音次郎の夏炉冬扇

思ふこと考えること感じることを、徒然なるままに綴ります。

耳かき殺人再考

2010-11-07 05:17:47 | 事件
次から次へと色んなことが起こるので、早くも旧聞に属する感がありますが、例の耳かき殺人事件について思うことを。

裁判員裁判で初の死刑が求刑され注目を集めていましたが、一審判決は無期懲役だったのはご存知の通りです。私は被告と同じ歳ということもあり、量刑よりも彼が何故こんな事件を起こしたのかということの方に関心がありました。もちろん何の罪もなく惨殺された祖母や、メッタ刺しで1ヶ月も生死の境をさまよった挙句、その将来を絶たれた被害者の女性は本当に気の毒で、遺族は今も堪らなでしょう。本件は加害者が悪いに決まっているのですが、ただこれまで問題も起こさずに、社会の片隅でひっそりと生きてきた林貢二被告の運命もまた予期せぬ暗転をしたんだと思います。

宮崎や宅間、そして麻原、最近では金川とか、まともな言葉を発しないモンスターたちは如何ともしがたいのですが、秋葉原の加藤智大被告やこの林被告のように、事件の態様や心情をある程度率直に語ってくれる場合は、我々素人にも検証する余地が出てきます。こんなとき産経WEBの詳報と公判ライブレポートは重宝します。これが産経の存在価値といっていいくらいです。判決前に夜更かしして記事を全部読んだのですが、発生直後にこのエントリーを書いた時とは、だいぶ印象が変わりました。本件はたしかに被告の未熟さに起因するところ大ですが、双方の過剰さが招いた悲劇であったという気がします。被告の「無意識な過剰さ」と、被害女性の「無邪気な過剰さ」が捩れてしまい、とんでもない結末を迎えてしまったんだと。

母と娘を一挙に亡くした父親は、「死人に口なしで自分に都合のいいことばかり云っている」と、被告の供述に憤懣やるかたない様子ですが、私は二人の間のやりとりや基本的なファクトについては、大筋で違っていないだろうと思います。なぜなら、本人は犯行を認め、死をもって償うことはやぶさかでないという態度なので、今さら細かい経過を捻じ曲げて証言してもあまり意味がないからです。それに男性の視点から見ると、リアリティーを感じる箇所も少なくありません。勿論、自己正当化や保身、見栄などがまったくないとは云い切れないし、被告が思い込みの激しい未成熟な人格を指摘されていて、自意識と周囲の受け止め方とに相当な隔たりがあることも裁判の中でわかっていますが。

コミュニケーションギャップという点で印象的だったのは、被告が店の出入り禁止を解いてもらうべく、被害女性の自宅付近で直接交渉に及んだ場面です。女性は「無理」と繰り返しながら走って逃げ去るのですが、被告は「無理」というワードをimpossibleとしか理解できなかったようです。だから「何故無理なんだ??」と激しく混乱し、訳がわからなくなり、抑うつ状態に陥っていくわけです。

女性が異性に発するときの「バカ」や「サイテー」は、本来の語義通りではなく、likeに近いというか、時として濃厚なloveの表現だったりもするので、日本語は難しいものです。私も決して若者の話し言葉に精通しているわけではありませんが、当世の若い女性が用いる「無理」というワードが、男性への評価としては「駄目」とか「引く」とか、もしかしたら「キモい」よりも下のランクに位置づけられるのではないかというのは、なんとなくわかります。

音次郎:「昨夜の合コンどうだった? 事前情報では君にご執心の男の子がいたらしいじゃない」

後輩女子:「えーっ! あの人ムリです。勘弁してください!!」

というふうに・・・。 被告はこの辺りの機微が最後までわからなかったんでしょう。

それから、被告は自分を受け入れてくれていた(と自分では思い込んでいた)相手が豹変した(ように見える)ことが、ただただ理解できなかったようです。神田のファミレスでの店外デートが女性の体調不良によって、結果的に喧嘩別れみたいになってしまい、その際に「もう店に来ないで」といわれています。そしてほどなくして店からも出入り禁止を正式に宣告されることになりますが、諍いの件を謝罪すれば、また元の関係に戻れると考えていたフシがあります。それまでだったら、多少きまずくなっても「言い方きつくてごめん」みたいなフォロー(営業)メールが必ず来ていたので。

