象が転んだ

たかがブロク、されどブロク

フェルマーの最終決着”その2”〜フェルマーからオイラーに受け継がれた、代数的整数論の難解さと

2021年07月01日 04時11分25秒 | 数学のお話

 前回”その1”では、ワイルズによるフェルマーの最終決着の経緯を大まかに述べました。
 リベットの証明に大きなヒントを得たワイルズは、”半安定”な楕円曲線がモジュラである”事を証明し、半安定でありながら特殊性(位数2の点を持ち、かつ判別式が2n乗数)を持つフライの3次楕円曲線は存在し得ない事に帰着させ、フェルマーの最終決着に漕ぎ着けた。
 つまり、”谷山=志村予想”(全ての楕円曲線はモジュラー関数である)を完全に証明する事なく、半安定曲線の”谷山=志村予想”を証明するだけで事足りたのだ。
 因みに、ワイルズの最終証明の6年後に”谷山=志村予想”は完全証明され、「モジュラリティ定理」と呼ばれる様になった。

 ワイルズは、半安定な楕円曲線をガロア表現で考察し、ガロア表現が(既約かつ)モジュラなら、それにより変換された楕円曲線もモジュラである事を証明しました(半安定のモジュラリティ定理)。
 つまり、フェルマーの大定理が正しくないと仮定すれば、フェルマー方程式(xⁿ+yⁿ=zⁿ,n≥3)の互いに素な自然数解の組(a,b,c)を持つから、ガロア表現によりフライの楕円曲線(y²=x(x−aⁿ)(x+bⁿ))に対応させ、L関数と「谷山=志村予想」により、重さ2で階数Nのモジュラ(保型)形式になる。
 そこで、フライ曲線の判別式が2n乗数という特殊性を使えば、重さが2で階数2のモジュラ形式が存在する(リベット=1986)。
 しかし、モジュラ形式ではこの様な関数は存在しない。故に、フェルマーの大定理も正しいとなる。つまり、”半安定”(モジュラ)だが特殊性(判別式が2n乗数)を持つフライの楕円曲線は存在し得ない事により、フェルマーに完全決着をつけた。

 今日は、ワイルズの最終証明を私なりにわかり易い様に述べようと思いましたが、予約した本が到着しないので、フェルマーの最終決着の歴史の初期の流れ(フェルマーからオイラー)について述べたいと思います。


フェルマーからオイラーへ

 17世紀最高の数論学者はピエール・ド・フェルマー(1601-1665)ただ一人でした。同じく、18世紀最高の数論学者はオイラー(1707-1783)ただ1人でした。
 フェルマーは、自身が予想した最終定理FLT(Fermat's Last Theorem)のn=4の時を証明します。明細なメモは残ってないんですが、フェルマーはFLT(4)を無限降下法を使って証明したとされます。
 フェルマーの謎と神秘に満ちた言明だけを頼りに、オイラーはフェルマー研究に乗り出します。そして、1738年にオイラーは、FLT(4)をより明確化されたやり方で記述(証明)します。 

 オイラーは、x⁴+y⁴=z⁴に自然数解がない事を証明する為に、x⁴+y⁴=z²の自然数解が存在しない事を”ピタゴラス数””無限降下法”を使って証明します。
 ピタゴラス数とは、x²+y²=z²を満たす(x,y,zが互いに素な)無限に存在する自然数解x,y,zの組であり、x²=p²−q²,y²=2pq,z=p²+q²(p,q:互いに素)と書ける。
 そこで①が存在しない事を示すには、x⁴+y⁴=z²のピタゴラス数(x²,y²,z:互いに素)のうち、zが最小のものを考え、それが存在しない事を証明すればいい。 
 まずピタゴラスの定理より、互いに素なp,qを使い、x²=p²−q²,y²=2pq,z=p²+q²と表せる。また、x²+q²=p²より、(x,q,p)もピタゴラス数となる。故に、再び互いに素なr,sを使い、x=r²−s²,q=2rs,p=r²+s²と表せる。
 そこで、2pqは平方数によりp,2qも平方数となる。また、2q(=4rs)が平方数よりrsも平方数となり、p=r²+s²が平方数によりr,sも平方数となる。
 つまり、p,r,sは共に平方数となり、p=a²,q=b²,r=c²とおけば、上式からa⁴+b⁴=c²が得られます。
 しかし、a≤p≤p²<zとなり、zが最小という仮定に矛盾。故に、x⁴+y⁴=z²を満たすピタゴラス数(x²,y²,z)は存在せず、x⁴+y⁴=z⁴にも自然数解(x,y,z)は存在しない(証明終)。
 この様に無限降下法により、次々と最小の4乗数を求め、その和が平方数となる最小の自然数は存在しない事を突き止め、FLT(4)の完璧な記述に至った。

