小売業の動向は???
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■全国のスーパー売上高、15年連続で前年割れ
2011年の全国のスーパー(60社、8086店)の売上高は、計12兆
7024億円だった。新店や閉店の影響を除いた既存店ベースでは、前年を0
.8%下回り、ピークの1996年から15年連続の前年割れとなった。日本
チェーンストア協会が23日発表した。
協会によると、東日本大震災の影響で食料品が一時よく売れたほか、節電グ
ッズも好調だった。しかし一方で、震災による一時的な品不足があったほか、
基準を超える放射性セシウムが検出された牛肉が流通した問題の発覚後、牛肉
が売れなくなったことが響いた。生鮮品を置くコンビニエンスストアとの競争
が激しくなっていることも、前年割れが続いている理由だ。
一方、全店ベースでは2.8%増。協会に加わるスーパーが増えた影響もあ
って、03年以来8年ぶりに前年を上回った。
朝日新聞 2012年1月23日
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■被災地でスーパー安値戦争
イオン系スーパーが、宮城県で続々と業態転換を進める。ヨークベニマルも追
随し、小売り2強による対決の図式に。被災地の消費者を巡る安値合戦は、未
来の日本の縮図なのか。
2月のある日曜日、仙台市郊外のショッピングモールには、いつものように
「満車」の看板が掲げられていた。看板の手前には、駐車場の空きを待つ長い
車列ができている。
客のお目当ては、モールにある「ザ・ビッグ泉大沢店」だ。昨年9月に同じ
イオン系列のスーパーマーケット「マックスバリュ」が業態転換したもの。「
土日はいつもこんな感じ。交差点でなかなか右折できずに困る」と近隣に住む
女性はぼやく。
ザ・ビッグとは、イオンが力を入れる、EDLP(毎日安売り)を標榜する
DS(ディスカウントストア)の屋号。数年前から、全国のジャスコやマック
スバリュなどの既存スーパーを、ザ・ビッグに転換する動きが徐々に進んでい
た。
ただ、宮城県の場合はそのスピードが尋常ではない。一昨年まで県内のザ・
ビッグはわずか1店舗。ところが昨年6月にマックスバリュ塩釜店がザ・ビッ
グに転換して以降、毎月のようにマックスバリュがオレンジの看板に置き換わ
る。今年3月24日には県北のマックスバリュ金成店も転換が決まっており、
直近9カ月ほどの間で、宮城県に11店舗あったマックスバリュのうち、7店
がザ・ビッグに替わることになる。
「本当は少なくとも3カ月に1店舗ぐらいのペースで丁寧にやりたかったが
、そうもいかなかった」と、運営するマックスバリュ南東北の担当者は打ち明
ける。加速の契機となったのが東日本大震災だ。
昨年6月に転換した塩釜店は、マックスバリュが津波で浸水し、ゼロから店
を作らなければいけなかった。周辺には経済的に逼迫した客も多い。客からの
要望に加えて、「行政と話す中で、非公式ながら『少しでも安く商品を提供し
てくれないか』という要請もあった」(マックスバリュ南東北)。ほかの県内
エリアでも同様の声が多いと判断。一気呵成に看板をつけ替えた。
福島、宮城に地盤を持つセブン&アイ・ホールディングス傘下のヨークベニ
マルも動きを見せる。2012~13年度における両県を中心とした出店数は
計25店舗と過去最高になる見通しだ。同時に、昨年の震災以降は特売に頼ら
ないEDLP化にシフトしている。
ヨークベニマルは「DS業態にするつもりはない。価格を抑えつつ、あくま
で生活提案型スーパーとして鮮度や品質は重視し続ける」(広報)としており
、ザ・ビッグとは一線を画す構え。しかし、被災地の安値競争が激化すること
は必至だ。
「消費が極端に2極化している」
大手が低価格を競う光景にため息をつくのが地元のスーパーだ。
小売り2強が宮城県を席巻するのは、これが2度目。最初は2007年の改
正まちづくり三法の完全施行に伴う駆け込みで、イオンやセブン&アイなどが
次々にスーパーを出し、宮城県は強烈なオーバーストアに陥った。
「出店競争が一段落したと思ったら、今度はディスカウント競争。安値に追
随するわけにもいかず、マネジメントが非常に難しくなる」と、地場スーパー
幹部は表情を曇らせる。
安売り競争の一方で、東北地方では高額品が売れる現象も起きている。実際
