象が転んだ

たかがブロク、されどブロク

「暗く聖なる夜」〜心の闇と未解決事件を炙り出す一筋の光

2024年04月08日 02時49分33秒 | 読書

 3日連続、マイクル・コナリーで突破します。上下巻を1つに纏めたので少し長いですが、悪しからず・・・

 ハリウッド署の刑事を退職したバリー・ボッシュ。彼にはどうしても心残りな、4年前の未解決事件があった。
 ”この世における私の使命は、バッジがあろうがなかろうが死者の代弁をする事なのだ”
 映画会社の従業員である若い女性アンジェラ・ペイトンが殺された。が、その直後に映画のロケ現場から200万ドルが奪われる。
 ボッシュは、ハリウッドで起きた強盗殺人事件の捜査中に、LA市警本部の殺人課が強引に割り込んできた為、突然担当を外されてしまう。以来これといった成果は上がらず、事件は迷宮入りする。
 52歳で早期退職したボッシュだが、刑事としての勘は少しも衰えてはいない。殺されたペイトンの右手が何かを訴えてる様に思え、それがずっと彼の脳裏に留まっていた。
 闇の中の一筋の光に吸い込まれる如く、独自に捜査する事を決意したボッシュに降りかかる大きな圧力と妨害。事件の裏には得体のしれない重大な何かが隠されていた・・・


心の闇を炙り出す光

 原題の“LOST LIGHT”とは、”坑道の道しるべ”の事であるが、人の心の闇という坑道を炙り出すが如く、ボッシュはこの未解決事件に失われた筈の光を照らし続けていく。それは彼がベトナムに従軍し、地下坑道での戦闘体験に遙かに通じていたからだ。
 そんなボッシュだが、事件を追う毎にパラノイア(偏執症)に傾斜していく。病気と言う程までには酷くはないが、異常なまでに研ぎ澄まされた神経は自分を追い詰めていたが、その尖った神経こそが事件を解決する事もある。 

 本書は2003年の刊行で、”9ー11”後のテロ対策と絡めたが故に、とてつもない規模の黒いシナリオが用意されてそうな気配がしなくもない。が少なくとも、映画セット強盗殺人とテロリストを単純に結びつけたものでもなさそうである。もしそんな単純だったら、著者のコナリーは、日本の某人気探偵小説家クラスの領域に収まってた筈だ。

 ただ、序盤は長編モノは特にその傾向にありがちだが、どうも間延びする。バルザックやSキングもそうだったが、バリー・ランセットもその欠点は克服しきれてはいない様に感じた。それは、推理小説の巨匠とされるマイクル・コナリーを持ってしてもである。
 「潔白の法則」も前半は間延びし、非常に展開が怠惰に感じた。しかし、中盤から後半にかけ、一気に急降下するスリリングで濃密な展開に読者は傾倒していく。
 ただ今回の「暗く聖なる夜」は、主人公がハリー・ボッシュというお馴染みの私立探偵である事から、ハードボイルドの色がやけに濃い。相棒との会話も場末の腐った喧嘩みたいで、うんざりする所もあるが、それが長く続く(かつ安心して読める)人気シリーズ所以なのかしれない。

 こうした登場人物が多く、プロットが複雑でフラグが色んな所に散りばめられてる長編サスペンスを読む時は、ボッシュの捜査の進め方と同様に、登場人物と出来事の時系列を系統図にして、確認しながら読む事をオススメする。
 ここまで準備したら、アナタは既にボッシュの相棒の一人である。さあ、彼と一緒に、暗くて深い謎解きの旅へと出かけようじゃないか。


FBIの圧力

 事が急展開するのは、上巻(全21章)の最後の17章辺りからだ。まさに、マイクル・コナリーが放つハードボイルドがいよいよ炸裂する。
 FBI捜査官に拉致されたボッシュだが、取調室ではなく監房に追いやられていた。
 ”俺たちはテロリストに常に命を狙われてる。奴らは我々の考えを一切無視してやってくる。俺たちは俺達のやり方で奴らを封じ込める”とエリート捜査官が言い放つと、”悪と対峙する者は自らが悪にならない様に気をつけるべきだ”と、ボッシュはサルトルの言葉を引用する。
 FBIに、事件の捜査から一切手を引くように脅されたボッシュだが、彼の車には衛星追跡機が取り付けられていた。FBIは更に、バーでの襲撃事件で肢体麻痺になった元LA殺人課刑事のロートン・クロスにまで脅しを掛けていた。

