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まさおレポート

パブロ・ネルーダ 百の愛のソネットから気に入ったフレーズをメモしてみた

「パブロ・ネルーダ 百の愛のソネット」から気に入ったフレーズをメモしてみた。眼前に絵が浮かんでくる見事なフレーズたちだ。

ガルシア・マルケスはネルーダを「一種のミダス王だった」と言っている。さわるものすべてが詩に変わっていく。世界中のあらゆる言語をまとめても、ネルーダの詩よりも少なめだろうという、なるほど。「チリの森を知らない者は、この惑星を知らない」これもチリを旅したものとして納得だ。

百の愛のソネット 夜

夜にはおまえの心臓をおれの心臓と一つにしておくれ 恋びとよ水の上ではばたく白鳥の翼のようにおまえの胸のなかで脈うつあのたくましいきよらかな鼓動におれをしばりつけておくれ おれたちの眠りには暗闇に閉ざされたたった一つの扉がありたった一つの鍵があるだけだ

水のうえの舟歌とともにおまえの静かな月のワルツを弾いておくれ

寄りそって眠るおまえは琥珀のように清らかだ 恋びとよほかの誰もおれの夢の中に眠りはしない おれたちは一緒に時の流れの上を流れて行こう おまえの眼は二つの灰色の翼のように閉じている おまえがいなければおれはおまえの夢でしかない おまえの夢を閉じておまえの空もろともおれの眼の中に入るがいい

広い河でのようにおれの血の中で身を伸ばすがいい

せっかちな秋よ 風に鳴る茂みの蜜色の光よ 霧の中に ウルトラマリンの血をまき散らした秋なのだ

南十字星よ香りたかい燐のクローバよ 鏡のように澄みわたった空の青い霜のダイヤモンドよ 磨かれた清らかな魚のきらめく銀鱗よ 緑の十字架よ 光放つ影のパセリよ 空の調和をまもるよう 運命づけられた蛍よ

夜は天のかんぬきをそっとおろした

愛するひとよどうか生きつづけておくれ おれの亡霊がおまえの髪の上をさまよえるように

死がやってきて扉を叩くときおまえのまなざしだけがその空虚さに立ち向い おまえの輝きだけがいなくなることに抵抗し おまえの愛だけが暗闇をしめだしてくれるのだ

マチルデよくちびるだけは開いていておくれ 最後のくちづけはおれとともに生き永らえ おまえの口の上にも永遠に消えずに残るはずだ そうしてやっとおれは死んでゆくことができる

求めるのはおまえの名を書き残すことだけ たとえおれのほの暗い愛が言い落しても ずっとのちの春が告げてくれよう おまえの名を

ヴァイオリンには 月の匂いがするだろう

あのむかしの羊飼いたちの蜜のように愛は大樽をいっぱいに満たすだろう

百の愛のソネット  朝 

 

この世のありとあらゆる香りへと通じる見知らぬトンネルの入口にも似た名まえだ

孤独な汽車は雨といっしょに走りつづけていた

恋びとよ おれたちはいま一緒になった頭のさきから足のさきまで結ばれている秋で結ばれ水で結ばれ腰で結ばれているやっとおまえとおれと二人だけになった

燃えあがる情熱のなかに逆立つ草むらよ煩悩の槍よ怒り狂う花びらよ 

怖るべき夜が顛えわななき夜明けはすべてのグラスを酒で満たし太陽は昇って 天の座席に収まった

あの気まぐれな谷間をそこにかぐわしい匂いが立ちこめ ただよいときおり 雨をまとった鳥がゆっくり飛び過ぎた

えもいえぬ烈しい香り 黄金いろの沼地荒地に茂った草むら すばらしい根っこ剣のようにするどい いばらの魔法 

そのときだ いつものように 二人いっしょに

土におおわれてずっしりと埋れていた何かが

ながい植物の夢から目をさましてはしばみの枝がおれの口もとで歌をうたいはしばみの香りがおれの心にたちこめてきた

おれの少年時代の 捨てられた根っこや消えうせた大地が いきなりおれを探しあてたようにたちこめる香りに傷ついて おれは立ちつくしていた

おれの口の中で月が血を流しその血が沈黙の方へ昇ってゆくのを見たものはなかった恋びとよ もう星に棘のあることなど忘れよう 

ふくよかに匂う月が小麦粉を空にさまよわせながら作ったパン

生きとし生けるすべてのものがおれを生かしてくれるいくらおれを遠ざけようとおれにはすべてが見えるおれはおまえの生命の中に生きとし生けるすべてを見る 

うち寄せる波が 強情な岩にぶつかると明るいしぶきが散って彼女の薔薇をひらくあたりの海は ひとつの房にこりかたまり青い塩の ひとしずくとなって降りかかる 

泡の中に解き放たれた ひかり輝く白木蓮よ存在と非存在との 永遠の回帰のなかに花咲き死のなかに花咲く 磁力にみちた旅びとよ砕け散る塩よ眼のくらむような海の

砂浜に足跡を刻んだばかりのなめらかでつややかな足を海が洗ういまや女性の炎が燃える彼女の薔薇も太陽と海とがせめぎあう一つの泡でしかない

 