、仙台地区の百貨店売上高は今年1月まで9カ月連続で前年同月を上回ってい
る。しかし、地元の小売関係者は「高額品やブランド品はよく売れているが、
日々の買い物は1円でも安くという声が多く、消費が極端に2極化している」
と話す。
EDLP化はイオン、セブン&アイのみならず、スーパー業界全体でも採用
する動きは広がっている。いち早く安値合戦が勃発する宮城は、未来の日本の
縮図なのか。被災地を舞台に、2強による頂上決戦の幕が開こうとしている。
日経ビジネス 2012年3月19日号
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■スーパー「世界ビッグ3」はなぜ日本で勝てないのか 石井淳蔵
イギリスのテスコ、フランスのカルフール、アメリカのウォルマート――。圧
倒的な調達力と優れた小売り技術を持つ彼らが、日本では苦戦を強いられたの
はなぜか。
●イギリスの綿が日本を席巻できなかった理由
現在、静岡県知事を務められる川勝平太氏には、『日本文明と近代西洋──
「鎖国」再考』(NHKブックス)という名著がある。明治初期のわが国近代
工業の曙をテーマとするものだが、内容はわくわくさせる面白さがある。
イギリスに100年遅れてスタートした明治期の日本の近代化。当のイギリ
スは、産業革命を契機とし綿工業の生産力を高め、19世紀から20世紀にか
けて世界の市場に進出した。その圧倒的な力による攻勢に耐え、逆にアジア市
場で主導権を奪ったのは日本の綿工業であった。100年遅れてスタートした
にもかかわらず、日本の綿工業は、どうして巨大な生産力と販売力を併せ持っ
たイギリス綿工業に対抗できたのか。不思議な話だが、川勝氏は、その秘密を
解き明かす。
結論だけ言うのも無粋な話だが、決め手となったのは、日本をはじめとする
東アジアの衣服における文化・伝統による障壁の存在であった。同じ「綿」と
言っても、生活における使い方や役割は、西欧と東アジアとでは大きく違って
いた。イギリス産綿布は、いわば夏物といってよい薄地で、絹のごとくすべす
べしていた。他方、国産綿布は堅牢で、冬の寒さを防ぐ厚地であった。
この品質・用途の違いのために、イギリスの綿はその生産力にもかかわらず
、日本・東アジア市場を席巻できなかった。世界の先進国へと駆け上がるのに
力を与えた日本の綿工業が離陸するうえで支えになったのは、何世紀もの長い
時間を経て育て上げた東アジアの衣服文化の伝統であったというわけなのだ。
同じことは、21世紀の現代にも起こっている。欧米の小売企業が、なかな
かわが国市場に進出・定着できず、逆に撤退する大手が目立つが、その一因は
ここにありそうだ。
最近、テスコが撤退を表明した。同社は、イギリスを本拠地とする巨大スー
パーマーケット・チェーン。売上高は7兆円を超え、日本のビッグツーのイオ
ンやセブン&アイを大きく凌ぐ。アジア、欧州、北米の14カ国で店舗を展開
し、日本には2003年に参入した。スーパーマーケットTESCOのほか、
食品店「つるかめランド」を運営した。TESCOは、これまで8年間、日本
の小売市場での定着を図ったが功を奏さず。採算が取れない日本での事業を売
却することになった。
同社は、CRM(顧客管理)の優れた手法を持っていることで有名だ。ポイ
ントカードの購買履歴を使い、きめ細かい顧客分析を行って、購買傾向や好み
を把握し、それを店頭の品揃え・陳列、プロモーションや顧客へのダイレクト
メールに生かすことで集客力を高める手法である。日本でも、そうした試みを
する先進的小売企業は少なくないが、そのお手本となっている。日本でその手
法がどれだけ通用するのか見たかったのだが、使いこなすまでに至らなかった
ようだ。
●コモディティではなくブランドで選ぶ日本人
世界で活躍する大手小売企業も、日本では苦戦する。こと食品に限定しても
、世界2位のフランスのカルフールは7年前に撤退した。世界1位のアメリカ
のウォルマートも、なかなか調子が出ない。最近ようやく、西友を完全子会社
にして巻き返しを図る。
彼らは、圧倒的な規模を背景として世界的な調達力と優れた小売り技術を持
っている。それにもかかわらず、わが国では橋頭堡さえ確立できない。なぜか。
その理由として、もっとも重要と思われるのは、日本の生活者の食文化にあ
りそうだ。われわれは、ほぼ毎日、鮮度の高い食材(生鮮3品と言われる鮮魚
、肉、野菜・果物)を食べる。しかも、一口に鮮魚といっても、地域によって
