中、ホテルで急死。マルボロを買って部屋に戻ったのに。半世紀以上前のこと。爾来ジャニスを超えるアーティストが出てこない。天才だった。27歳。
死因は薬物中毒ではなく、転倒し頸の骨折という説もある。
ジミヘン、モリソン、ワインハウスも27歳
1970年には三島由紀夫も逝った。
ジャニスの死から半世紀以上も経ってる、全く色褪せない。
たまに何かの商品のCMに使われたりしてるが、全然場違いな使い方に嫌悪感を覚える。
もっと30.40.50代の曲を聴きたかった。
来日して欲しかった。
俺たちが生きてていいのかい。
ジャニスを玉手箱入れて、蘇らせたい。
ああ、鬼籍にはいったひとたち。
蘇ろ!
実は、蘇ったのだ。昨年、松竹映画ジャニスジョプリンはブロードウェイの作品を映画にしてくれた。メアリーブリジットデイヴィス。眼を閉じていれば目の前にジャニスがいた。
今年は今年で国際フォーラムで、ミュージカル公演決まってる。八月が待ち遠しい。第一希望外れたが、第二希望でチケットゲットした。
27歳のアイナジエンド。ジャニスが亡くなる一週間前の一夜のステージを演じる。ジャニスの半生を舞台化する。
52年前に逝去したジャニスはやはり、永遠だったのだ。
パンチ一発で俺ら徒食してるクソ親父をぶっ飛ばしてくれ!