 四面楚歌のボッシュだったが、元判事で弁護士のジャニス・ラングワイザーを頼った。彼が追ってる事件は単なる殺人じゃなく、FBIの対テロ捜査班が関わる大きな事件だったのだ。 
 ”絶対権力は絶対に腐敗する”
 これはボッシュの言いグセでもあった。
 そこで彼は、FBIの強引で不法な捜査を逆手に取り、”ロドニー・キング事件の二の舞になるぞ”と、逆に脅しをかける。
 彼が突きつけた条件は、①かつて彼が調査してたファイルを全て渡す事②クロスへの謝罪③尾行をやめさせる事④拘束されてるテロリストのMアシズへの取り調べの4つ。
 流石のFBI特別捜査官であるピープルズも、この要求には素直に応じた。ボッシュはFBIの行動を先読みし、監房内に盗聴を仕掛け、FBIの機密を丸裸にしていたのだ。

 これで事件解決のカード(殺人調書)は揃った。お陰で、FBIに邪魔されずに捜査を進める事が出来る。
 一方で、アジズにはアリバイがあったが、2つの事件(ペイトン殺害と200万ドル強盗)の関与が否定された訳でもない。というのも彼は、200万ドルの内の1枚のドル札を偶然にも所持してたからだ。が、訊問は全くの無駄だった。彼は容疑者ではない(多分)。

 調書は様々な角度から篩に掛ける事で真実が浮かび上がる。
 ボッシュはまず、映画製作会社に200万ドルを用意したLAバンクの従業員から調査を初めた。ペイトン殺害の3日後に起きた200万ドル強奪事件に関与してたレイ・ヴォーン(銃撃戦で死亡)、ライナス・サイモンスン(同負傷で辞職)、ジャスリン・ジョーンズ(副支店長)、ゴードン・スギャックス(部長)の4人だが、ボッシュは”危険な職務に就かせた”と銀行を訴え、その和解金ででナイトクラブ経営をするサイモンスンが怪しいと感じた。
 ボッシュの捜査は丁半賭博の様に、策を弄しない。手持ちのカードを使い、忠実にプレーする。つまり彼は、サイモンスンがLAバンクから幾ら貰ったかを知る事で、200万ドル強盗との接点を見つけ出そうとした。


黒幕は誰だ?

 そう、物事は何処かで必ず繋がっている。
 事実、サイモンスンとジョーンズは(各支店からかき集めて用意された)200万ドルの紙幣の通し番号を記録する作業を行っていた。ランダムに抜き取られた800枚の紙幣の記録報告書の最後には、彼女の署名が記されている。
 ランダムに札を選び、PCに記録し、再び札束の中へ戻すという作業は非常に退屈だった。が故に、サイモンスンは自分のノートPCを持ち込み、2人で交互に番号を読み上げ&記録していた。
 但し、作業時間は短縮できるが、二重チェックには程遠く、サイモンスンはデータをでっち上げる事が幾らでもできた。故に、捏造された報告書が複製(コピー)される可能性は十分にあり得た。
 ボッシュの直感は確信に変わりつつあった。一方で、この女上司は黒人である故か(社会に不満を持つらしく)色んな事を嘘偽りなく提供してくれた。
 ヴォーンがゲイでサイモンスンと関係を迫っていた事、彼女がサイモンスンと友人関係ではない事、更には彼がハリウッドでトップクラスのクラブを5、6軒持ってる事までをも・・
 ボッシュが、黒幕と見たサイモンスンは父が事業に失敗したのを見て、ハリウッドで”夜の帝王”になる野心をずっと燃やし続けていたのだ。

