恐怖日和 ~ホラー小説書いてます~

見よう見まねでホラー小説書いてます。
たまにグロ等閲覧注意あり

山路譚【たたり】

2019-03-23 18:16:35 | 山路譚




 実家に帰る途中の山道でチャイルドシートに座るマナブが泣きだした。
「テッちゃん、マーくんのオムツ換えるからさ、ちょっと止まってよ」
「うーい」
 ナツが後部座席から声をかけるとテツオが車を止めた。
 マナブをチャイルドシートから降ろしトートバッグからはかせるオムツとウエットティッシュを取り出して手早く交換すると、ナツは汚れたオムツをくるりと丸め窓から放り投げた。
「ナツさぁ、あんまそんなとこに捨てちゃだめだよ」
「はあ? いいじゃん別に。大自然は大きなゴミ箱なんだから」
「お祖母ちゃんがいつも言ってるよ。山神様を敬えって」
「何それ、ウケるぅ。
 んなことより、あんたんちまだ着かないの? どんだけ田舎なのよ」
 ナツが夫の実家に行くのは初めてだった。あまりに田舎なので、会う時はいつも舅姑が電車バスを乗り継いで街まで出て来てくる。きょうは息子の初めてのドライブを兼ねた帰省だった。
 車を発進させてしばらくしてからマナブが激しく泣きだした。
「次は何なのよ、もうっ」
「腹減ってんじゃね?」
「さっきおやつ食べたよ」
「じゃ今度はうんこじゃね? うんこうんこぉ」
「あんたは子供か。じゃ車止めてよ」
 テツオが路肩に車を止めるとナツは泣き喚いているマナブのオムツ交換をしようとした。
「きゃっ」
「ど、どうした?」
 換気のために窓を開けていたテツオが振り向く。ナツが息子の下半身を青い顔をして見つめていた。
 マナブのへそから下が松の木肌のようになっている。
「テッちゃん、早く戻ってっ」
「えっ」
「早くっ、早くさっきの場所に戻ってっ」
 急いでオムツを捨てた場所まで戻る。
 ナツは慌てて車から飛び降り、木の根のそばに転がっていたオムツを拾い上げて両手を合わせた。
「山の神様ごめんなさい。もう二度としません」
 テツオも降りて来て一緒に手を合わせた。
 マナブは泣き止んですんすんと鼻を鳴らしている。下半身はもとの白いすべすべの肌に戻っていた。
「人の顔じろじろ見ないでよ」
 ナツは半泣きの顔を見られて憎まれ口をたたいたが、テツオにはナツの猛省がよくわかった。
 マナブの支度を整えると車は軽快に走り出した。
 木漏れ日がきらきらと車内に降り注ぎ、何が楽しいのかマナブが笑いながら窓に向かって手を振っていた。

山路譚【死神】

2019-03-15 12:09:09 | 山路譚




 居酒屋で意気投合した西上とドライブすることになった。
 初めてあった男といつそんな約束をしたのか酔っぱらっていてよく覚えてない。自分と同じドライブが趣味だと言っていたから、酔った勢いで誘ったか誘われたのかしたのだろう。
 俺が車を出すことになり、西上とは駅で待ち合わせした。
 煙たい居酒屋の中で見ても色白で端正な西上の容姿は、明るい日の下で見るとさらに美しく気高かった。
 運転は休憩ごとに交代しようと決めていざ出発する。
 仕事でこの地を離れていたという西上のリクエストで行先は地元の景勝地に決まった。新緑に輝く山々とその中に点在する滝を目指して車はひた走る。
 男同士のドライブは色気もくそもなかったが、最近女と別れたばかりの俺には気分を変えるのにちょうどよかった。
 気さくな西上は話題も豊富で話していて面白い。気配りもよくできていて、弁当だけでなくコーヒーやガムなども準備してくれて至れり尽くせりだった。
 こいつが女だったらいいのになと、何度目かの交代で運転している西上の整った横顔を眺める。
 付き合っていた女は美人ではなかった。色黒で痩せこけていて臆病な小動物のような上目づかいでいつも俺を見ていた。はっきり言ってイライラさせられた。
 お情けで付き合ってやったのだ。それはあの女もわかっていたはずだ。なのに、別れを切り出すとしつこく食い下がってきた。
 泣こうが喚こうがかわいいとも可哀想とも思えず、今思い出しても蹴り飛ばしてやりたいくらい腹の立つ泣き顔だった。
 だが、やっときれいさっぱり縁が切れた。
 リフレッシュしたらまた新しい女を見つけなきゃな。
 今俺は車窓を流れる緑よりも清々しい気分だった。