でも女の子にとって、糸がプツンと切れたり、風船が弾けてしまうのは、それまでに積もり積もったものがあるからこそで、諍い自体は単なるトリガーにすぎないのです。自分を特別な上客と思っていても、相手はずーっと「なんかウザイなあ」という感情を隠して接客してたかもしれない。女性の方は切り替えが早いので、そこから先は素っ気無い対応になるのが常なんですが、男性は未練たらしくいつまでも引きずってしまう・・・。まあよくある話ですが、こういうエクササイズも、本当は10代か20代前半で済ませておくべきものでしょう。

それでは「42歳の子ども」に対峙した女性の方はどうだったんでしょう。ここから先は、被害女性の源氏名「まりあ」と林貢二被告が店で名乗っていた偽名の「吉川」という呼称で話を進めます。

当初からの疑問として、何故ほぼ毎週のウィークエンド通い詰め、土日を7~8時間も過ごすことが可能だったのか? ということでした。つまりまりながキモ客だと認定してNGにすれば、いくらでもブロックできるわけで、他の客を入れたければ、店の方でも適当な理由をつけてコントロールできるのですよ。実は店も従業員も客を選べるわけです。吉川が出禁をくらうのはずっと後の話で、それまでは、むしろ上客として遇され、積極的に来店勧誘されていたのは事実でしょう。このあたりは、弁護人質問に対して店長がしどろもどろになっていますから、店の方も売上優先でイケイケだったことが覗えます。世間知らずの真面目な従業員が一生懸命仕事した結果、尋常ならざる状態になったとしたら、それは店が制御しなきゃいけない。どう見てもしょぼいサラリーマン風情が、毎月の給料分くらいをつっこんでいるわけですから。女の子の上前をはねていながら、なんのリスクマネジメントもしなかった店の責任は重大です。客がストーカーになってから警護したって遅いんだよ。

インターネットでみつけた耳かき店とやらに行ってみたら、一回目に接客を担当したのが、まりなであり、吉川は彼女が気に入って店に通うことになりました。最初は30分とか1時間という、普通の客とかわらぬレベルだったたようですが、それがエスカレートしていったのは、まりなから「延長したら?」「もっと入れますよ」「どうせ休日にやることないんだから店に来たら」という勧誘を受けたからであると、吉川は供述しています。でもこれをもって被害者の自業自得と責めるつもりはありません。私は男女問わず、怠惰な人よりも仕事熱心な人に好感を持ちますし、自分を気に入ってくれた顧客に対して、さらに商品をすすめたりリピートを促すのは、営業や店員であれば当然のことだからです。

お店はゆるーいプチ風俗みたいな業態ですし、従業員に対して苛烈なノルマがあったとは考えにくい。まりなは写真のぽわーんとした風貌から想像するに、TVドラマで米倉涼子が演じるような「男を転がす悪女」的なキャラではなく、いつの間にか預金通帳に大金が貯まっているタイプの女の子だったんじゃないかと想像します。アルバイトの動機も「部屋を借りて独立するため」だったようですが、部屋を借りるどころかマンション買えちゃうんじゃないかというくらいの稼ぎっぷりも、やはり「過剰」といえなくもない。仲の良かった同僚の女性が「彼女は断れない性格だった」と証言していますが、もしかしたら断れないのは客じゃなくてお店に対してだったのかなあという気もします。まりなが秋葉原本店に加えて売れっ子として、新宿東口店と掛け持ちすることになった際も、店の期待に応えるべく、新店で坊主というわけにはいかないからと、太客である吉川に金曜の夜も来店してくれと要請しています。ただ、オンとオフを分けていた吉川は「平日は仕事に差し支えるから」といったんは渋るのですが、結局は系列の新宿東口店にも通うことになります。

