兄には六時ころ連絡をした。
その後....兄夫婦と姪二人が駆けつけてくれた。
とうとう.....その時が来た。
11時26分........医者から告げられた。
私、息子、娘、兄夫婦 姪たち 七人がこのときの最期の瞬間に立ち会えた。
千葉の兄の知人から前日....メッセージが届いていた。
〇〇さんは今幸せのお部屋に行く準備をしているところですよ。
この言葉をいただいてどんなに気持ちが楽になったことか....
苦しそうな時.....パパさん....今、幸せなお部屋に行ける準備をしているところだからね。
準備が出来たら楽になるからね。と耳元でささやいていた。
もう....覚悟は出来ていたから.....穏やかな最期であってほしいと
願っていた。
旅立ってから一時間後にお願いしていたセレモニーさんが
お迎えに来てくださった。
一時間の間に看護師さんによって、きれいな体にして頂いていた。
入院中の御礼を先生と看護師さんに告げてみんなでセレモニー
さんへ移動した。
もう....泣いている暇はなかった。
すぐに葬儀の打ち合わせとなった。
打ち合わせも七人で臨んだ。
どんな時でも一緒に寄り添ってくれる兄たちや姪たちに心強く感謝の気持ちでいっぱいになった。
祭壇やお花やお通夜の振舞の料理や火葬が終わった後の精進落しのお料理等々
決める事がたくさんあった。
姪が先頭に立って色々と決めてくれたので本当に助けれらた。
そして....お通夜の日程は15日に決めた。
この15日は母千代さんの49日.....敢えて一緒の日にした。
昼間は母千代さんの49日の法要を済ませそのまま全員がお通夜に
来ていただくことにした。
北海道、大阪、千葉、茨城等々泊りがけでみんなが来ていた。
親族だけの葬儀....精進落しの料理は46名分、小さい子ども用は4名分
全員で50人となり大広間での葬儀になった。
あんなにずっと泣いていた息子も喪主の挨拶はしっかりとやってくれた。
最後の精進落しの席にゆうじくんは学校の事で遅れてきた。
このゆうじくんがみんなを笑いに誘ってくれた。
はぁい.....ゆうじくんが来たよ~とみんなに迎えられたゆうじくんのその足元を見る
と履いていたその靴は白と青の別々なものだった。(笑)
みんなが笑った。じいちゃんパパさんも可笑しくってきっと笑ったに違いない。
子供っていいなぁ....どんな時でも笑わせてくれるんだから。
いっぺんに和やかになった。
暗い車の中で履き替えたので気が付かなかったらしい。
末っ子のともやくんはともやくんで息子に.....
ひ〇くん....食事の挨拶はなんだか棒読みだったよっ。
バッサリと言われ....またみんなが笑いになった。
息子....普段言わない難しい言葉を使ったからね....読んだだけになっちゃった。
と笑っていた。
だけど...喪主の挨拶はしっかり出来ていたよ。母の私がフォローした。(笑)
こんなことも親族だけの席だから言える事。
とても和やかでそして賑やかな雰囲気の葬儀となった。
息子.....おかあさん今日は良かったね。賑やかに送ってあげられたね。
きっとお父さんは喜んでいるね。
お父さんの兄弟も来てくれたしお母さんの親戚がこんなにたくさん来てくれて
僕は嬉しいよ。
お母さん....田〇家からお嫁に来てくれてありがとう....と言った。
ちょっとこの言葉には笑ってしまった。
それって....じいちゃんパパさんが言う言葉じゃないかい。
本当に息子は素直で面白い子だなっと思った。
息子が思っているように私の親族は優しくて明るい人ばかり。
こんなに悲しい事があったって乗り越えられているのもそのみんなのお陰。
私も息子も娘もみんなにありがとうの言葉を何回言っても言い切れないほどの
感謝の気持ちでいっぱいになった。
優しい空気に包まれたまま.....じいちゃんパパさんの葬儀は終わった。
あまりにも色々とあって.....
11日に亡くなって12日からお通夜の15日までの間の事は次回に
記録します。