 因みに、フェルマーが実際にやった無限降下法とは、x⁴+y⁴=z⁴の解(x₁,y₁,z₁)が存在すると仮定すれば、この解よりも小さい解(x₂,y₂,z₂)が存在する事を示し、次にもっと小さな解(x₃,y₃,z₃)を示す。しかし、Nは整数であり解(xₙ,yₙ,zₙ)は無限に小さく出来ないから、仮定(解が整数である)に矛盾するという背理法によるものでした。
 フェルマーは、”驚くべき証明を持ってるが・・・”と書き遺し、この降下法で全てのnに対し、フェルマーの定理が成立すると勘違いします。
 つまり、フェルマーの無限降下法は、n=3の時にしか使えない。


オイラーによる、FLT(3)の解法

 この結果を引き継いだオイラーは、1770年に同じ無限降下法を使い、n=3の場合、つまりFLT(3)の証明に挑み、成功はしたが、これには1つの欠陥があった。
 以下、「フェルマーの大定理が解けた」(足立恒雄著)から一部抜粋です。

 仮に、x³+y³=z³ー①にxyz≠0なる整数解があるとする。もし、x,yに±1以外の共通因数(公約数)dがあるとすれば、①の両辺をd³で割り切れるから、x,yは互いに素と出来る。
 そこで、x,y,zのうち2つが偶数とすると、偶数³+偶数³=偶数³より、残りも偶数になるので、x,yは互いに素との仮定に反する。また、3つとも奇数はあり得ないから、偶数は1つだけとなる。故に、x,yが奇数(z=偶数)の時だけを考えれば十分である。

 そこで、x,yが奇数なら2数の和と差が共に偶数となり、(x+y)/2=p,(x−y)/2=qとおけと、x=p+q,y=p−qを得る。故に、p,qは偶数or奇数となる。
 以上より、①に代入するとx³+y³=(p+q)³+(p−q)³=2p(p²+3q²)=z³。
 ここで、p²+3q²は奇数(∵p,qは偶数or奇数)であるが、上式より2p(p²+3q²)は立方数であり、その立方数z³は偶数であり8で割れる筈。故に、2p(p²+3q²)/8=p(p²+3q²)/4は整数となり、p/4は整数により、p²+3q²は奇数からpは偶数となる。

 ここで、問題になるのは、pとp²+3q²が公約数を持つかどうかである。
 もし公約数を持てば、p²とp²+3q²も同じ公約数を持つ可能性がある。それに、この2数の差3q²も同一の公約数を持つべきで、p,qは互いに素よりp²と3q²は3以外の公約数を持ちえない(ここら辺は少し抽象的ですが)。
 故に、以下の2つのケースが考えられる。
 ケース1、2pとp²+3q²が互いに素(pが3で割れない)。
 ケース2、2pとp²+3q²が1でない公約数を持つ(pが3で割れる)。
 2つとも同じ様な証明だから、ケース1のみを考える。
 2pとp²+3q²が互いに素で、積が立方数より、それぞれも立方数となる。
 つまり、ケース1の条件は、p²+3q²=立方数ー②、2p=立方数ー③となる。
 ここからが複素数が現れ、少し難解な代数的整数論の領域になります。
 オイラーは、p²+3q²=(p+q√(−3))(p−q√(−3))と因数分解し、(p+q√(−3))(p−q√(−3))が立法数ー④ならば、大胆?いや軽率?にも何の根拠も示さずに、p+q√(−3)=(t+u√(−3))³ー⑤と結論づけた(但し、t,u:整数)。

