2023年藤原歌劇団新年幕開きは、久しぶりでプッチーニの「トスカ」である。今回は松本重孝による新プロダクションだ。簡素ながら効果的に装置を使いまわした美しい舞台で、一幕のアントニア・デラ・ヴァッレ教会の祭壇が客席側という設定が面白かった。二日目の歌手達は皆とても達者で、とりわけ東原貞彦のアンジェロッティと泉良平の堂守の大きな存在感がストーリーをより立体的にしていた。注目の佐田山千恵は表情豊かな美声で無事藤原デビューを飾ったと言っていいだろう。ただ声量がむらがありオケに負けがちなのが気になった。また肝心の「歌に生き恋に生き」の最後では息が続かずに、指揮の鈴木がうまく取りなす場面があったのは残念だった。一方カヴェラドッシの藤田拓也は絶好調で、ジャコミーニを思わせるロブストな美声で雄々しく歌い上げた。須藤慎吾のスカルピアはもう憎々しさ一杯な朗々たる歌唱でその迫力に圧倒された。一幕フィナーレのテ・デウムでは合唱が登場するが、これが全員マスク着用だったので声の迫力に欠けたのが残念だった。このように歌唱は全体として良い仕上がりだったが、問題は鈴木絵里奈の指揮にあったと思う。オペラの裏方でならした経歴を持つベテランなので、前記のような事故対応も即座にこなす手慣れた技はもつが、全体に進行が緩く一面的なのだ。メロディを美しく流しはするが、これではここぞという所のパッションに不足するのだ。ベッルリーニならばこれで良いだろうが、ベリスモ・オペラはこれでは困る。さらに弦のメロディ重視なので、プッチーニの厚いオーケストレーションを生かしきれず、そうした理由で劇性が著しく削がれてしまうのである。何年か前に「バタフライ」を聴いた時にも同様な印象を持ったのだが、今回の「トスカ」でもその傾向があるということは「確信犯」なのだろう。確かにプッチーニのメロディはとても美しく浮かび上がり、大層リリカルに仕上がってはいるが、どうもそれだけでは欲求不満に陥る。
我が国におけるイタリアオペラを牽引する藤原歌劇団にして、なんと26年振りとなる本作の上演である。それと言うのも、主役4役に名歌手が揃わないと盛り上がりに欠けるというこの作品の難しさによるところが大きいかもしれない。前回の1996年は、グレギーナ、クピート、ジョーヴィネ、ペンチェーヴァという豪華な顔ぶれだった。今回初日の配役は、レオノーラに小林厚子、マンリーコに笛田博昭、ルーナ伯に須藤慎吾、アズチェーナに松原広美という、藤原お抱えの絶頂期の歌手達を適材適所配置したものだったが、前回に決して引けをとらない、聞き応えある歌唱、そして見応えある演技だったと言えよう。小林は当初少し不安定だったが幕を追うごとに調子を上げた。その美しい声の伸びと気品に満ちた歌い振り、スタイリッシュな演技はいつまでも記憶に残るだろう。笛田は丁寧な歌い振りだったが、ここぞと思う時の力感が聞き応え十分だった。須藤の豊かな美声と細やかな演技による役作りは全体を引き締めた。松原は師のコソットを思わせる豊かで輝かしい美声を披露したが、いささか声に頼りすぎるところがあり、一面的な歌唱になってしまったように聞いた。合唱は少人数でマスク付きなので迫力に欠けてしまったが、まあこの時期なので致し方ないだろう。折角これだけ絶好調の歌手を集めたのだから、これでオケが全体をもっと盛り上げてドラマティックに仕上げてくれれば言うことはなかったが、山下一史の指揮は、言うならば安全運転の域を出ない平凡なものだったことが本当に残念だった。ヴェルディのオーケストレーションを効果的に採択したり、畳みかけを生かしたり、微妙に間合いを工夫したりすることで、今回の舞台から圧倒的な感動を導ける余地はいくらもあったと思う。