 ヘッドライトが暗い山道にくっきりと光輪を照らす頃、助手席の西上が黙り込んでしまった。あんなに饒舌だったのに。
「どうした?」
「ん? うん――なんでも、ない」
 俺の問いにも歯切れの悪い返事をする。
 カーナビに照らされた西上は時々窓外を見るもずっとうつむいたままで、なぜか怯えているようだった。
「な、なんだよ。言えよ」
「なんでもないって」
「なんでもないってことないだろ。言ってくれよ。気になって運転に集中できないよ」
「う、ん――僕の勘違いだと思うんだけど――いや、やっぱりいいよ」
「おいおい、やめてくれよ。よけい気になるだろ。言ってくれってば」
「じゃあ言うけど、さっきから道の脇に何度も同じ女の人が立ってるんだよ」
「え? どういうこと」
「だから、同じ女を何度も何度も見るんだ。最初は見間違いかと思ったんだけど、そうじゃない。道の脇に立っていてこの車をじっと見つめてるんだ」
 俺は吹き出してしまった。
「やめてくれよ。その手には乗らないから。いくら退屈でも気色悪い嘘つくなよ」
 実際俺には何も見えない。怖がらせようとしているんだなと、その子供っぽさに呆れた。
 だが、彼は全く笑っていなかった。
「ほら。また立ってる――」と、ヘッドライトに浮かぶ雑草が繁茂した道の脇を指さし、「赤い花柄のワンピースを着た女」そう言って怯えた目をそらす。
 赤い花柄のワンピース――
 ぞっとして俺は笑い飛ばすことができなかった。
 あの女が好んで着ていた服だ。白地に赤い薔薇が散りばめられていて、襟に高級そうなレースがあしらわれていた。
 初デートにそれを着てきた女は裾をひるがえしてくるりと回り、「似合う?」と微笑んではにかんだ。
 そんなわけないだろっと心の中で罵倒しながら、「とても似合うよ」と褒めてやった。
 頬を染めて薄汚い笑顔を浮かべた女はそれからデートの度にそのワンピースを着てきた。俺へのあてこすりかと思うほどに。
 ――貯め込んだ金を持っているから付き合ってやったんだ。それ以外に何のメリットがある?
 別れた後もしつこいから、我慢していた本音をすべてぶちまけた。
 ――鏡見たことあんのか? 付き合ってやっただけありがたく思えよ。
 ずっとむかついてたんだ、おまえのその顔。金がなければ付き合うわけないだろっ。
 それはそうと、そのワンピース似合ってるって本当に思ってんの? 
 まさか思ってないよね。えっ、なにその目、ウソっ、マジで思ってたの――
 あの時の小さな目の奥に宿った絶望の光を見て胸がすくわれ、これで俺の前から消えてくれるとほっとした。
 文字通り、女は消えた。遺書を残すことなくマンションの屋上から投身自殺した。
 その女がなぜ道の脇に立っている? 考えられることは一つだ。
「どうした?」
 ハンドルを持つ手の震えに気付いたのか、今度は西上が聞いてくる。
「え――ああ、いや――なんでもない」
 言い淀んでいると、西上がまた怯えた顔を浮かべ道の脇を指さした。
 通り過ぎざま横目で見てもやはり俺には何も見えない。だが、彼には見えているのだ。
「車というより君のことをじっと見てるみたいだ」
 その言葉に思わずアクセルを踏み込む。
「ちょっと。危ないよ。止まって。止まれってば」
 西上の叫びでブレーキを踏んで車を止めた。
「急にどうしたんだよ。危ないだろ」
 ハンドルに突っ伏す俺の顔を西上は心配そうに覗き込んでいる。震えが止まらず、返事ができない。
「あっ、また」
 その声に顔を上げると西上がヘッドライトに浮かぶ道の真ん中をじっと見ていた。
 そこに女が立っているのだと思うと我慢できず、何もかも打ち明けることにした。
 これだけのイケメンだ。俺と似たようなことをして女を泣かせているだろう。だから気が合ったのだ。おまえは悪くないと言ってくれるはずだ。
 だが、話し終わるまで黙って聞いていた西上が大きく深い息とともに吐き出した言葉は「やっぱりおまえか」だった。
「えっ?」
「妹が自殺した原因はやはりおまえだったんだな」
 驚く俺の顔をまっすぐ睨む。
 そういえば兄がいると、聞いてもいないのにあの女は自分の家族構成を話していたような――
「じゃ、ワンピースを着た女が立ってるって――」
「うそだよ。妹はちゃんとあの世にいる」
「お前、最初っから俺に復讐しようと近づい――」
 突然、西上が両手を伸ばしてきた。細くて長い指が首に絡みつき、力いっぱい絞め上げてくる。手を外そうともがいたが無駄だった。
 薄れゆく意識の中で情景が走馬灯のように回り出し、女の話を正確に思い出した。
「わたしには兄がいたの。かっこよくて優しくて素敵な兄だった。両親の離婚で離ればなれになってしまったけど、とても仲が良かったのよ。
 でもそんないい人って死神に好かれるのね。事故に巻き込まれて亡くなってしまったの」
 じゃ、今、俺の首を絞めてるこいつは?
 ごきっと首の骨が折れる音がして、自分の何かが体から引き出されるのがわかった。

