25時の島

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「非現実の王国」の雲

2007-07-11 22:37:20 | Weblog
先日、「レ・ミゼラブル」に一緒に行った友人から強く勧められて、品川の原美術館で開催されているヘンリー・ダーガー展に行ってきました。

このヘンリー・ダーガーという人はアメリカのシカゴ出身で、幼少時に両親を亡くし、誤診で精神遅滞児童用施設に入れられ、脱走後は雑役夫として長い生涯を送った人。 大家や神父(カトリック信者だったので)以外に人と殆ど交わらずに、1973年に81歳で病没した。
ここまでは、どこの国でもある孤独な人の一例に過ぎないのだが、この人が違っていたのは、おそらく我々の想像以上に長い時間を自身の桁外れの創造力の表現に費やしていたこと。
老人ホームに入所した後の部屋にあったのは、そんな想像力が産んだ1万5千ページの大作「非現実の王国として知られる地におけるヴィヴィアン・ガールズの物語、子供奴隷の反乱に起因するグランデコ-アンジェリニアン戦争の嵐の物語」と物語世界を補完する膨大な絵画作品(その殆どはコラージュとトレースに拠る物)。


創造世界というので、ブロンテ姉妹が子供のころに書いた「グラスタウン~アングリアの物語」のようなものかな?と思って気軽に見に行ったのですが、孤独でも姉妹共同で創造した世界と他者の全く介入しない孤独の中で創造した世界とは相当違っていました。



まず最初の部屋に飾られた「カルヴァリンの戦いThe Battle of Calverhine」から何かが違う、そう思わされます。一見すると紙をつぎはぎした暗い抽象画のようなのですが、よく目を近づけるとそこにあるのは、無数の兵士の行進、と大小さまざまな爆撃、そして吹き飛ぶ戦士達が凝縮されている。明らかに何かが違う。

続いて現れる「非現実な王国の物語」シリーズ。絵画の主体は子供を奴隷にする大人の軍団とそれに対抗する少女達(ヴィヴィアン・ガールズはその中心的存在)。女の子は一様に幼く、何故か男性生殖器を身に帯びている子もいる。あらゆる類の戦いと冒険がバラバラな大きさの絵におさめられ、解説するよう物語の文節が挿入されている。
絵の印象や解説はプロの方に任せるとして、個人的に印象に残ったのは、戦場を書いた絵の雲の模様だった。膨れ上がるような厚い積乱雲で、しかも時折人の横顔をかたどったものまである。大ぶりに描かれた少女や花と奇妙に書き込まれた雲の対比を何度も見比べてしまった。

かなりの作品が保全されているダーガーの居室の写真も併せて展示されていて、作品と交互に目をやるうちに、ニーチェの言葉を思い出した。「人が闇を見つめるとき、闇もまた人を見つめている」という一節。まさしくダーガーの創造力がこちら側をじっと見て試しているような、そんな気がした。

これらの作品群は、そのあまりに強烈な特異性(もったいぶった言い方だなあ・・・)ゆえに一概に絶賛したり酷評したりするものではないと思う。ただ、その分厚い積雲や花々に囲まれた作品世界はどこか魅力的で、知りたいなと思わせてしまう。そんな吸引力にやられそうになってしまった水曜の夜なのでした。




ヘンリー・ダーガー 非現実の王国で

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ヘンリー・ダーガー展・・・品川・原美術館にて今月16日まで開催中です。