少し前まで、義母のホームからの帰り道、暗いと感じていたのに、今はまだ日がある。確実に季節は移り行く。
気がつけばもう四月。やっとその事を実感する。契約が変わり東京に定期的に行く事も無くなった私は、半ばリストラ状態。反対に仕事を増やした妻を見送り、家で、当ても無く仕事の準備をしている。
そんな生活が始まり、今まで疲れていて、疎かにしていた調べ物や実験を再開した。稼がなければならないけれど、やはり、勉強をする事も必要なのだ。だが、世の中、そんな都合の良い事は無く、忙しい時は物凄く忙しく、暇な時は、極端に暇なのだ。仕事を始めて30年、適度な忙しさという物に遭遇した事が無い。
小人の私は、閑居をして不善をなす、そんな不安を覚えずにはいられない。忙中閑。忙しくてもその方が良さそうだ。
名古屋は、風強し。
早稲田界隈もそろそろ桜の季節らしい。
冬に撮った大隈講堂の写真は、やはり寒々しい。
きっと正門の桜は、花盛りだろう。
暫く東京に行く必要が無くなった為か、故郷が懐かしく思うのかもしれない。
春休みなので甥が遊びに来ている。子供のいない私達の生活はいつものリズムを失い少し疲れている。それはきっと、甥も同じなのだろう。
子供と一緒にいると、子供を育てるのは大変な事なのだと感じる。鞭と飴の加減が良く分からない。普段一緒に暮らしていないこともその大きな要因だが、羽を伸ばしたいであろう甥の気持ちを何所まで許容するのかは、とても悩ましい。
親というのは大変なものだ。でも、そんな事を感じるのは、私たちとって、それが非日常の事だからなのだろう。
仕事も一段落。甥と車の疵を直すことにしよう。そとは、春の日差しで一杯だ。
子供と一緒にいると、子供を育てるのは大変な事なのだと感じる。鞭と飴の加減が良く分からない。普段一緒に暮らしていないこともその大きな要因だが、羽を伸ばしたいであろう甥の気持ちを何所まで許容するのかは、とても悩ましい。
親というのは大変なものだ。でも、そんな事を感じるのは、私たちとって、それが非日常の事だからなのだろう。
仕事も一段落。甥と車の疵を直すことにしよう。そとは、春の日差しで一杯だ。