 気付くと、車外に立っていた。
 ハンドルにもたれた自分が窓から見える。青黒く膨れた顔で白目を剥いていた。
「死に逝く者の魂を迎えに行くのが仕事だが、生者を殺して連れて行くのは初めてだ」
 背後から西上の声がした。事故で死んだ際、死神に気に入られ同業者になったのだと笑う。
「さあ。妹が待ってる」
 西上に背中を押された。
 行く道の先は真っ暗で、絶望しか見えなかった。

山路譚【牛鬼】

2019-03-14 18:18:25 | 山路譚




 きょうは最高のドライブ日和だな。
 えっ、お前らなんかと来たくない? 
 おい、みんな。こいつこんなこと言ってるよ。
 ああ、わかったわかった。お前だけビールも飲まずに運転してくれてんだから愚痴ぐらい言わせてやるよ。でもさ、結局俺らしかドライブするやついないじゃん、ははは。
 まあそう腐るなって。いつかできるかもしれない彼女のために助手席温めてやってんだから、ははは。
 ところでこの山辺りで大昔牛鬼が発見されたって場所あるの知ってる?
 元ネタ? そういうの載ってる本を読んだんだよ。
 夜に山越えしていた村人が巨大な黒い牛を発見。大きな赤い目が光っていて、腹の底から響く唸り声をしていたという記録が残ってるらしい。
 えっ、その後どうしたか? そりゃ化け物だから退治されたんだろ。
 いやいや作り話じゃねえよ。古文書に残ってるようなれっきとした話。出没した地名も詳しく書かれてあるんだ。
 そうだよ。だから言ってんじゃんこのあたりだって。え? 今から行こうって? 
 よしわかった。
 おいみんな。今から牛鬼伝説の検証に行くぞ。誰かスマホで動画撮ってくれ。
 あ、あれだ。標識に地名がある。右に曲がるみたいだな。

          *

 結構狭い道だな。おい気を付けろよ。ガードレールのない道だ。落ちたらひとたまりもないぞ。それになんだこの削りっぱなしの山肌。でこぼこして尖ってるじゃねぇか
 おいっ、慎重に行けよ。っわ、あぶなっ、ゆっくり走れって。あんな岩でこすったら車体が抉られるぞ。
 笑ってる場合か。スピード落とせって。標識に書いてるだろ――
 ああそうだよ。俺はビビりだよ。頼むからゆっくり走ってくれ。こんな狭いくねくね道、いくら運転に自信があっても――おいっ。次のカーブのところ、すげぇ岩が飛び出してるぞ? 
 スピード落とせっ――おい、落とせってっ。ぶつかるぅぅっ――

