
待望したイタリアの名匠ミケーレ・マリオッティ2度目の来日である。2023年9月定期の「ザ・グレート」での名演はもちろんのこと、ペーザロのROFでも2019年に「セミラーミデ」、2024年に「エルミオーネ」で最良の指揮に接しその音楽性と統率力に心酔して心待ちにしていた日だ。最初のモーツァルトの交響曲第25番ト短調が予想もしないような空前絶後の厳しく研磨された硬質な響で開始されたのには驚くと同時に身が引き締まった。その後も厳しい音楽が続くのだが、正確にコントロールされた弱音との対比が益々音楽に奥行きと深みを加えてゆく。続く決して嫋々としない厳しさが秘められたアンダンテはなんたることだろう。装飾音を織り交ぜた素敵なトリオとの見事な対比を聞かせたメヌエットを経て最後は文字通りの疾風怒濤の超快速のアレグロで鮮やかに締めくくられた。もうこれだけでも良いと思わせるほどの充実感に満ちた小ト短調だった。そして迎えたロッシーニ晩年の大作「スタバート・マーテル」だ。今回何よりロッシーニを歌わせるための理想の「声」が揃ったことが驚異的だ。(当初アナウンスされたアブラハミアンの代役がバルチェッローナだというのも流石マリオッティの采配ではないか)演奏の方はもう言うことのない「奇跡的」と言って良いような完成度の仕上がりだった。2度目の共演でその棒を信頼し切った東響の充実はもちろんで、隅々まで完璧にコントロールされているが同時に十分な呼吸感を持っているので音楽がふくよかに流れる。声楽陣に耳を転じると、第2曲でのマキシム・ミロノフの歌唱は柔らかく細めの声質が特色だったが、むしろここではあまりオペラティックでなく上品に仕上げたという意味で良い方に転じていたのではないか。第3曲のソプラノとメゾの二重唱ではその純音楽的な美しさに涙が流れた。マルコ・ミミカの第4曲と第5曲での滋味豊かな癖のない歌唱は出色だった。ダニエラ・バルチェッローナは第7曲での貫禄に満ちた深々とした歌唱が印象に残った。第8曲ではハスミック・トロシャンの強靭な突き抜ける美声に心が張り裂けた。驚くべきは4人のソリストによって歌われるのが常の第9曲を東響コーラスのみで歌わせたことだ。これはマリオッティのコーラス(指導辻裕久)への信頼感がそうさせたのだろう。これは勿論文句のない感動的な出来栄えで、終曲の目眩く対位法に綾どられた世界に美しくなだれ込み大きな感動を巻き起こした。終演後の大拍手と大歓声はこのホールでは滅多に聞かれない程で、マリオッティは嬉しそうにソロアンコールにも応じていた。是非再度招聘してもらいたいものだ。