ただ、お互いが殺人事件の加害者と被害者にならなくて済んだのではないかという局面がありました。ある時、吉川が予約した時間よりもだいぶ早く着いてしまい(スタバでも行って時間を潰してればいいものを)秋葉原駅構内でぶらぶらしていたために、ちょうど出勤途中のまりなと遭遇してしまったのです。まりなは吃驚した様子を見せましたが、案の定、遅れて吉川が店に行くと、まりなが店長や同僚女性に「吉川さんに待ち伏せされちゃった。怖ーい」などと喋っている声が聞こえてきたため、いたたまれなくなった吉川はきびすを返してその場を立ち去り、その後しばらく店に行かなくなったのです。ここが分水嶺でした。でもあろうことか、まりなは自らのブログで「ピョン吉どうしてるかなぁ」と書いたエントリーをアップします。ピョン吉は吉川のあだ名ではないのですが、まりなが飼っているペットの名前を来店中に二人で考えたものだったのです。それは「Come on !」というメッセージを送ったも同然で、再び吉川は頻繁に店に通うことになります。

密室での長時間接客は、耳かきと簡単なマッサージがあるのみで、二人はもっぱら雑談か昼寝をしていたようです。この時間の中で、まりなは自ら危険な種をいっぱい撒いています。吉川の供述では、本名も下の名前はわりと簡単に教えてくれて、苗字も高校時代の思い出話をしていた時にうっかり口走ったといいます。家の前で撮った家族写真も見せていたようで、これによって後に自宅を特定されました。店の公式サイトにつながる個人ブログでも、デイリーで個人情報を惜しげもなくさらすという無防備さに慄然としますが、いまどきの若い娘は皆こうなんでしょうか。

それにしても、吉川という人物の孤独と寂寥感に、胸を衝かれる部分もありました。判決要旨に「恋愛感情に近い好意」とあるのは、吉川が一貫してまりなへの恋愛感情を否定したからです。検察はいつものように、古典的な「痴情のもつれ」というテンプレートにはめこもうとしていましたが、そう単純なものではありません。吉川は自分の半分の年齢の21歳女子は恋愛対象として考えていなかったと語り、また彼は膠原病という持病を持っていて、この難病がいつ発症して入退院を繰り返すようになるかわからないという理由で、女性と深く付き合ったり結婚することはできないという諦観をまとっていました。

恋愛感情じゃなかったら、一体何だったのか?

ある種の承認欲求だったのではないかと思います。自分を認めて欲しいと希求するとともに、自分が気持ちよくなることよりも、相手が喜ぶことで癒され満足するという感情です。中年男性であれば思い当たる人は少なくないでしょう。私の友人でおねえさんがいる店が大好きな男がいます。彼はギャグを云ってはドッカンドッカン笑わせて、悩みも聞いてあげ、酒もフルーツもとってあげて、ふと気がつくと「なんで客の俺が金払うて楽しませてんねん!」と、帰り道に愕然とするらしいのですが、それでもキャバクラ通いをやめません。中間管理職として抱えたストレスをそういう形で発散していると同時に、彼はそこで自分の存在を確認して安心しているのです。

隣室で接客していた女性の証言では、吉川はまりなを相手に、しばしば泣いたり踊ったりしていたといいます。あの風貌からして、女の子の前でブレイクダンスを披露するようなファンキーな人物とは思えませんから、口下手で語彙が乏しいのを、大袈裟なジェスチャーで補っていたのかもしれません。泣いていたというのも公判ではきっぱり否定していて、それは何かに落胆したときのアクションがそう見えただけだろうといっています。文字にすると(泣)みたいな・・・。つまり自分が思うような承認が相手から得られなかったときですね。

