音楽監督ジョナサン・ノットが指揮する二つのヴィオラ協奏曲を重ねた極めて珍しいプログラムだ。まずは当団主席ヴィオリストの青木篤子をソリストに迎えてベルリオーズの交響曲「イタリアのハロルド」作品16だ。颯爽たるノットの指揮に触発された東響がまるでフランスのオケのように鮮やかに鳴り切った。泡立つリズム、鮮やかな色彩、しなやかなメロディ線、一発触発の切れ、それらが一体となった眩いばかりの音楽に聴衆は釘付けになり、終了後は大きな拍手と歓声がタケミツ・メモリアルホールに響いた。青木も精一杯のニュアンスで見事に弾き切った。それを支えるノットはバランスに苦慮したが、やはり何と言ってもベルリオーズの絢爛たるオーケストレーションの下ではソロが隠れがちになってしまうのは致し方なかろう。青木の美点はむしろオケの独奏楽器との掛け合いで、そこではメンバーとしての強みを多いに発揮していた。ここで休憩を挟んで二曲目はもう一人のヴィオリストであるサオ・スレーズ・ラリヴィエールを迎えて酒井健治(1977-)のヴィオラ協奏曲「ヒストリア」(2019年初演)である。現代曲でありながらメロディや音色やリズムに親和性があり、古典的な音楽語法にもある程度準拠した斬新ながら聴きやすく美しい曲である。これをラリヴィエールは飛びっきりの美音と技量で見事に弾き切った。決してメロディ豊かという訳ではない現代曲でありながら、わざわざ時間を費やして聞くべき音楽としての価値が十分にある傑出したヴィオラ・ピースだと言えるだろう。それゆえ現代曲でありながら終わった後は拍手と歓声で会場はまたもや沸いた。大きな拍手にヒンデミットの無伴奏ヴィオラ・ソナタからの楽章が無窮動の超絶技巧でアンコールされた。これはもう唖然たる技量だった!そして最後に置かれたのはイベールの交響組曲「寄港地」である。第一曲「ローマーパレルモ」、第二曲「チュニスーネフタ」、第三曲「バレンシア」の三曲から成る短い組曲だが、そこに展開する光満ちたラテン的でありつつ異国情緒に満ちた独特の雰囲気を、ノットはここでも一曲目同様の切れ味と颯爽たるドライブ感で見事に描いた。真ん中の酒井作品は例外であるが、今回のコンサートに於ける両端二曲の演奏は実にヨーロッパ的(騎馬民族的)な香りに包まれた仕上がりで、とてもほとんどが農耕民族の血を引く我が国のオケの演奏は思えないものだったのには驚嘆した。そんな演奏を東響が成し遂げられたのも、いまや蜜月を迎えた音楽監督ジョナサン・ノットとの10年間の絆あればこそなのであろう。残された2年でこの両者の間に更にどんな化学変化が起こるかを楽しみにしたい。
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