          *

 ああ、痛たたた。みんな大丈夫か。
 なんだ真っ暗だ。もう夜か。俺らどんだけ気絶してたんだ? 
 でもたいした怪我もなくよくこれだけで済んだな。
 ったく、お前がスピード出すから。
 暗いからヘッド点けてくれよ。とにかく車から降りようぜ。
 おい、すげえ傷ついてるぞ。黒のボディだから結構目立つな。
 なにショック受けてんだよ。自分が悪いんだろ。修理代? 知らねえよ。
 でもほんとによくこれだけで済んだな。エンジン動くか確かめてみろよ。
 おい撮影係。スマホだいじょうぶだったか? 何撮ってんの。こんなとこ映しても仕方ないだろ。
 警察か? 車動かないとレッカーも呼ばなきゃいけないな。
 えっ、電波届かない?
 なんだよそれ。公衆電話探さなきゃってことか? こんな場所にあんの?
 なっおいっ。誰かこっち来ないか? ほら。
 お前ら何笑ってんだ? 
 あいつの格好? 時代劇の百姓みたいだって? 
 ははは、ほんとだ。
 あっ、すみませーん。事故起こしちゃって、家近かったら電話貸していただけま――
 なんだよ。悲鳴上げて逃げてったぞ。
 なあ、聞き間違いかもしれないけど――
 あの人、牛鬼が出たとか叫んでなかったか?

          *

 おかしいと思ってたんだ。確かに思いっきりぶつかったはずなのにこれだけで済むなんて。
 ――なっお前ら、ここどこだと思う。
 場所聞いてんじゃねーよ、さっきの奴見たろ? 
 だからぁここはいつの時代かって聞いてんだよ。
 お前ら何顔見合わせて笑ってんの? 頭なんか打ってねぇし。
 もし、もしもだよ、ここが大昔だとして俺ら牛鬼に間違われたとしたらどうなると思う?
 どういうこと? って、だからタイムスリップしたんじゃないかって言ってんだよ。俺たちが伝説の牛鬼なんじゃないかって。
 笑ってる場合じゃねえよ。
 いつまでもこんなとこにいたら退治されっぞ。
 あ、エンジンかかったな。良かったぁ。よし、みんな乗れ。
 ああ笑え、笑えっ。頭がおかしくなったと思うんならそれでもいい。とにかく早く出せ。
 あの時と同じ状況にするんだ。だから、車を思い切りぶつけるんだよ。
 もんく垂れてないで、言ったとおりにしろっ。
 な、なんだ。どうしたんだ。えっ、人が来て騒いでる?
 だから言ったろ。早く出せっ。アクセル踏み込めっ。
 思いきりぶつけろぉぉぉぉぉっ――

          *
 くねくねした山道を男女のハイカーが下って来た。
「この場所にはね、牛鬼伝説があるんだよ」
「あ、妖怪の漫画で見たことある。
 昔は今みたいに簡単にハイキングに来られるような山じゃなかったんだろうね。だからそんな伝説が生まれたりして」
「あれ? 事故かな?」
 男性の指さす方向に不自然な形で黒い車が止まっていた。フロントを山肌に突っ込んだ形になっている。普通ならぶつかったということなのだろうが、ぶつかったにしてはその痕跡がなく、埋まっていると言うのが一番正しい気がした。
 だが、崖崩れなどの土砂に埋まっているわけではない。まるで山肌と一体化しているような――
 二人は恐る恐る車に近づいた。
 中からうめき声が聞こえる。やはり事故か。男性の指示で連れの女性が119番と110番へ携帯電話をかけた。
「だいじょうぶですかっ」
 男性が急いで後部座席のドアを開ける。
 うめいているのは何かの固まりだった。人の手や足に似た肉塊がところどころに突起し、人毛のような毛も見える。目と口に似た複数の切目がうめき声に合わせ苦し気に歪んでいた。
 男性の横から通報を終えた女性が覗き込み、大きな悲鳴を上げた。
 その声に全部の切目が開く。
 人と同じ目がいっせいに二人を見、
「どぁどぅどぇでぇ――」
 唇に似た亀裂から濁った声を出す。赤い粘膜の中にやはり人と同じ歯列が見えた。
 男性は黙ってドアを閉じ、動けずにいる女性の手を引いて慌ててその場を離れた。
 急いで山道を下り主要道に出ると、ちょうど走ってきた路線バスを挙手で止め飛び乗った。
 途中パトカーと救急車にすれ違ったが、その後どうなったのかわからない。
 自分たちが見たものはなんだったのか。
 男性はしばらくの期間、新聞をチェックしていたが、何も情報を得ることはなかった。
 だが、牛鬼は伝説ではなく、今もいるのだと確信している。

