恋心

最初は警戒してた。危険な人だと。
先輩にパワハラという形で鬱病に追い込んだひどい人だと思ってた。
でも今は違う意味で危険。
これ以上一緒にいたら、きっと好きになる。
相手は１０歳上の既婚者。
これはいけない。
前のダーリンとだって、既婚者と知ってからはそれ以上深い関係にはならなかった。
相手はアタシを恋愛対象としては見ていない。これは当然。
「ｍａｉさんは、俺が学生の頃、中学生の塾でバイトしてた時の教え子と同じ年だ。・・・・大きくなったなぁ～」
なんて言っちゃうような人だ。
あの人の落ち着いた声、冷たい視線。
くだけた笑い。
ダサい作業着。
すべてが気になる。
これは、憧れ？
恋？
とにかく、危険な香りがする人だ。
もちろん、この人は相当女グセが悪い。
アタシも毒牙にかかるのだろうか。

アタシと先輩の前に、一番長く勤めてた事務員さんがいる。
カレはこの子の名前をよく出す。
彼女の名は、ジェニー。
ジェニーはとても優秀な人で、とても受付だけで終わらせるにはもったいない人。
自分の右腕としてよく動いてくれたと言っていた。
他にももっと昔に働いてた女性もいたのに、彼の口からはジェニーの名ばかり。
アタシはジェニーに嫉妬する。もういないのに。
でもカレはまだジェニーと連絡を取ってるんだ。
そして会ってもいる。
ジェニーはアタシと同い年。

三十代の男の人って、オヤジだとばかり思っていたけど。
こんなに魅力的なんだ。
ナオちゃんからは「気をつけろ」と言われてるけど。
この気持ち、隠せない。
ウソ、今ならまだ間に合う。引き返せる。
だってほら、二人だけで食事にいった時も、アタシは緊張しておいしくゴハンを食べられなかった。
いつも帰りが遅く、奥さんが調子が悪いとウソぶいてまで、帰ってきて欲しいと電話をしているのに、アタシと食事に行く男性。
その日は奥さんと夜桜を見に行くと言っていたのに、どうしてアタシを食事に？
分かってる。理由は分かってるんだ。
もう女の子と食事に行くのは卒業すると言ってたのに、アタシを誘う理由。
少しでも時間を短縮するために、高速を飛ばしてくれたのも。
四六時中話しかけて和ませようとしてくれたのも。
でも、その役目は終わった。
気持ちは伝わりました。感謝してます。
だから早く帰って奥さんを安心させてあげて。
アタシの願いはそれだけなのに。
どうして帰ろうとしないの？
「コーヒー、飲みますか？」
そんなこと聞かないで。
あなたが数々の女の子とよく行くカフェ、行ってみたかったけど、アタシは行ってはダメだと思ったの。
だって、あなたは上司でアタシは部下。
会社でのストレスをリセットさせたいと言ってるあなたは、制服を着たままのアタシが隣にいてはダメなんだ。
だから、帰った。
週末の９時に。
夜はこれからなのに。
泣いちゃったよ。
どういう涙だったのだろうか。

深みにハマる前に軽蔑できたらいいのに。