レデイィファースト、という言葉はよく知られているけれど日本では外国ほど優先されている印象はない。
外国でも今は、どうなんだろう。
都民ファーストという言葉を耳にしたときの違和感は何だったんだろう。
自分が都民じゃないから疎外されたような感覚だったんだろうか。
わたしの家の近所にもいつの間にか外国籍と思しき人たちが増えた。
朝早く、あるいは夜遅くに自転車で帰ってくるのは工場に勤めているのだろうか。
夜中に大きな声で歩いていたりすると怖いなと思ったりする。
何をされるわけではないのだが。
これは差別的な感情か?と思ったが日本の高校生が騒ぎながら群れて歩いていても怖いと思うので
単に群れて大声の人が怖いだけなのかも。
隣近所の人と話をしていたとき見知らぬ外国人が一人、わたし達の前を通った。
わたしだけだったら特に声をかけずにやり過ごしたと思う。
が、近所の人は「こんにちは」と声をかけた。
すると彼は笑顔で「こんにちは」と返した。
挨拶をするからいい人だと言うつもりはない。
挨拶した彼女を偉いなーと思ったが後で
「この辺りもずいぶん外国の人増えて、なんか怖いですね」と言っていた。
たぶん、わたし達は外国人だからと言うより見知らぬ人を怖がるのだと思う。
それはともかく。
外国人労働者が日本人の仕事を取っているという意見の是非をどうこう言えるほど実体に詳しくない。
が、外国の人が勝手にやって来て仕事をしているわけではないだろう。
日本人のやりたがらない仕事、例えば肉体労働、危険な仕事を日本人なら引き受けない賃金で
外国人に下請けさせている日本人がいることについて、日本人ファーストを主張する人たちはどう考えているのだろう。
バブルの頃に出稼ぎに来ていた大勢のイラン人は誰に雇われてどんな仕事をしていたのだろう。
日本人ファーストと主張する人たちは、かつて嫁不足の農村に
アジアの国々から日本語の話せない女性が嫁いできて、労働力を担い地域に馴染めず苦労した人たちがいたことを
どう考えているのだろう。
日本の中では日本人が優先と主張するなら、外国で暮らすときは差別や待遇の悪さを受け入れるのだろうか。
我々がなんらかの理由で日本に暮らせなくなったときに外国で難民になる可能性はゼロなのだろうか。
わたしにも差別の感情はきっとある。
外国の人を避けたり恐れる気持ちもある。
見た目の違い、言葉の違い、表情の違い、習慣の違い。
でもそれは日本人同士にもある軋轢だ。
日本人同士でも思想の違いでもめている人々が大勢いる。
どうして違う考えを持つか、対話をせずに対立するのは悲しいことではないだろうか。
誰かを優先する社会では、いつか自分が優先される側ではなくなることだってあるだろう。
平等や公平を口にするのは簡単で、きれい事だと言われるだろう。
だが、平等でも公平でもないことを知っているからこそ、きれい事を捨ててはいけないのだ。
強さは人を引きつける。
映画のアクションヒーローも、アニメのバトルヒーローも。
爽快な活躍と華麗な暴力にわたし達はエキサイトする。
フィクションに魅了されるのは良いけれど、現実を強さだけで解決することは出来ない。
強い言葉で人を引きつけるだけではなくてその言葉で対話をして欲しい。
違う意見の人を排除せずに。
外国でも今は、どうなんだろう。
都民ファーストという言葉を耳にしたときの違和感は何だったんだろう。
自分が都民じゃないから疎外されたような感覚だったんだろうか。
わたしの家の近所にもいつの間にか外国籍と思しき人たちが増えた。
朝早く、あるいは夜遅くに自転車で帰ってくるのは工場に勤めているのだろうか。
夜中に大きな声で歩いていたりすると怖いなと思ったりする。
何をされるわけではないのだが。
これは差別的な感情か?と思ったが日本の高校生が騒ぎながら群れて歩いていても怖いと思うので
単に群れて大声の人が怖いだけなのかも。
隣近所の人と話をしていたとき見知らぬ外国人が一人、わたし達の前を通った。
わたしだけだったら特に声をかけずにやり過ごしたと思う。
が、近所の人は「こんにちは」と声をかけた。
すると彼は笑顔で「こんにちは」と返した。
挨拶をするからいい人だと言うつもりはない。
挨拶した彼女を偉いなーと思ったが後で
「この辺りもずいぶん外国の人増えて、なんか怖いですね」と言っていた。
たぶん、わたし達は外国人だからと言うより見知らぬ人を怖がるのだと思う。
それはともかく。
外国人労働者が日本人の仕事を取っているという意見の是非をどうこう言えるほど実体に詳しくない。
が、外国の人が勝手にやって来て仕事をしているわけではないだろう。
日本人のやりたがらない仕事、例えば肉体労働、危険な仕事を日本人なら引き受けない賃金で
外国人に下請けさせている日本人がいることについて、日本人ファーストを主張する人たちはどう考えているのだろう。
バブルの頃に出稼ぎに来ていた大勢のイラン人は誰に雇われてどんな仕事をしていたのだろう。
日本人ファーストと主張する人たちは、かつて嫁不足の農村に
アジアの国々から日本語の話せない女性が嫁いできて、労働力を担い地域に馴染めず苦労した人たちがいたことを
どう考えているのだろう。
日本の中では日本人が優先と主張するなら、外国で暮らすときは差別や待遇の悪さを受け入れるのだろうか。
我々がなんらかの理由で日本に暮らせなくなったときに外国で難民になる可能性はゼロなのだろうか。
わたしにも差別の感情はきっとある。
外国の人を避けたり恐れる気持ちもある。
見た目の違い、言葉の違い、表情の違い、習慣の違い。
でもそれは日本人同士にもある軋轢だ。
日本人同士でも思想の違いでもめている人々が大勢いる。
どうして違う考えを持つか、対話をせずに対立するのは悲しいことではないだろうか。
誰かを優先する社会では、いつか自分が優先される側ではなくなることだってあるだろう。
平等や公平を口にするのは簡単で、きれい事だと言われるだろう。
だが、平等でも公平でもないことを知っているからこそ、きれい事を捨ててはいけないのだ。
強さは人を引きつける。
映画のアクションヒーローも、アニメのバトルヒーローも。
爽快な活躍と華麗な暴力にわたし達はエキサイトする。
フィクションに魅了されるのは良いけれど、現実を強さだけで解決することは出来ない。
強い言葉で人を引きつけるだけではなくてその言葉で対話をして欲しい。
違う意見の人を排除せずに。