MY LIFE,MY SPIRIT by Masato

今までの人生で感じたこと、自分の考え方を率直に語ります

不本意な異動

2006-10-02 12:36:36 | Weblog
僕とNさんは個別に社長に呼ばれて異動命令を受けた。
最初はNさんが呼ばれた。Nさんは関連会社への異動で日々の重圧から解き放たれてほっとしたような感じだった。ずっと会社の方針の矛盾に苦しんでいたんだろうから無理もない。

次に僕が呼ばれた。社長からは「H社は赤字会社だし金がない。本社では新システムに移行中で人手が足りないし、システム部のメンバーは考えが古い。新しいシステムの構築に頑張ってほしい」と言われた。
僕は「将来H社に加盟してパソコン塾をやってみたいと考えています」と言うと、「その時が来たら君の出身地の栃木県全部を任せるから、それまではシステム部で頑張って欲しい」と言われた。

僕にとっては不本意な異動だった。会社が多額の赤字を抱えているのはわかっていた。だが自分なりに全力で働いてきたつもりだったから、まさか自分が異動になるとは思っていなかった。パソコン教育事業という仕事もメンバーも大好きだった。
まだまだ手助けしたい塾も沢山あった。自分の代でいくつかの閉鎖の塾を出してしまった。こんな状況でここを去るのは後ろ髪を引かれる思いだった。そしてもっと多くの塾を成功させたかった。
しかし尊敬する社長から直々にそう言われれば断ることはできなかった。

僕たちの代わりの補充はなく、Nさんの後任には部長、僕の後任には総務の女性が就くことになった。
僕とNさんの異動には副社長や部長も反対だった。設立当初からいる運営部と開設部の責任者を同時に異動させるのだから当然だろう。

社長がこの混乱の中、あえて他の役員の反対を押し切って僕たちを一気に異動させたのか、その真意はわからない。
H社は多額の赤字を抱えていたから、人件費削減が目的だったのは確かだ。だが僕たちマネージャー程度の給与では一般社員とそれほど変わらないわけだから、一般社員を2,3名異動させた方が業務への影響は小さくて済んだはずだ。

社長はそれから約1年後に自ら社長を退いた。もしかしたら上田さんはあの時既にH社に見切りをつけていたのではないだろうか。あれほど賢明な人があの時点で会社の将来が読めないはずがない。自分が社長である間に、本社にとって即戦力になる人材を戻したかったのだろうか。

だが僕はシステム部など行きたくはなかった。本来パソコン嫌いな自分がシステムを組むような裏方の仕事が向いているとも思えなかった。第一システム部では上田さんと仕事をすることもまずない。上田さんの下でなければこの会社にいる意味もない。

システム部に異動が決まった時から、もう僕のこの会社での仕事は長くはないような予感がした。



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