6/20 中村浩子 And then 第３７話

6/20 中村浩子　And then 第３７話


益田は自分の話したことが録音されていたことは記憶していた。


それは間違いではなかったが、全部正しくもなかった。

なんであんな風に言ったのだろうと考えていた。

女に迫られて殺したなんて、追及されるにきまっている。

でも、誰も追及しなかった。


益田は沈黙した。

沈黙が続いたとき、一人が聞いた。

女に迫られたことが殺意になりますかね？

誰も益田の目が光ったことを見逃さなかった。

昔、女に強姦されたことでもあった？

意地の悪い質問だった。

その刑事にしてみれば冗談半分の時間つぶしだった。

だけど、その質問は益田に幸子を思い出させた。

あのコシュマールを、あの悪夢を。

益田は机を両こぶしで叩いて立ち上がった。


刑事たちは決定的に益田の過去の女関係に興味を持った。

でも病院では誰も益田の女関係、女友達を知らなかった。

益田があの病院に就職して２０年は経っている。

他の病院に行ったことがない。

レアケースじゃない？

それでは学生時代？　

益田の両親は益田のことを何も知らなかった。

親だから金は出したけど、親だけど子供に感心がなかった。


益田は幸子のことを忘れられなかった。

だけど、幸子のフルネームを思い出せなかった。

幸子が好きだったから忘れられないのではない。

あの天使みたい幸子があんなことをするなんて。

幸子にとって益田は何十番目で男で、なんでこんな奴とと

後悔したナンバーワンの男だった。


あれ以降、同じ構内で益田と幸子の接点がないのはほとんど奇跡だった。


精神鑑定医師は内田洋（ひろし）と言った。

内田は一連のテストをしてから質問に入った。

楽しいことを聴くために自由時間にやっていることとから聞いてみた。

就職してからはお忙しかったでしょうけど、時間ができたときに

まずやっていたことってなんでしたか？　スポーツは何か？

ランニングですかね。あれは一人で、マイペースでできるから。

益田は答えた。　いいぞ、と内田の中の声。


天気の悪いときは？　それでもやりました。　台風のことなんかは

やらなかったけど。　

どの季節がよかったですか？

特にないです。

映画とか、音楽とかは？

昔は映画は行ったことがありますが、もう昔のことです、何を見たか覚えていません。

そうですか？　

私も昔は見ました。　好きとは言えないけどＤｅｅｒ　Ｈｕｎｔｅｒは

印象的でした。　内田はあえて自分のことを話し、普通の会話にしてくつろいだ中で

質問しようとした。

あの映画ですか、私も見ました。　と益田が言った。

戦争映画は嫌いです、嫌いになった。

殺すのはたまらない。日本に徴兵がなくなって幸いです。

医者は命を助けるのが使命です。だから医者になったのです。


内田は内心驚いた。

それなのに女を切り刻んだのか？


テレビでですが、ローマの休日もよかった。

私もテレビで見ましたよ、たわいない話で。　でもオードリーは可愛かった。

ああ人がタイプですか？

タイプ？　タイプはありません。　

そりゃ珍しい。　自分には無縁と思ってもタイプはあるものです。

それじゃ先生のタイプは？と益田が聞いた。

僕のタイプですか？　ちょっと考えてから時代が違うのですが

テレビだけで知っている・・・・名前・・・・まちこって言ったかな？

僕は背が高いとか、やせ形とかそういう好みがないのですと益田が

やや残念そうに言った。

ところで、ちょっと本題に入ってみた。

中村浩子さんはどうやって？

益田はリラックスしていた。

益田は本当に浩子を生き解剖していたことを忘れていたのだ。

急に思い出した。

あの人が階段から落ちたときに通りがかったのです。

それから地下から出たところでご主人に会って。

それ以来の付き合いです。

そうでしたか？

浩子さんはどんな方でしたか？

益田は考えていた。　まず出てきたのは枕を持って自分と寝ると言って

部屋に入ってきたところだった。

わがままで、やりたい放題の甘ったれで、益田の声のトーンが下がった。

ややうつむき加減でぶつぶつ言いだした。

話を変えたほうがいい、内田は思った。急いで質問した。


そうですね、休暇の時はどこかに行きましたか？

休暇の時は・・・・益田は最後の休暇を思いだした。

そしてその初日に浩子を殺したことも思い出した。

今は鑑定中だ。

沈黙と益田は自分に命令した。


内田はすぐ

長時間ありがとうございます。　本日はこれまでにしましょう。

と診断を打ち切った。


益田は留置所に戻ると横になった。