静かな場所

音楽を聴きつつ自分のため家族のために「今、できることをする」日々を重ねていきたいと願っています。

市長との懇談会(生活介護事業所新設に向けて)に参加しました

2014年01月27日 22時00分37秒 | 家族(こども・しょうがい・学校・介護他)
 休日出勤の代休だった今日、市役所に出向き、市長さんとの懇談会に参加してきました。
 2年後に予定されている新しい生活介護事業所設立に向けて、いくつかの要望や確認したいことなどを市長さんに直接聞いていただき意見を交流するという会でした。
 当市在住の三男の特別支援学校の保護者が参加しました。
 保護者側はPTA会長さんのほかに私を含めて5人、「市側」は市長さんと他に3人、それに、仲介役(?)のM市議の計11名が市長室隣の応接室にて30分間、思いや要望を出し合いました。
私は、ほとんど聞いていただけでしたが、最後の方で話を振られたので、ごく簡単に「今、中2の息子の卒業後の居場所が今のところない」ことと「二男も『しょうがい』があり市内の事業所のお世話になっている」ことなどをボソボソと独り言のように言っただけでした。
 と言うのも、恥ずかしい話ですが、私は、この新施設設立に向けての経緯や、その中で重ねられた保護者の皆さんの御苦労、市や社会福祉協議会とのやり取りなど、具体的にほとんど知らなかったのです。

 4年前に妻が病に倒れて以来、「主夫、主夫」と言っては何やら偉そうなことをほざいている私ですが、実は、子育てや「しょうがい者福祉」についての諸々などについては、ずっと妻に任せっきりでした。
 妻は、二男と三男が同じ特別支援学校に通っているときにPTA本部役員を引き受けたことがあり、そのときの経験や出会いから「いろいろと学んだ」と言っていました。
 私よりもいろいろと知っていました。
 二男が卒業すると同時に、三男は本来の肢体不自由児対応の現在の学校に転校し、ちょうど4年前の今頃、妻はその学校の本部役員の一員となることが内定していたのですが、ちょうど私の(術後の)仕事復帰と入れ替わるように病に倒れてしまいました。
 妻が寝込んてしまってからは、当然、子どもに関する諸手続きや交渉事も私がするようになり、それなりに知識は広げていたつもりですが、まだまだ知らないことも多いし、何よりも、わが子のことを思って先を見越して行動する、という点においてはお母さん方のパワーにはとてもかなわない、と、今日の交渉の場に居てひしひしと感じました。

 市長さんは、私たちの話によく耳を傾けて下さり共感しながら聞いて下さいました。
 私たちの市長は以前にも少し書きましたがある意味(良い意味で)「らしくない」市長です。
 おそらく市役所内部では(公務員の悪しき習性から考えると)「煙たがられたり」「反発されたり」もしているのでは推察しますが、様々な障壁に負けずに頑張ってほしいと思います。
 今日の短い懇談の中でも、別の、乗り越えなければならないハードルがあることも感じさせられました。
 しかし、がんばって実現してほしい。
 私は何の力にもならない一市民ではあるけども、子どもの将来のためにできることがあればさせてもらう、という気持ちにさせられました。



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