 ボッシュは過去を懐かしがる彼女に、”目先の成功と古き日々はそれほど良いものではない。君は十分に誇れる事を成し遂げた”と囁いたが、反対側の線路(運命)を考えてる彼女には聞こえる筈もなかった。
 彼は偶然を信じなかった。だが現実は何処もかしこも偶然だらけだ。
 サイモンスンが自分で札を数え、準備した200万ドルを強盗された事件の捜査を担当した2人の刑事(ドーシーとクロス)が撃たれたバーを、サイモンスンが偶々最初に購入したというのは到底受け入れられるものではなく、純然たる傲慢さだと思った。が、この殺人事件が店の売値を低く抑えたのも事実である。
 一方で、フォーキングス(4人の王)は”自らの成功の犠牲者になるかもしれない”と噂されていた。成功談は経営の基盤よりも華やかな所に関心が集まる。質の劣るバーを幾つ所有しても、凋落するのは時間の問題とされてた。
 

銃撃戦と、その後

 ボッシュは、様々な物事が1つに纏まりつつある事を感じ取っていた。ペイトンの死体を見下ろして以来、4年近くが経ってようやく確度の高い容疑者を掴んだのだ。
 しかし、サイモンスンの和解金が僅か5万ドル(弁護士料を差し引いて3万ドル)という事を知らされると、更に確信は高まった。
 ボッシュはサイモンスンに照準を合わせた。一方で”4人の王”もボッシュに狙いを定める。が、ボッシュの自宅を襲った彼らも百戦錬磨の一匹狼には敵わなかった。
 サイモンスンはFBI女捜査官のゲスラーと殺人課刑事のドーシーを殺した事を白状したが、自ら用意したショットガンでその傲慢な頭部は吹っ飛んだ。

 結果的には、”4人の王”の内バンクスだけが何とか生き残り、ボッシュを待ち伏せしてたFBI対テロ捜査官のミルトンが銃撃戦の犠牲になった。
 正当防衛とは言え、彼らの店に強引に押し込み、怒りを買い、銃撃戦の末に(4人の内)2人を殺した事になる。そこで絶体絶命のボッシュはある取引をする。4年前の一連の殺害強盗事件で彼しか知り得ない事をFBIとロス市警に全て話す代わりに、釈放してもらうのだ。

 全ては、警備員のヴォーンとサイモンスンが映画セットへ運ばれる現金を奪おうと計画した事から始まった。更に、サイモンスンは強盗に4人の仲間(オリファント、ファジオ、バンクス、コージー)を採用した。因みに、コージーはボッシュに撃たれて死に、生き残った4人こそが”4人の王”として君臨していたのだ。
 一方で、ペイトン殺害は単なる仕掛けだった。殺害をレイプに見せかける為に、ゲイであるヴォーンを利用し、ゲイ仲間の精液を用意させたのだが、サイモンスンはペイトン殺害の繋がりを消す為に、彼を裏切り消したのだ。
 更に、サイモンスンは作戦と金(紙幣)の使い道を確実にする為に紙幣報告書を偽造し、紙幣番号をでっち上げた。つまり、警察を経由しFBIに届いた紙幣リストには彼の偽造のサインがあり、”偽造犯の震え”がそれを証明していた。
 殺人課のドーシーはそれに気付いてたが、サイモンスンは偽の紙幣報告書を提出し、彼の仲間が現金輸送車を襲い、ヴォーンを殺す。彼も撃たれたが、単に”跳弾”による偶然だった。
 しかし、その偶然がサイモンスンを手助けする。銀行との示談の背後にバーの購入を隠せたからだ。


女捜査官ゲスラー失踪の謎

 但し、1つの大きな疑問が残る。
 消息不明のゲスラーが偽のリストの一致を(偶然にも)発見していた事だ。つまり、サイモンスンがでっち上げた番号の1つが証拠保管所に入ってた紙幣番号と偶々一致した。更に偶然にも(同じ事が起き)、アジズが運んだ百ドル紙幣の1枚が偽のリストと一致した。
 故にFBIは、この事件をテロ事件に巻き込んでしまう。しかし、単に2つの偶然が重なっただけで、真実は2つの事件には何の関係もなかった。ミルトンは無駄な探求をして殺されたとなる。
 当時、疑問に思ったゲスラーはドーシーに電話したが、カネに困ってたドーシーは(偽造を逆手に取り)サイモンスンの仲間に入ろうとした。つまり、全てを知りすぎたゲスラーは消えてもらう必要があったのだ。でも、(全てを知ってはいるが)何も出来ない筈のドーシーは簡単に始末できるが、誰が彼女を殺したのか?

