長いので分けましたm(._.)m
【育鵬社版】「58 ロシアとの激突・日露戦争」の問題点。
1.日露戦争の性格の記述
2.兵卒にとっての日露戦争についての記述
3.国民生活にとっての日露戦争についての記述
この3点について、記述が一面的であったり、記述すべき部分が足りないと指摘されました。
1.について
確かに、ロシアは「三国干渉」依頼、満州の独立的支配をはかり、朝鮮への進出を目指していたが、日本もまた朝鮮支配と満州への勢力拡大をはかろうとしていたことは1902年の日英同盟が示している、つまり、ロシアと日本の帝国主義政策の衝突が日露戦争の性格である。
2.について
日露戦争初期における旅順要塞の攻撃では、多大の人的被害を出した。その原因は、歩兵の白兵突撃に頼ったためである。ところが、膨大な損害を出しても、乃木司令官の批判は起きなかったばかりか、あれこそが日本軍の戦い方なのだという合理化が行われ、犠牲を恐れずに任務を遂行することが称賛されるようになった。
人的犠牲に対する感覚マヒが太平洋戦争終結まで日本軍に植え付けられてしまった。まさに軍人勅諭のなかの「義は山獄よりも重く、死は鴻毛(こうもう)よりも軽しと覚悟せよ」が日露戦争から実行されたのである。
3.について
日露戦争は、重税によって国民生活を苦しめた戦争でもあった。【育鵬社版】は、この国民の苦しみや怒りを無視するとおもに、日露戦争に対する反戦・非戦の国民の声には一切ふれていない。しかし、【東京書籍版】(p.165)には「増税に泣く国民」としてグラフや漫画を掲載し、与謝野晶子など戦争反対の動きを記述している。
【育鵬社版】「58 ロシアとの激突・日露戦争」の問題点。
1.日露戦争の性格の記述
2.兵卒にとっての日露戦争についての記述
3.国民生活にとっての日露戦争についての記述
この3点について、記述が一面的であったり、記述すべき部分が足りないと指摘されました。
1.について
確かに、ロシアは「三国干渉」依頼、満州の独立的支配をはかり、朝鮮への進出を目指していたが、日本もまた朝鮮支配と満州への勢力拡大をはかろうとしていたことは1902年の日英同盟が示している、つまり、ロシアと日本の帝国主義政策の衝突が日露戦争の性格である。
2.について
日露戦争初期における旅順要塞の攻撃では、多大の人的被害を出した。その原因は、歩兵の白兵突撃に頼ったためである。ところが、膨大な損害を出しても、乃木司令官の批判は起きなかったばかりか、あれこそが日本軍の戦い方なのだという合理化が行われ、犠牲を恐れずに任務を遂行することが称賛されるようになった。
人的犠牲に対する感覚マヒが太平洋戦争終結まで日本軍に植え付けられてしまった。まさに軍人勅諭のなかの「義は山獄よりも重く、死は鴻毛(こうもう)よりも軽しと覚悟せよ」が日露戦争から実行されたのである。
3.について
日露戦争は、重税によって国民生活を苦しめた戦争でもあった。【育鵬社版】は、この国民の苦しみや怒りを無視するとおもに、日露戦争に対する反戦・非戦の国民の声には一切ふれていない。しかし、【東京書籍版】(p.165)には「増税に泣く国民」としてグラフや漫画を掲載し、与謝野晶子など戦争反対の動きを記述している。