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健康法と言えば、中高年に多いのが、ジョキング(≒ウォーキング)やゴルフである。どちらも、健康に寄与していることは分かるが、ゴルフの場合は、初老の人の健康維持には役立っても、健康増進にならないだろう。理由はボールを打っては、すたこら歩くだけだから、脈拍が120に上がらない。脈拍120は脳や手足の毛細血管まで、充分に血液を送り込む必要条件なのである。脈拍120は血液を充分回すポンプアップを意味し、一日にできれば30分前後が望まれる。これを逆算したのが、ジョキングや速歩の5kmである。これで30分前後脈拍を120にすることが出来る。一方、野菜づくりでは、天地返しや畝立て作業では、120まで上がるが、その他の作業では上がらない。しかし、土と野菜と戯れているだけで、精神と神経の弛緩(たわみ)が図られ、仕事での緊張をほぐしてくれる。このことが、目に見えない健康増進に役立っていると思う。さらに人体は、毛細血管まで充分血液を送りこまないと、末端組織に充分な栄養と酸素が行き渡らないために、組織疲労が起こり、老化を促進させる。そこで1日120脈拍が30分程度必要になる。ジョキングや速歩がアンチエージングに、最もふさわしいのは、自分のペースでできること、毎日やっても経費がゼロなので、誰もがやれることである。
ぼくの野菜作りは、天地返しや畝を立て作業以外では、腰が痛くなる姿勢が多く、必ずしも健康増進になっていない。それでも、野菜づくりは、ぼくにとって欠かせないリフレッシュになっている。現役時代に終末菜園に出られなかった翌週、身体が重く仕事が目に見えて捗らなかった。
何よりも、自分で作った野菜は、何故か滅茶苦茶美味である。採りたての鞘エンドウ、じゃがいも、トウモロコシをはじめ、ナスやキュウリ、トマト、ホウレンソウに至るまで、食べるまでに1時間以内に採った野菜は、流通経路を通った野菜とは別物である。
ボクは野菜づくりを「自己完結作業」といっている。現代社会は何もかもが、分業で成り立っており、それがストレスを起こさせる。一方、自己完結作業では、心身ともに、疲労もストレスも吐き出しても、貯めることはない。前後左右の人間を気にしないで良いからだ。
現代社会のインフラを残したまま、縄文時代に戻りたい。衣食住をすべて自給自足していた時代だから――。21世紀末には、そういう時代が来るかもしれない。野菜づくりの妙味を開陳しながら、文明批評までして見せたのが拙著「菜園バカの独りごと」である。
makoさんの畑は、一般の畑と比べて、実りの大きさというのが全然違うことや、プロを超えたこだわりと申していいんでしょうか、その追求が凄いと常々思います。
ちょっと変な表現かもしれませんけど、追求することって、楽しいというか、「こうしたい」という目標みたいなものがあるからこそ出来るんだと思います。自分もそうなんで。
畑の野菜は天の恵みであり、人が苦労されて実ったものですから、感謝を込めていただきたいものです。
これは、どんなことにも言えることで、いやいややっている仕事に、良い結果はない。義務としてやっている仕事にも、一定の役割はあっても、大きな成果は期待できない。ただマスプロダクションの流れ作業は、義務でやってくれる従業員を、いちばん大切にする。役割分担ですね。ボクはわがままなので、義務としてやる仕事は、1時間も務まらない。
今日は、大根を3種類蒔きました。青首、聖護院、激辛です。いずれも11月から冬の間、食卓を飾ります。週後半の台風の雨を、発芽に利用したのです。
makoさんは「わがまま」の方が、芯を貫き通せると思うので、それでいいんじゃないかと思います。(すいません、上から目線で)
聖護院の大根は、漬物にするイメージが強いのですが、makoさんは、どの様に食されるんですか?
ボクはいよいよ「わがまま」をやめません。よいことなのだからーー。
聖護院ダイコンは、京都の甘酢漬けが有名ですが、わが家ではつけものでは一切利用しません。ブリや鮭、鯛の兜と一緒に煮ます。魚の頭の骨が噛んで食べられる状態まで煮ると、聖護院ダイコンは溶けて、ゼリー状になります。それを一晩おいて、翌日食べると魚の不飽和脂肪酸と煮こごりと聖護院が一体になり、非常に美味且つ健康によい。
わが家の珍味であり、スーパー健康食です。
→その通りですね。
私の場合、TV版『白夜行』で使われる『風と共に去りぬ』を『白夜行』の分析のために英語で読んでます。新潮文庫版の日本語訳が酷過ぎるので原著はどんなもんかと読み始めた訳です。
日本語訳と違い英語の方は、普通(笑)の文章です。あんな酷い訳でしか読めない日本という国は不幸です。悪訳版をいまだに出し続ける新潮社の責任は非常に重い。