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道祖神

2017年04月03日 | ひとりごと
道祖神は集落の堺や村の中心、三叉路や分かれ道の路傍に
石像の形態で祀られる神。
村の守り神、子孫繁栄、旅や交通安全の神として信仰されている。
神道や仏教などさまざまな宗教に習合され、身近な神として親しまれ
さえぎるという意味が広がり、厄除けや五穀豊穣、縁結びや安産と
いろいろな役割をになうようになった。

由来は中国の神で、道中の安全と道案内を務める神だったので
日本でも同じ役の神話の猿田彦や八街(やちまた)神がおり、
それと同一化したものが多いことから、サルタヒコとアメノウズメ
の夫婦一対を形どるものも多い。

初期は旅芸人や遊女が信仰した百太夫(ももだゆう)信仰や
陰陽石信仰となり民間信仰の神である岐(くなと)の神と習合した。

陰陽石とは宮崎県小林市東方の浜ノ瀬川内にある夫婦岩で、
高さ17.5mの男根の形状をした陽石(男石)と、その傍らに
周囲5.5mの女陰の形状をした陰石(女石)がある。
古くから縁結び、子宝及び安産祈願の神として崇められている。

岐(くなと)の神は疫病・災害などをもたらす悪神・悪霊が聚落に
入るのを防ぐとされる神。
「くなど」は「来な処」すなわち「きてはならない所」の意味で
道の分岐点、峠、あるいは村境などで、外からの外敵や悪霊の侵入を
ふせぐ神として道祖神の原型とされる。
岐(ちまた)または辻(つじ)におわすとの意味で、巷の神(ちまたのかみ)
または辻の神(つじのかみ)、峠の神、みちのかみとも言う。

また、障害や災難から村人を防ぐとの意味で、さえ、さい -のかみ
(障の神、塞の神)、さらに「塞ぐ」の意味から転じて生殖の神、縁結びの神、
手向けの神の意味を併せるところもある。

なんだかんだね男女の交わりに結び付けるのが世間っぽいところだね。

神話では「古事記」の神産みの段において、黄泉から帰還したイザナギが
禊(みそぎ)をする際、脱ぎ捨てた褌(ふんどし)から道俣神(ちまたのかみ)
が化生したとしている。
「日本書紀」では黄泉津平坂(よもつひらさか)で、イザナミから逃げるイザナギが
「これ以上は来るな」と言って投げた杖から来名戸祖神(くなとのさえのかみ)が
化生したとしている。

なお、道祖神は道教から由来した庚申(かのえさる)信仰して青面金剛が置かれ、
かのえさるから転じた神道の猿田彦神とも習合した。
青面金剛(しょうめんこんごう)は、日本仏教における信仰対象の1つの夜叉神。

平安後期以降では仏教の説く六道輪廻の概念から生じた末法思想を背景に、
六道に迷った衆生を救う地蔵菩薩信仰が民間で盛んとなり、岐の神として六地蔵が
置かれるようにもなった。

こうやって見ると、いろんな信仰というのは勝手に置き換えられ、ごちゃ混ぜにされ
都合のいいように解釈されてとい変化してきたものであり、祭りの形態にも通じる
流れがあるんだなと。
しかもやたら信仰に出てくるの男女のこと。
異性は摩訶不思議な存在であって、決して理解できるものじゃないんだね。

それにしても日本の神信仰のトップクラスにアマテラスが君臨してるのが不思議で。
女性上位を地で行ってるのに女性天皇はだめとか女性曳山委員長はだめとか。
今はそんな女性差別する時代じゃないだろうに。

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