以前から見たかった映画「イースタン・プロミス」を見てきました。チキンなもので、R-18指定映画は初めてですよ
。ヴィゴ・モーテンセンがオスカーにノミネートされていた作品です。
12月のロンドン。一人の少女が店先で倒れ、子供を産むと同時に死んでしまう。身元は一切不明で持っていたバッグにはロシア語で書かれた日記帳とロシア料理屋の名刺。少女の死に立ち会った助産婦のアンナ(ナオミ・ワッツ)は身元を確認し、生まれた子供のために、その料理屋を訪ね、同時に日記の翻訳をロシアから帰化した叔父に頼む。
この時の彼女は知らなかった。その日記には一人の少女が人身売買の末、レイプされて身籠もったことを、その背後にいたのが、料理屋の背後で営まれているマフィアだということを・・・。得体の知れない料理屋のオーナー、セミョン(アーミン・ミューラー=スタール)、その粗暴な息子キリル(ヴァンサン・カッセル)、そして常にキリルにつき従う男ニコライ(ヴィゴ・モーテンセン)。3人の男を中心にロンドンの地下で渦巻くロシア社会の闇の一端が、アンナの前にその姿を見せ始める・・・。
物語そのものは100分と短いが、舞台がアンナの勤める病院、セミョンの料理店、そしてテムズ河と限定され、人物もアンナの家族、セミョンの一味に絞られていて、物語はその中を凝縮して流れていく、おもしろい映画特有のシンプルな力強さに満ちています。
3年前、ロンドンのとある料理屋の屋根裏でロシア人男性が孤独死したというニュースがありました。出稼ぎに来たものの、レストランの皿洗いしか仕事がなく、節約のためにひそかに職場の屋根裏に隠れ住み、過労のはてに病死したのです。
EU拡大以降、東欧から西欧、とりわけ好景気のイギリスに流れてくる人々は膨大な数に昇ります。ポーランドやモルドバなどでは、子供を孤児院に預けてまで渡英しようとする女性もいて、国家間の差異がどれほど激しいのかをうかがい知れます。でもたとえロンドンにたどり着けても、つける職は良くて日雇い掃除、大抵は売春業しかありません。しかもピンハネされギリギリの生活を送る日々。何ともやりきれない現実です。
一方、迎え入れる側も、問題を抱えています。安い職が安価な移民労働力に取って変わられ、資本の外資化は国民の不安をかき立てています。この映画では受け入れる側については敢えて語らず、移民側のみですが、ロンドンやイングランド北部では右翼による人種差別の影は消えません。先頃就任したロンドン市長もかなりの保守派とかで、移民を積極的に受け入れてきた英国がどのようになるのか少なからず注目されているそうです。
閑話休題。とにかく映画でも移民社会ゆえに様々な人種が混在し、歴然とした民族コミュニティを築きつつも、しばしば端々で混じり合い、衝突を抱えているような描写がありました。これがとてもさりげなくてうまいなあ、としみじみ。
たとえば、冒頭、少女が駆け込んだドラッグストアでは店主と客がトルコ語でお喋りをしています。病院で執刀する医師はインド系です。更にヒロイン・アンナは流産が原因で恋人と破局しており、日記の翻訳を頼んだロシア人の叔父にいわれなく非難されます。黒人の子を身籠もるから、流産するのだ、と。
そんな感じでずっと、サラダボウルほど割りきれず、排斥と融合を含めた感情が一体となったロンドンという都会の抱える一面が静かに描かれていきます。さりげない描写が秀逸です。アメリカのように国家イデオロギーが薄く、中途半端に分離と融合が混在する多民族社会、通称へべれけ共同体
なんだな、と思うわけで。
俳優たちも熱演。ナオミ・ワッツは常に悲しい目をしていて、暗い中で、巡り会った子供を助けようと必死になって駆け回ります。黒いレザージャケットにジーンズの厚着で父の形見のロシア産バイクを乗り回す姿が印象的。つとめて見ようとしていなかった自分のルーツ、ロシア系の血に、ニコライを通して向き合っていく課程は見ていてハラハラします。ヘタを打って闇に取り込まれてしまうのではないかと
。彼女が無事だったのは本当にニコライがいたから。ニコライはずっと闇社会で生きてきた人間でしかも、父親が二重スパイだったことから更に微妙な綱渡りをしてきたような男。映画のラスト近くでこの出生が意外な伏線にもなるのだけれど、そんな這いずってきた人だからこそ、善意で迷い込んでしまったアンナを放っておけなかったのだろうなと思わせる。「恋」というにはあまりに淡いから、単に「思い」と表した方が良いかもしれない。そもそも、気持ちって「恋」と「憎しみ」だけで成立しているものでもないから、端的に表現できない「思い」でおこる事も多いから。でもこれって映画で表現するには、しかも感情オーバーになりがちな北米型大資本映画にはちと難しいのではないだろうか。これが可能だったのは、やはりヴィゴ・モーテンセンだったから。そう言い切ってしまいたくなるくらい、彼のニコライはストイックなのにどこか色気があって、一目で危ないと分かるのに、どこか惹きつけられてしまう、只者でない空気に満ちていました。
マフィアの馬鹿息子のセミョンもまた、ニコライに惹きつけられている男。実はゲイの気もあるのだけれど、マフィアの父親はそれをよしとせず、男らしくあることを求められて、不安定になるが故に、自分を受け止めてくれるニコライに依存してしまう。最後に自分たちの不安材料である赤ん坊を殺そうとして、やはり殺せなくて泣き出してしまうところなんて妙に愛おしくなってしまった、あぁホントバカ息子。でも情けなさが、すごく理解できる。その分親玉の父ちゃんが怖かったけれど
。
ラストがまたやるせない。明るい光の中で養女となった子を抱きしめるアンナと暗いレストランの中でファミリーの実権を握ったニコライ。光と闇は互いの存在を知ったけれど再び混じり合うことはない。お互い忘れないだろうけれど、きっと再び会うことはない。そんな切ない余韻が残る話でした。
とどめの一言。「あ~ヴィゴまじかっこいい・・・
」(結局ミーハーです、はい
)
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