佐賀県立図書館のベスト図書を何となく眺めていた。相変わらず上位に来るのは戦国モノと推理モノ、それに無難なノリのエッセイ集である。
ま、日本人がどんな書物に群がろうが知った事ではないが、多様性に欠ける日本人の趣味や嗜好は昔から何も変わっちゃいと頷きながら、先を進めていくと、「穀物の世界史」(スコット・レイノルズ・ネルソン著、山岡由美訳)なる本に出くわした。
地政学が人類の歴史に大きな影響を及ぼすのはよくある事で、”農業革命”を題材にしたハラリ氏の「サピエンス全史」を思い出した。
この著はホモサピエンスの歴史から見た農業革命であり、「穀物の世界史」は現代史の、それも大国(帝国)の視点から考察した”穀物革命”である。
戦争や革命勃発の背後にアメリカ産小麦の存在――19世紀初頭より帝政ロシアは、ウクライナの黒海に面したオデーサの活況を呈する港を通じ、ヨーロッパの大部分に食糧を供給していた。しかし、アメリカ南北戦争の後、大量のアメリカ産小麦が大西洋を渡りヨーロッパに押し寄せ、食糧価格は急落。安価な外国産穀物は、ドイツとイタリアの台頭やハプスブルク家とオスマン帝国の衰退をもたらす。やがて、ヨーロッパ各国による勢力圏の争奪戦に拍車をかけ、第1次世界大戦とロシア革命が勃発する決定的な要因となった(Amazon)。
この様に、穀物革命が現代史において大きな転機を与えたのは事実で、穀物が大国の繁栄を促し、帝国における絶対権力を支えてきた事も興味深く映る。
エネルギーと穀物を制するものは・・
これだけを見ても、大国の野望と穀物のシェアが大きく繋がってる証だろう。つまり、エネルギーと穀物を制する者は世界を牛耳るのである。
この著書を、経済学者が大好きな”デフレ”という言葉を使って説明すれば、19世紀の欧州に起きた安価な穀物革命は世界的なデフレを引き起こし、金融恐慌へと連鎖したとなる。
それまで穀物を西欧に輸出し、バブルに沸いてたロシアだが、一方でアメリカは安価な穀物を輸出し、欧州はデフレになるが、これ自体は豊かさをもたらした。が、やがて農地価格が急落し、世界的な金融恐慌を招いてしまう。
デフレで過剰蓄積した資本は、ロシア革命を生み、一方で産業革命は生産性を高めた。更に安価な穀物の流入が産業革命を後押しし、結果的に生産性の向上はデフレへと転換し、世界経済を混乱させたとなる。
勿論、経済をデフレとインフレの2極で考える事に違和感はあるが、安価な穀物の流入が世界経済を破壊した事実は興味深い。
しかし、これを世界の勢力図とエネルギー支配の視点で考察すると、全く違った一面が見えてくる。
長期的な視野で見れば、”穀物の支配者が誰か”という点も重要である。もっと言えば、エネルギーと穀物の両方を牛耳る事は世界のパワーバランスを支配したとも言える。
一方で人類の歴史で見ると、帝国は穀物とその輸送路の上にでき、帝国の盛衰は輸送路に左右される。更に、市中に出回るパンの価格高騰が革命を引き起こす事もある。1953年のコンスタンティノープル、1789年のパリ、1807年のイスタンブールでは、パンを求めた蜂起が帝国崩壊のきっかけになった。
現在のウクライナ戦争の戦場となったオデーサだが、ロシアはこの都市を帝国の食料供給地ではなく、ヨーロッパの食料供給地に変えた。つまり、ロシア帝国とって黒海への接続を確保するのは重要な事だった。
占領し、管理された穀物輸出は帝国の富の基盤となる。ロシア帝国のエカチュリーナ女帝(2世)の重農主義は、その理論を100pの文書にしてロシア全土に配布し、浸透させた。更に土地や人間の私有権を農奴主に与え、奴隷制度を作り、穀物の大量生産を後押しする為に地主貴族を奴隷所有者に変えた。
2023年の小麦の輸出は、ロシア(17.8%)が最も多く、アメリカ(15.1%)、カナダ(12.7%)、フランス(11.1%)、ウクライナ(7.4%)の順だが、ロシアとウクライナの両国では圧倒的にトップとなる。
つまり、プーチンは天然ガスと石油、それに穀物の支配者となる事を目指してるのだろう。そう思えば、今回のウクライナ侵攻も頷けなくもない。
18世紀、オスマン帝国からクリミアを勝ち取り、オデーサに湾岸都市を構えたエカテリーナ2世だが、”成長をやめた国は腐り始める。民の安全を確保する為には、国境線を遠くへと張り出す必要がある”との言葉を残した。
もしプーチンが穀物と帝国との歴史を知っているとしたら、エカチェリーナ女帝の跡をそのまま引き継いだ事となる。
最後に
以上、レヴューなどを参考に大まかに纏めましたが、意外にも我ら大衆は当り前の事が解っていない。しかしこうして、活字により的確に指摘されれば、なる程と合点してしまう。
ただ、エカチェリーナ女帝の時代とプーチンの時代は全く異なる。それに、帝政ロシアの黄金期にあったエカチェリーナだが、領土拡大や穀物革命だけでなく、レニングラードに数学アカデミーを作り、学問や文化の上でも欧州をリードしようと努めた。
ウクライナの港湾都市オデーサに建てられていたエカテリーナ2世像は、2022年のロシアのウクライナ侵攻に伴う反露感情の高まりを受け、撤去された。
一方で、エカテリーナ2世を含めた帝政ロシアに思い入れを持つプーチンだが、ウクライナを占領し、穀物を牛耳れば、帝政ロシアが復活すると思ってるのなら、それこそが権力の落とし穴でもある。
一方でエカチェリーナは実は、ロシア人ではなく、ドイツの貴族の娘として生まれた。
ピョートルと政略結婚により家庭的な幸せに恵まれなかった彼女は、自身の孤独を埋め合わせる様に多数の愛人を抱え込んでいた。
この様に、消えない孤独感を内に秘めた弱さを抱える女性だったされるが、その弱さこそが領土拡大を生んだとしたら・・・
権力と孤独は両立するとされるが、時代錯誤の領土拡大は穀物革命どころか、ロシアという旧大国の破滅をも意味するであろうか。
少なくとも、プーチンはエカチェリーナにはなりえない。それだけは言えると思う。
貴兄の今投稿を拝読し色々考えさせてもらいました。
エネルギーと穀物(食糧)の自給率が低い日本の未来を憂います。
今後の気候変動によって穀物(食糧)生産は、
全世界的にますます難しくなり、
増えすぎた人類の未来も厳しくなりそう。
「穀物の世界史」を読んで、
混迷の先行きについて考えてみようと思います。
ご紹介ありがとうございました。
では、また。
穀物だけでなく、タンパク質不足問題も大きか懸念となってますね。
今回のロシア=ウクライナ戦争のお陰で、穀物は大きく値上がりし、あらゆる面で悪影響を及ぼしてます。
言われる通り、穀物自給率の問題は非常に致命的です。が、その一方で食品ロスなんて大失態も決まった様に繰り返されます。
全く目先の博打系ビジネスばかりが横行し、日本列島は自らの首を絞め続けています。
基本的な所を解決しない限り、バブル期以来の日本株と騒いでも、すぐに弾けるでしょうね。