 √(−3)の世界で積が立方数ならば、各々が√(−3)の世界でも立方数であるべきだと、オイラーは考えた。
 そこで、x+y√(−3)、x,y整数という複素数の集合(複素数体)をZ[√(−3)]と書く。
 このZ[√(−3)]でもp+q√(−3)とp−q√(−3)は互いに素である事は証明できる。しかし、”互いに素な2つの数の積がn乗数であれば、それぞれがn乗数である”という命題は成り立つのか?
 実は、これは成り立たないのだ。
 例えば、(1+√(−3))(1−√(−3))=2²という簡単な式で確認する。
 Z[√(−3)]の世界にて、α=1+√(−3),β=1−√(−3)とする。この両方を割り切る素数は存在しないから、αとβは互いに素である事は明らかで、その積αβは平方数4となる。
 つまり、αβは平方数であってもα,βは平方数ではない。故に オイラーが提示した上の命題は、明らかに矛盾する。
 因みにこの矛盾は、以下の”素因数分解の一意性問題”に置き換えられる事に注意です。

 しかし不思議な事に、この不完全なオイラーの手法でも、結果的には、p²+3q²が立方数である事は成立する。
 詳しい証明は省くが、今で言う整数環Z[√(−3)]では”素因数分解の一意性は成立しない”からだ。しかし後になり、√(−3)の代りに1の原始3乗根ω=(−2+√(−3))/2を付加した整数環Z[ω](=これは3次円分体Q[ω]の整数環で素因数分解の一意性が成立する)を使う事で修正された。

 話はそれましたが、オイラーの考察を進めます。
 オイラーの軽率?な仮定である⑤の右辺を展開し、両辺の実部を比較すれば、p=t(t+3u)(t−3u)を得る。
 ケース1の条件③より、2pが立法数なら、2t(t+3u)(t−3u)も立方数であるべきである。
 左辺の3つの因数は互いに素だから、それぞれが立方数となるべきである。
 そこで、t+3u=X³,t−3u=Y³,2t=Z³とおくと、X³+Y³=Z³を得る。これは①式と同じだが、0<|Z|<zなのは明らかですね。
 これは、x³+y³=z³が1組でも解を持てば、もっと小さい解を持つ事をしてる。つまり、フェルマーの無限降下法が使え、そういう整数解の組は存在しない。
 つまり、FLT(3)が成立する(証明終)。 


最後に

 オイラーのお陰で、フェルマーの最終定理の解明へ向けた最初の突破口を開きます。
 この証明の中には、新たな整数論とも言うべき複素数の理論が初めて登場します。しかし、この強力な武器には新たな困難を伴っていました。
 これこそが代数的整数論の持つ本質的な難解さでした。
 互いの素な数の積がn乗数でも、各々がn乗数とは必ずしもならない。
 つまり、新たに困難が生じた事は、新しく面白い問題が登場したのと同じ事である。数学はかくして自ら新しい難題を生み出し、変異を続けるのである。

 「たかがブログ#19」でも言った様に、真の伝統とは持続する変異により、新たな変革を起こし続ける。
 フェルマーからオイラーに受け継がれた最終定理の伝統を眺めてると、つくづくそう思う。

 オリンピックなんて、フェルマーの大定理の歴史に比べれば、腐った糞みたいなものだ。それでも日本人は4年に1度の世紀の伝統として、その腐った糞を貪り続ける。
 そう思うのは、私だけだろうか? 



10 コメント

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代数的整数論 (HooRoo)
2021-07-01 10:29:43
転んだサンって
代数学は苦手だったんじゃないの?
私はもっとチンプンカンプンだけど^_^;

新たな困難が面白い問題って
数学者にしかわからない言葉なのかな
でもオリンピックは腐ったフンというのは何となく理解できるわ
アスリートはそのフンを貪って生き延びるゾンビみたいなものかもね^^;
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Hooさん (象が転んだ)
2021-07-01 11:45:59
代数学もダメですが、それ以上に数論(算術)がペケなんですよ(悲)。
それに、急いで書いたんで少し曖昧な所がありましたか・・・特に、3で割れるかどうかで場合分けする所は、抽象的ですよね。

計算ドリルなんてのは人類をバカにするだけで、オリンピックと同じでアスリートを腐らすだけなんです。と言ったら失礼か?
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素元分解とその一意性 (腹打て)
2021-07-02 06:26:57
結局、体の一部である環の定義がとてもややこしい。
つまり、Z[√(-3)]という環では素元分解の一意性が成り立たない。

