ターザンが教えてくれた

風にかすれる、遠い国の歌

その爪に この体温を乗せてくれ その4

2008-05-01 17:04:42 | 物語という昨日




俺、実は好きなヤツがいるんだ。
 
それが二日後の真夜中になってようやく届いた
相手からの返事の最初の言葉だった。

でも、そいつには相方がいて、
俺にはどうしようもないんだけどね。

君からあのメールをもらってから今までずっと考えた。
君と一緒にいて、その事はすごく楽しかったし、
それにのんびりと寛いだいい気分だったとか、
いろんなこと書こうと思ったんだけど、
でも、どれもなんか違うなって、
言葉にするほどなんか違うなって思ってさ。

正直に言うと、君からのあのメールがなければ、
知らん顔してこのまま関係を続けることも思った、
それとも、
こうやって返事を出さないまま終わりにすることも思った。

でも、君の気持ちをこうやって聞いた以上、
俺はこの先を続けることは無理なんだ・・・


そうやって相手から届いたメールは、
今までの感謝と短い侘びの言葉で終わっていた。

そのどの言葉もが、本当なんだろうと思った。
そして、そのメールのどの言葉もが、噓なんだろうと思った。

人のこころは変わるもの。
そして、ずっと変わらないのもまた人のこころなんだよなぁ、
相手から届いた最後のメールを読みながら、彼はそう思っていた。

そのどちらのこころを信じることが出来るのか、
それさえ今の自分にはよくわからなくなっているのを感じた。
でも、
彼は何故そうなってしまったのかという理由を知りたいとは思わない。
相手はあの日に出会った始まりからずっと変わらずに
他の誰かを好きでいるままこの自分と会っていたのだろうか。

それとも。。。

自分では計り知れない人の気持ちを、
あれやこれやと堂々巡りで考えることは、
結局、いつしかこの自分自身を悩ませ傷つけることになるのを、
彼はもう十分に知っているのだから。

その相手は、彼を選び取りはしなかった。
そう、ただそれだけのことだ。

掲示板で出会った相手に、
大人の約束事を越えて、いつのまにか本気になってしまった、
よくある馬鹿な男達の中の一人がこの自分なのだと、彼は思った。

しかし、だからと言って、
これまでのことのすべてが噓になるわけではなく、
あれは、あの日相手が自分に伝えようとしたものは、
真実を隠した束の間の関係の中で、
ほんのところどころに垣間見えた
わずかな本当と言うものだったのかもしれない。
彼はそう思うことで、
何とか今回のことを自分に説明しようと考えていた。

そして、以前には感じることのなかった
違和感を自分自身の中に感じていた。
決して自分では認めることのなかったもの、
それは、ずっとひとりでいた彼自身の中で
遠い昔に忘れられていて、
もう再び思い出すこともないのかもしれないと思っていた
あの感情なのかもな、と思った。

あぁ、自分は今、この声に出して言ってもいいんだよなぁ。

寂しいというこの言葉にたどり着くまでに
自分はいったいどれだけの時間をかけてきたのだろうと彼は思う。
自分は今とても寂しいんだ。
そうはっきりと言えることが、
かろうじて彼のこころを慰めることになっているのを
彼自身はちゃんとわかっていた。



次の日の朝はいつになく早くに目が覚めた。

彼はベッドから出ると、
カーテンを開いて寝室の窓をいっぱいに開け放したあと、
裸足のままキッチンへ向かった。

あの日、相手の男が自分の誕生日のために
自ら抱えて持ってきた、緑色したウィスキーのボトル。
それはまだ中身を半分ほどを残したまま、
誰にも飲まれることなく、キッチンの棚にあった。

彼はそれを取り出すと
コルクの蓋を取ったら、
勢いよくボトルを上下に振りながら
シンクの中へ中身を全部捨て流した。

琥珀色した液体が、
シンクの表面の水分を弾き飛ばし
飛沫を上げながら一気に広がった。

あたり一面にバーボンウィスキーの匂いが立ち込めて
あまり酒に強くない彼は、
もうそれだけで顔が赤らんでゆくのを感じた。
洗面台の上の壁に掛けてある鏡に
自分の顔を映してみると、
そこには、目の周りから頬にかけて
ほんのりとピンク色に染まった顔があった。

これが、昨夜失恋した男の顔なんだなぁ、
と思い、彼はその自分の赤い顔を眺めながら笑った。

今朝はあまり食欲はなかったが、
いつものように、バナナと牛乳とそれに熱いコーヒーの
簡単な朝食を時間をかけて食べ終えたら、
彼は再びキッチンへ行き、
粉末のプロテインパウダーを
もう一杯コップに注いだ牛乳に溶かしてそれを飲み干した。

まだぼんやりとしている頭の中で、
昨夜のことを少しずつ思い出してみたけれども、
それは彼が用心しなくてはならないほど
彼の気持ちを動揺させることはなかった。

彼は、少し安心すると共に、
よしよし大丈夫、この調子、この調子。
と、小さな声をかけて自分を励ました。

今日が休みの日でなくてよかったと彼は思った。
いつものように仕事場で忙しく働いていれば、
瞬く間にも今日の一日は暮れる。
そうやって自分をゆっくりと
明日へ向けて馴染ませて行くことが
辛い気持ちを助けるのにとても有効なのだということを
彼自身のこれまでの経験からよくわかっていた。

果たして今回のことは、
すっぱりと忘れ去って、何処にもなかったことに出来るのか、
それとも、
いつかは懐かしく思い出すことの出来る良い経験となるのかは、
今の彼にはわからない。

そして、そのことをこれ以上考えるのは止めようと思った。


マンションの玄関を出て、
いつも彼が利用する電車の駅までの道は
ただこのまま真っ直ぐに歩けばよかった。

道の途中で彼は、桃色の花びらが
道路一面に散っているのに気付いた。
さくらなんてとっくに終わったのになぁと思いながら
彼が見上げたのは、
枝の先いっぱいに玉のような花をつけた八重桜の樹。
それは、彼が今年の春に見る最後の最後のさくらの花だった。

風に乗った八重桜の花びらは、
思いのほか遠くまで散っていったものらしく、
もうすぐ駅の前を通る大きな幹線道路に出るという所まで
ずっと点々と続いていた。

道路の向こうに見える電車の駅はもうすぐそこだ。

横断歩道を渡ろうと、
彼は信号を待つ間、歩道の脇に足を止める。
春の日差しはこの朝の早い時間でもすでに眩しい、
白い逆光の中でいつもの街の風景が急に歪んで見えた。
あれ、どうしたんだろうと顔を上げたとき
彼は泣いていた。

涙がまぶた一杯に溜まったあと、
次々と溢れ出して彼の頬を流れ落ちた。

いろんなことがあるもんなぁと彼は思った。
この歳まで生きていれば、
それはいろんなことがあるもんさぁと、彼は思った。

ここで泣けるということもまた
ひとつだけ強くなれることなのかもしれないと
そんな風に、彼は思いきりながら
顔を上げてもう一度空を見上げる。




信号が青に変った。






             おわり






 
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4日間に渡ってこのような駄文に
お付き合いくださいまして
ほんとうにありがとうございます。

心からお礼申し上げます。

この物語はこれでおしまいとなりますが、
次回はあと少しのおまけがございますので、
もう一日どうぞお付き合いくだされば嬉しいです。

よろしくお願いいたします。


             
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