(写真)シェンゲン協定関係地図。紫色がEU加盟国かつシェンゲン領域国(うち濃い色は今回新規拡大国)、青色がEU非加盟国かつシェンゲン領域国、赤色がEU加盟国かつシェンゲン協定非加盟国(イギリス及びアイルランド。なお両国間には検問なし)、桃色がEU加盟国かつシェンゲン非領域国(但し協定には加盟)、水色がEU非加盟国かつシェンゲン非領域国(但し協定には加盟)(スイス、リヒテンシュタイン)、薄赤色がEU加盟候補国(トルコ、マケドニア、クロアチア)、茶色がEU非加盟国・シェンゲン協定非加盟国でありながら国境検問が撤廃されている国(モナコ、サンマリノ、バチカン)
12月21日、加盟国間の国境検問の撤廃と共通査証政策の導入を定めるシェンゲン協定の実施国が東欧9ヶ国(エストニア、ラトビア、リトアニア、ポーランド、チェコ、スロバキア、ハンガリー、スロベニア、マルタ)に拡大され、欧州の合計24ヶ国で自由な移動が可能となりました(但し、空路については2008年3月より撤廃を実施)。
(写真)フランス・ルクセンブルグ間の国境(ルクセンブルク南西部・ロダンジュ付近)。国境検問が撤廃されて久しく、これといって検問所の跡地も見当たらない。
シェンゲン協定は、1985年にフランス、ドイツ及びベネルクス経済連合3ヶ国(ベルギー、ルクセンブルク、オランダ)で合意された条約で、以後加盟国は徐々に増え、EU加盟国以外のスイス、リヒテンシュタイン、ノルウェー、アイスランドも加盟し、うち後2者については実際に国境検問撤廃を実施しています(ちなみに、スイス・リヒテンシュタイン両国は共通税関地域のため、国境検問は既に撤廃済)。他に、モナコ、サンマリノ、バチカンも事実上既存のシェンゲン領域に組み込まれているので、事実上27ヶ国に「シェンゲン領域」が広がっている格好です(アンドラ公国は、関税確保の観点から特にスペイン側で常時検問を実施。また、欧州諸国の海外領土については、一部適用除外あり)。もっとも、例えばジュネーブ近辺のスイス・フランス国境など、中には検問が既に全く実施されていない「零細な」国境もありますが・・・。
(写真)イタリア・スロベニア間の国境検問所(トリエステ付近)。旧共産圏との国境でもあり、これまで検問が実施されていたので、立派な検問所がある。
市民にとってはEU加盟の一番判りやすい利点であるシェンゲン協定は、特に2005年にEUに加盟した東欧10ヶ国が早期の実施(国境検問の撤廃)を求めていましたが、協定参加国相互の査証情報交換システムである「第一次シェンゲン情報システム」(SISⅠ)を強化(第二次システム=SISⅡを開発)する必要があるとして、EU側は実施時期を延期。これは専ら技術的な問題でしたが、これに対して多くの東欧諸国は、「(経済的に進んでいる)西欧諸国が、意図的にシェンゲン拡大を遅らせているのではないか」と疑心暗鬼になっていました。そこでポルトガルが、第一次システムを改修した「修正版第一次シェンゲン情報システム(SISone4all)」を導入して早期のシェンゲン拡大が実施可能と提案。右提案が採用され、2007年中にシェンゲン領域を拡大することができるようになった経緯があります(但し、キプロス問題を抱えるキプロスについては、今回実施とはならず)。
(写真)クロアチアとボスニア・ヘルツェゴビナ間の国境検問所(ネウム)。立派な検問所はクロアチア側の施設で、ボスニア側はコンテナ事務所のような建物。両国がEU、ひいてはシェンゲン協定に加盟するのはだいぶ先になる。
今回のシェンゲン領域拡大は、かつて「鉄のカーテン」によって分断されていた東西欧州が名実ともに統合されたことを意味し、それだけに東欧諸国は大きなニュースとして受け止められています。他方、第三国の国民にとっては、無査証での滞在が事実上短縮される効果もあり、利便性が向上すると同時に一定の不便さも生じます。例えば、フランス及びドイツと第三国との間に二国間査証免除協定が適用されていて、仏独それぞれの国に3ヶ月間は(つまり合計6ヶ月間は)ビザなしで入国できる場合、シェンゲン協定が適用されると、フランスとドイツに合計して最大3ヶ月しか滞在できなくなる訳です。
ちなみに、シェンゲン協定が実施されると、これまで行われていた国境検問が撤廃される代わりに、加盟国の警察は、逃亡犯人を追跡するときは、50キロまでであれば相手国国境を越えて追跡を続行できるようになります(継続追跡権:right of hot pursuit)。警察権という国家主権に属する強い権限を他国で行使することが許されるという点で、極めて先進的な制度であると言えます(よって、例えばルクセンブルグのような小さな国であれば、国土全土に隣国の警察官が入ってくる可能性がある)。