しかし転んだ君が言ったように、1の3乗根であるωを考えると、Z[ω]は素元分解の一意性が成立するガウス環であることが、Z[√(-1)]と同様に証明できる。
勿論、この証明もややこしいんだけど、新たな困難とはこういうものを言うんだね。
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腹打てサン (象が転んだ)
2021-07-02 18:06:36
4=2・2=(1+√(−3))(1−√(−3))と
これは明らかに本質的に異なる2つの素元分解になってるから、一意性が成立しないんですよね。
しかし、これを証明するのが対辺なんですよね・・・
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Z[√(−1)]とピタゴラス数 (paulkuroneko)
2021-07-03 06:01:31
Z[√(−3)]では素元分解の一意性が成り立ちませんが、Z(i)=Z[√(−1)]では素元分解の一意性が成り立つ所が摩訶不思議なんですよね。
これはピタゴラス数を考慮するとわかり易いんです。
転んだサン紹介したように、x²+y²=z²という自然数解(x,y互いに素)が存在する方程式の事で、この左辺をZ[i]の数の世界で因数分解すれば、(x+iy)(x−iy)=x²+y²=z²となり、x+iyとx−iyは互いに素なので、ピタゴラス数が成り立ちます。

つまり、Z[i]ではx±yiが平方数なのは明らかですが、Z[3i]=Z[√(−3)]だと(x+3iy)(x−3iy)=x²+3y²となり、平方数を証明するのは困難ですね。
この様にして、Z(i)とZ[3i]とでは性質が違うのが判るんですが・・・
素元分解の一意性の証明となると、とても抽象的になり、難しんですよね。
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paulさん (象が転んだ)
2021-07-03 13:34:55
いつもいつも貴重なアドバイス有り難うです。
Z[i]で思い出したんですが。
1の約数である”単数”という点で環(和と積で閉じる)を考えれば、整数Zの世界では±1、Z[i]では±1,±iと4つの単数となるんですが。
つまり、x+iy=ε(u+iv)²と表すと、ε(単数)=±1,±iとなります。両辺の実部と虚部を比較すると、ε=±1の時はx=±(u²−v²),y=2uv、ε=±iの時はx=±2uv,y=±(u²−v²)となり、両方共にz=±(u²+v²)。これにより、ピタゴラ数の定理が導けます。

ディリクレは、Z[√2]={x+y√2、x,y整数}では(1+√2)ⁿ(1−√2)ⁿ=1をである事を証明し、単数が無限にある事を示しました。ε(単数)=1+√2より、εⁿ(又はε⁻ⁿ)も全て単数と。

少し長くなったんですが、この単数を使ってガウス環(アイゼンシュタイン整数=Z[ω])が素元分解の一意性を証明するんですが。整数論も整数を離れる毎にややこしくなるんですよね。
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単数の素元分解 (UNICORN)
2021-07-03 14:38:18
アイゼンシュタイン整数Z[ω]の単数は±1、±ω、±(1−ω)の6つです。
ω=(1+3i)/2により、4=2×2=ω×2×(1−ω)×2と、Z[3i]と同様の2通りの素元分解になり、その一意性は崩れる。
しかしよく見ると、単数である1−ω=(1−3i)/2となるより、単数を含んだ複数の素元分解は無視できるので、環Z[ω]素元分解の一意性が保持できる。

この一意性を使い、p³+3q³=(p+q3i)(p−q3i)というオイラーの提言を証明するんですが、これがややこしんですね。
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UNICORNさん (象が転んだ)
2021-07-03 17:07:59
何だか粗元分解の一意性の証明につながるコメント群の様になってますが。
それだけ整数論というのは複素数域にまで広がると、ややこしくもあり新たな問題が色々と発見されるということでしょうか。
貴重なアドバイスどうもありがとうです。
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オイラーの突破力 (unknown)
2021-07-03 22:53:18
オイラーが初めて複素数を使い、フェルマーの最終定理の解法の鍵穴をこじ開けたのは事実で、フェルマーの考察もワイルズの貢献も偉大ですが
ここにおいても、オイラーやガウスの咆哮と鼓動が鳴り響いてます。
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unknownさんへ (象が転んだ)
2021-07-04 02:03:16
私も数論と代数学は大嫌いなんですが、ふとした事でフェルマーの最終定理に首を突っ込み、少しずつアレルギー症状が治りつつあります。
まるで今の時代のここにまで、オイラーやガウスの叫びが届きそうな勢いですね。
これも皆さんの親身の指導のお陰だと思っております。コメントに感謝です。
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