異なる多彩な産品と、季節ごとに異なる旬のものがある。野菜も、地域ごとに
食する種類は大きく異なり、また季節ごとに食する種類は異なる。生鮮3品に
おける「鮮度と多様性と旬」の存在は、わが国の伝統的小売業を形づくる基礎
的要因だ。戦後生まれたチェーン経営を軸とする食品スーパーも、実のところ
この「鮮度と多様性と旬」の壁をなかなか越えることはできなかった。スーパ
ーマーケットが出始めた頃、1960年代から70年代にかけて、「スーパー
は、安かろう、悪かろう」と言われたが、それはこの壁を越えることができな
かったせいである。
それを打ち破ったのは、関西スーパーでありサミットストアであった。彼ら
は、店舗内に広いバックヤードをとり、個人の職人技としてではなく組織とし
て生鮮を扱う設備技術やノウハウを蓄積した。80年代のことである。その時
期を境にして、それまで「鮮度と多様性と旬」の扱いにおいて圧倒的な優位を
誇ってきた小売市場や商店街の生鮮3品の商店が、上記の食品に特化したスー
パーマーケットとの競争に苦戦することになる。
「鮮度と多様性と旬」のある商品を扱うための技術に加えて、もう一つ、速い
商品回転率の経営を確立する必要がある。加工食品や日雑商品のように本部で
一括して大量・安価に仕入れて、チェーン各店で売り減らすという手法は、こ
の種の商品には通じない。できる限り在庫を切り詰め、次々に商品に入れ替え
るスピードがカギになる。
商品回転率志向の経営は、だが、世界の大手小売企業の目指す方向ではない
。たとえば、世界のウォルマートと日本でポジションを確立したイトーヨーカ
堂の回転率の違いを見ればわかる。02年のデータの比較だが、在庫回転率で
は、イトーヨーカ堂のほうが倍くらい高い。他方、販売管理費ではウォルマー
トが、売上高割合で10%ほど低い。この結果を見ると、ウォルマートが調達
力とコスト削減力を背景にして競争優位を確保する経営であること、そしてイ
トーヨーカ堂は速い商品回転率で勝負していることがわかる(スレーター『ウ
ォルマートの時代』日本経済新聞社)。回転率におけるこの大きな違いは、同
じ小売業と言っても、やり方に根本的な違いがあることを示すものである。世
界の大手小売企業が日本に適応しようと思えば、自らが展開してきた経営の流
儀を根本から変えないといけないということになる。
日本の生活者は、食べ物の「鮮度と多様性と旬」を評価する。その結果、第
一に、独特の買い物行動が生まれる。鮮度の高い食材を求めて、ほぼ毎日買い
物に出る。自家用車と大型冷蔵・冷凍庫という大量購買・長期保存の手段がほ
とんどの家庭に普及したが、高い買い物頻度の習慣はそれほど変化しない。
第二に、食への繊細な好みを背景にブランドが食を支配する。魚とか肉とか
といった大雑把な「コモディティ・レベル」で食材を選ばない。もっと繊細な
レベル、たとえば神戸の霜降り、京の野菜、明石の魚、泉州の水ナス、新潟の
こしひかりといった、いわば「ブランド・レベル」で識別する。それらブラン
ドへの信頼は、強まりこそすれ、薄れる気配はない。
こうした食文化が、独特の小売り活動を要請する。第一に、日々変化ある店
頭への要請。それに応えて、小売店での商品入れ替えスピードは速い。第二に
、地域ごとに異なる食材ニーズに応える店対応への要請。ローカル・スーパー
が大手総合スーパーに対して互角の勝負をしているのは、故なしとはしない。
「標準化された商品の週に一度のまとめ買い」や「Every Day Lo
w Price」を標榜する欧米大手小売企業の戦略では、そうした要請に応
えることはできない。
食文化の伝統は、まさに独自の小売業を生み育て、そして海外からの参入の
天然の要塞となって守っているのである。
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流通科学大学学長 石井淳蔵 (いしい・じゅんぞう)
●1947年、大阪府生まれ。神戸大学大学院経営学研究科博士課程修了。神
戸大学大学院経営学研究科教授などを経て、2008年4月より、流通科学大
学学長。専攻はマーケティング、流通システム論。著書に『ブランド』『マー
ケティングの神話』『営業が変わる』などがある。
プレジデント 3月24日
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