 ボッシュの勘はドーシーを、そしてその先には、彼の元相棒のロートン・クロスを捉えていた。
 つまり、クロスとドーシーはFBI捜査官のゲスラーを利用し、サイモンスンに圧力を掛け、”お宝”を分け合うつもりだった。しかし、サイモンスンにとってゲスラーの”一致”は偶然だと踏み、2人の圧力には応じず、マシンガンをぶっ放した。 
 結局、クロスもドーシーも、そしてサイモンスンも当然の報いを受けたまでだ。
 ボッシュは怪物になりかけていた。彼女の居場所を知ってる筈のクロスに圧力を掛け、彼の生命維持装置をもぎ取ろうとする。が、その必要はなかった。クロスの妻が彼を説得し、ゲスラーの居場所を吐露させたのだ。
 彼女の遺体は、クロスとドーシーを一躍有名にしたマークウエル少年の遺体を発見した坑道の洞窟内にあった。
 “LOST LIGHT”は小さな十字架を照らし出し、死体は(サイモンスンとの繋がりを示す)ラップトップと共にビニールで包まれていた。ラップトップは2人の警官の強みであった筈だが、それは間違っていた。

 お陰で、ボッシュが追った一連の事件は解決し、クロスのサイモンスンへの復讐劇もボッシュのお陰で完遂する。一方、ボッシュは命からがら逃げ仰せたものの、漠然とした迷いが生じていた。
 クロスとドーシーの欲望と運が彼らの人生でどんな役割を果たしたのだろうか?更に、ペイトンやゲスラーに振りかかった不運はなんと説明できるのか?
 特に、ゲスラーは単に警官に電話しただけなのだ。つまり、善意と信頼が自らの破滅を招いたのか・・
 しかし、4年前に別れた妻エレノアには、皮肉にも4歳になる娘がいた事がわかった。勿論、ボッシュと彼女の娘である。
 ああ、人生とは何と皮肉で素晴らしい世界であろう。
 

あとがき

 現代最高峰のハードボイルドとして広く認知されてるボッシュ・シリーズだが、その中でも本作は1、2位を争う傑作とされる。
 今作は前作「シティー・オブ・ボーンズ」に続く、米国で最も権威あるミステリーに送られるMWA賞(エドガー賞)にノミネートされたが、著者自身がMWA(アメリカ探偵作家クラブ)の会長にある事を理由に辞退する。
 アメリカ本国では圧倒的な人気を誇るマイクル・コナリーだが、日本ではあまりブレイクしきれてはいない。因みにこの作品は、LAタイムズが選ぶ2003年度ベストBOOKの1冊に選ばれた。
 そういう私も、「ジャパンタウン」(バリー・ランセット)を読み、初めて彼を知った。リンカーン弁護士シリーズの「潔白の法則」を読んで、心踊らされ、この本を手にとった。

 (小説上だが)父親を知らずに生まれたボッシュの生い立ちは複雑で、娼婦であった母は彼が11歳の時に何者かに殺された。18になるまで養護施設と里親の間を行き来し、その後は陸軍に入隊し、ベトナム戦争に従軍する。トンネル工作兵としてベトコンと渡り合い、不眠症を永年の友にする深いトラウマに悩まされる。 
 除隊した後は、ロスに戻り父親探しをするが、一流の弁護士であった実の父Jマイクル・ハラーは癌でまもなく他界する。父が死んだ年にロス市警に採用される。
 その後の波乱万丈劇は、ボッシュ・シリーズを最初から読んで頂くとして、少し気になった点もある。
 まず、長編モノにありがちな理屈っぽく複雑過ぎる展開の組合せにある。言い方を変えれば、熟練の精度が高いとなるだろうが、展開や伏線やプロットよりかは、登場人物は少なくてもいいから各々の人物の深く濃密な描写が欲しかった。
 更に、登場人物が20人近くもいては、1人1人を追いかける事に疲れてしまう。まさに読者を選ぶ探偵モノではあるが、それでも後半から終盤に渡る凝縮した濃密な展開とエンディングは、読み応え抜群でもあった。
 間延びしてはのめり込みと、その連続だったが、何とか読み終えた後の心の揺さぶられ感は高揚な気持ちになる。

 ここまで読んだら、君は既にボッシュの闇の中にいる。



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