secret boots

ネタバレ必至で読み解く主観的映画批評の日々!

イエスタデイ(V)

2021-02-20 15:12:26 | 映画(あ)
評価点:80点/2019年/イギリス/116分

監督:ダニー・ボイル

剥奪された記号。

売れないシンガーソングライターのジャック(ヒメーシュ・パテル)は、大きなフェスに招待され意気込むが、結果は惨敗。
大きな挫折を経験したジャックは、幼なじみで付き人のエリー(リリー・ジェームズ)に音楽の道を諦めることを告げた。
その直後、大規模な世界的な停電が起こり、同時にジャックはバスに轢かれてしまう。
気づいたジャックは病院で前歯が折れた状態だった。
退院のお祝いに、ギターをもらったジャックは、失意の中ビートルズの「イエスタデイ」を周りに披露する。
それを聞いた仲間は驚きの表情を見せ、なぜ今までその曲を聴かせなかったのか、と迫る。
周りの反応の違和感に戸惑いながらネット検索すると、世界からビートルズが消えていた……。

我らがイギリスの名監督、ダニー・ボイルのコメディ・ドラマ。
設定だけは知っていたが、結局見られずに公開期間が終わってしまった。
アマプロで早くから無料配信(定額配信)されていたので、見てみた。

私はビートルズをそれほど詳しく知らないし、世代もそのフィーバーが終わってしまった頃に生まれた。
劇中も、聞いたことがある有名な曲、という程度にしか知らない。
どのように世に出されたのか、という文脈も知らないから、この映画を正しく鑑賞できるような観客ではない。

だが、そういう人にもこの映画は薦められるような名作だ。
ビートルズに思い入れがある人なら、なおさらだ。

もちろん、エド・シーランのCDもレンタルしに行こうと考えている。

▼以下はネタバレあり▼

設定だけ聞くと、すごく突拍子もないもので、それで何を描こうとするのか全く見当が付かなかった。
ファンタジーは大抵その設定で最終的な着地点も見えてくるものだが、今回はそうではない。
売れていけば行くほど、エリーとの関係が気まずくなっていくその姿を追いながら、「どこに収めるつもりなのか?」ということを意識しながら見ていた。
そして、見事にやられてしまった。

物語としては、ビートルズを失った世界で、ビートルズと出会うことによって、ビートルズが伝えたかった本質に気づく物語、ということになるだろう。
私もそうだが、ビートルズの楽曲と聞けば、反射的に名盤だろうと感じる。
楽曲そのものを聞いているのではなく、ビートルズという記号を鑑賞している、といってもいい。
世界がビートルズを失う、ということは、楽曲だけではなく、そういう物語さえも失うということになる。
そうすると、世界がフラットに、楽曲だけを評価する、鑑賞することが可能になる。

この映画で問いかけたものは、だから2点ある。
楽曲だけになったら、世界はどのようにビートルズを聴くのか。
もう一つは、ビートルズが存在しなくなったとき、何をメッセージとして受け取るべきか、ということだ。

おそらく、この映画の制作陣はビートルズをこよなく愛しているのだろう。
そうでなければ、こんな映画は作れないし、下手なものをつくれば、ビートルズに傷が付く。
必然性を感じられるようでなければ、それは失敗なのだ。
私は先にも述べたように、ビートルズについて熱く語るほどの知識も情熱もない。
だからかもしれないが、この映画はその難しさをしっかりと昇華していると思う。

さて、具体的に少し確認しておこう。
世界にビートルズが消えたということを知り、ジャックは自分の曲としてビートルズの曲を世に発表しようと考える。
最初は手作りのスタジオで楽曲を作り上げ、それが次第に周りの人の目にとまるようになる。
それをみつけたエド・シーランが、自分のコンサートの前座で歌うように誘い、一気に才覚を認められるようになる。
しかし、売れれば売れるほど、周りの人をだましているような気持ちを持ち、ジャックは悩むようになる。

いよいよデビューアルバムを発表する、というとき、二人の中年の男女がジャックの前に現れ、ビートルズの曲を覚えている二人であることがわかる。
そこで告げられたのは、ジョン・レノンがこの世に生きている、ということだった。

ジョンはビートルズでデビューしておらず、そして暗殺されてもいなかった。
彼は幸せな人生だった、とジョンに伝える。
ジョンは、何の栄光も、何も成し遂げていない人生に、幸せだったと告げるのだ。
そして正直に生きること、愛するべき人に愛を伝えることを教えてくれる。
(それにしてもロバート・カーライルの熱演ぶりは鮮烈すぎる。)

ジャックはその言葉を聞き、一気につきものが取れたように自分なりの答えを導き出す。
それは、お金儲けのためにビートルズの曲を使わない、ということ。
自分の気持ちに正直になって生きる、ということ。

この答えは、ビートルズというバンドが私たちに教えてくれた音楽そのものの楽しみ、メッセージを再確認させてくれる。
売れた売れない、というような記号としてのビートルズが剥奪されたとき、ビートルズには何が残るのか。
それが、正直に生きることであり、愛を伝えるということだったのだ。
楽曲は誰かのものとして発表されるべきではないし、それは人類共通の財産として広く世界に知ってもらう必要がある。
また、彼らは売れたいから曲を書いたのではない。
良い音楽を追求してきたからこそ、あの楽曲が生まれたのだ。
そこにあるメッセージは、記号を離れた、文脈や歴史を離れた、そうあの狂気とも言えるフィーバーがなかったとしても、我々の心に残るものだったということだ。

この映画にある問いは、だからこそ、「ビートルズとは何だったのか」ということを喪失することによって気づかさせる物語なのだ。

終わってみればすべてに必然性を感じる物語と設定だったと思わせる。
けれども、見る前はどんな物語になるのか見当も付かなかった。
うがった見方をすれば、ビートルズにあやかろうとした表層的な、薄っぺらい物語ではないか、と。
イギリス、イングランドの魂の音楽とも言える、ビートルズ。
彼らを見事に異化したこの映画は、ビートルズに対する愛と尊敬に満ちあふれている。

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