百の愛のソネット 夕

絶対の房垂直的な正午の輝かしい理性よ 

ついに 理性と愛とが 二つの翼のように 

棘や割れたグラスや病気や涙などが昼となく夜となく幸福の蜜を狙っている塔も飛行も壁もなんの役にもたたぬ不幸は忍びこむのだ安らかにひとの眠ってる間に

愛の傷ぐちが膿み破れて ひどい臭いを放つとき眼を閉じようと深い寝床に横たわろうとむだだ一歩また一歩と傷ぐちを克服してゆくほかはない

人生もまた コレラのように染りやすく川のように流れる血なまぐさいトンネルが口を開けていてそこからもろもろの苦悩の眼がじっとおれたちをうかがっているのだ

朝がたの海の森羅万象のようにすがすがしく

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嫉妬はもがき苦しみおれの歌とともに消える

「かれはもう 蜂起をあおるシレーナの歌など

おれたち二人の愛のまばゆいばかりの槍先を

文学の歯が 正直なおれのかかとを噛み砕こうとした時にも風のなかを歌いながら歩いて行ったのだ

おれの少年時代の雨に濡れた納屋の方へあの言語に絶する「南部」の寒い森の方へおれの生活がおまえの匂いでいっぱいになった処へ

かれらはいまやひややかな盛装に身をつつみ盛大な儀式に葬式の歯に身をゆだねている

おれにつきつけられた毒の一撃はおれの痛み苦しみの網目から洩れてこぼれておまえの中に錆となり不眠の痣となって残った

おれの行くところ苦い足音があとからついてくるおれが笑えば怖るべき笑いがおれのまねをする

おれが歌えば羨みが毒づきあざ笑い噛みついてくる

人生がおれに与えた影なのだこのうつろな衣装はびっこをひきながらついてくる血まみれのうすら笑いを浮かべた案山子のように

おれはふとおまえの半円形をした捉えがたい桜の花のような爪を見つけたかとおもう

またおまえの髪が通りすぎ波の中で燃えるおまえの火のような姿を見たかとおもう

いくら探しても おまえのようなときめきはほかにはないおまえのようなまぶしさ森のあるほの暗い粘土おまえのような小いちゃな耳はほかにはない

おれがおまえを愛し愛さないということを分ってくれ生命のありようには二つあるからだ言葉となった声は沈黙の片方の翼であり火のなかにも冷たい半分があるからだ

おまえを愛するのはおまえを新たに愛し始めるため無限をふたたび始め直すことのできるためけっしておまえを愛することを止めないためだ
だからこそ おれはまたおまえを愛さないのだおれがおまえを愛し愛さないまるでおれはしあわせの鍵とあやふやで不幸な運命とをおれの二つの手のなかにもっているかのようだ

どこかで立往生している列車をじっと駅で待ってる人のようにおれはおまえを待っているのだ

いろいろな川やさまざまの露にうるおされ讃えられるあのたくさんの星のなかからおれはただおれの愛する星だけを選んだ
そしてその時からおれは夜と一緒に眠るのだ

この波 あの波 緑の海の波 緑の小川の波冷たい緑の波あのたくさんの波のなかから二つとない風変りな波だけを おれは選んだ
それはおまえの身体から切り離しがたい波なのだ

こうしてすべてのしたたりがすべての根がすべての光の糸がおれの方へとやってきた夜明けだろうと夕ぐれだろうとやってきた

おれとしてはおまえの髪を愛でているのだが祖国が与えてくれるすべての贈物のなかからおれは選んだのだおまえの野育ちの心をこそ

こうしておまえは始めて匂い放つ花となり女像へと変わるには接吻ひとつで事たりる

おまえのエキスがおれの口をみたすだろうこのくちづけは大地から昇ってきたものだ愛にみちた果実であるおまえの血とともに

しあわせな二人の恋びとたちはもはや一つのパンとなり草のなかの月に照らされるひとつぶの露となる

かれらの誠実さはまひるのようにまぎれもない

二人を結びつけているのは絆ではなく香りなのだ

しあわせな二人の恋びとたちには 終りも死もないだろう生きている限り何度でも生れては死ぬだろうかれらは自然の永遠さを手に入れているのだ

昨日は昼の指と眠ってる眼のあいだを静かに過ぎさり今日という日がやってくるそして明日は緑の足どりでやってくるだろう

あけぼのの流れを おしとどめるものはいないおまえは垂直に落ちる光から夜の太陽へと顛えながら流れてゆく時の流れだ

死とは忘却の石のほかのなにものでもないおれはおまえを愛しその口の悦楽にくちづけするさあ薪をとって山のうえで火を燃やそう

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