それでどういうときに「ちぇっ」となったり、「あーあ」とへこむのかといえば、自分が期待するリアクションが得られなかったときです。例えば、お土産のリクエストを受けていて、お菓子や弁当を買って行ったら、前の客の差し入れでお腹一杯になっていたとか、セブンイレブンのおでんを頼まれていたのに、ファミマのを買って来てしまい「違うじゃん」と詰られたとか、ほんとしょーもないことなんです。お土産は一緒の時間を共有する欠かせないツールだったのかもしれず、リクエストのあったものは何でも買って行ったみたいですが、そういうことでしか存在を証明できなかったのだと思えば、ちょっと哀しい。ちなみに持参していたお土産というのも、雑誌で話題の高級スイーツなんてもんじゃなくて、クリスマスプレゼントに奮発した2万円のWii以外は、もっぱら駄菓子の類が多かったとか。

「自分は17時までで店仕舞いしたことにするから」と、その後の時間帯は貸切が可能だと示唆されて、吉川は「そこまで便宜をはかってもらって、自分が入る以外の選択肢はないと思った」と供述していますが、おいおい、そんなことないだろうといってくれる気のおけない同性の友人はいなかったんですかねえ。営業に勧められたものを全部買うバカはいないだろうって。

秋葉原の加藤に対する尋問でも検察尋問のズレを強く感じたのですが、今回も「店に通いつめて執拗に店外デートに誘い、自分との交際を強要し、それが叶わずに可愛さ余って憎さ100倍とばかりに殺した」という、検察の描く単純なストーリー展開には違和感がありました。吉川は秋葉原本店から系列の新宿東口店の移動をまりなと同行したいと拘ったのは事実ですが、彼の中では、同じ敷地のA棟からB棟に渡り廊下で移動する感覚だったのでしょう。私服で一緒に街中を歩き、電車に乗るという行為が、女の子にとってどういう意味を持つのかに思い至っていないだけです。でも店外でどうこうしようという気は本当になかったと思います。経済的にも、大金を使って貯金を食い潰していることについて、裁判では驚くほど無頓着な様子でしたから、お金を浮かせようと企図していたわけじゃない。それにまりなは「触ってくる人がいる」とか「添い寝していたら顔がすぐ近くにあって嫌だった」などと、吉川にしばしば他の客の愚痴をこぼしたりしています。男性は女性にこういう牽制球を投げられると手が出せなくなるものです。だから頭の良い女性は「○○君は私の嫌がることしないって信じてるから」とかいうんですよね。

彼は若い娘をエスコートして気の利いたデートができるような才覚が自分にないことを自覚していたでしょうし、そもそも付き合いたいとは思っていないわけです。彼にとって、山本耳かき店のパーテーションで区切られた薄暗い個室こそが最も心地よい空間で、そこでまりなと時間を共有し、他愛も無いお喋りをすることが最大の愉悦だったんです。だから最後に西新橋のまりなの自宅近くで待ち伏せして直訴したのは、「俺と付き合ってくれ」じゃなくて、「以前のように店に行ってもいい?」というものでした。

最後に、被告とタメ年としては、公判で年老いた母親が証人として出廷して、傍聴席に向かって泣きながら詫びたという場面が身につまされました。それから、娘を持つ親としては、素敵な男性とめぐり合うことも大事ですが、それよりもヤバイ男をその気にさせずに、いかに上手くかわすかということを学んでいってほしいと、真剣に思います。




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2 コメント

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Unknown (Unknown)
2011-08-06 15:24:27
大変興味深い記事ですが、関係者の情報や固有名詞などが、ちょいちょい間違っているのが気になりました。
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Unknown (名誉棄損)
2012-11-15 15:03:57
>セブンイレブンのおでんを頼まれていたのに、ファミマのを買って来てしまい
>「違うじゃん」と詰られたとか、

細部が酷く雑です。
企業名出すなら正確に書くべきではないですか?
「証人「新宿の店にヘルプで行くとき(掛け持ちするとき)、吉川に『差し入れは何がいい?』と言われ、『コンビニのおでんがいい』と答えました。吉川が『ローソンのおでんでいいね』と言い、まりなが『セブン-イレブンがいい』と。」
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