山路譚【テレビ】

2019-03-12 11:29:09 | 山路譚





 道に迷ってどれぐらい経ったのだろう――
 ようやく秋らしくなり木々が色づき始めたので、紅葉見物ついでのちょっとしたドライブのつもりだったのに。
 春には桜、夏は新緑と季節の移ろう時期に必ず走るいつもの山道なのに、どこでどう間違えてしまったのか――と反省してはみるものの、この道は普通間違えようがないので不思議だった。
 確かに深い森に囲まれている似たような道に逸れやすいかもしれない。だが、この道には枝道はなかったはずだ。だから逸れようがないのだ。それなのに、延々とさ迷う羽目になってしまった。
 迷ったことに気付いたのは行きにはなかった不法投棄の粗大ごみを見つけたからだった。待避所に山のように置かれていた。
 来るときは確かになかった。
 一つ二つなら、私が戻ってくるまでに誰かが捨てたと考えられるが、テレビに洗濯機にと大型家電ばかり山のように置いてある。果たしてそんな短時間で捨てられるものなのだろうか。
 やればできるかもしれないが、いや、そんなことが問題ではない。
 このまま街まで帰れるかどうかもわからない道を走り続けるか、元の道とわかる場所まで戻るべきか問題なのだ。
 このまま先に行って見知らぬ集落に出たとしても帰れないほど遠くということはあるまい。
 そう考え、そのまま進むことに決めた。
 ところでさっきの不法投棄は本当にひどかった。違法業者の仕業なのか、それとも良識のない人たちが一つ二つと捨てに来たものが積もりに積もったのか。
 ったく、山はゴミ捨て場じゃないんだぞ。
 憤慨しながらしばらく走っていると、また待避所に粗大ごみが置かれていた。
 今度はブラウン管テレビが一台。
 本当にしょうがないな。
 それを横目にため息をついて通り過ぎた。

               *

 一軒の民家も見かけることなく、引き返したほうが良かったのかもと後悔したまま日が暮れてしまった。
 待避所に置かれたテレビがヘッドライトに浮かぶ。
 これで何度目だろう。十回以上は見ている。
 同じものではないと思いたいが、どう見ても同じ場所で同じテレビだった。
 私はいったいどんな迷い方をしているのだろう。
 そのまま通り過ぎしばらく走る。
 今度こそという思いも空しく、またテレビがライトに浮かんだ。
 だが、今までとは少し違っていた。画面が光っている。
 ライトが反射してそう見えているのではなかった。近づくにつれ砂嵐が見えてくる。
 電源はもちろんアンテナもない場所だ。なぜ映っているのだろうか。
 通り過ぎてはみたものの、どうしても気になってバックし、待避所に入った。
 車の窓を開けてテレビを見る。やはり砂嵐が映っている。画面が歪み、時々横線が流れた。
 これは誰かのいたずらで、何か仕掛けがあって電源のない場所でも点いているのだろうか。
 周囲を見回しても誰もいないが、ヘッドライトの届かない暗闇に潜んでくすくす笑っているのかもしれない。
 どうしても確かめたくなって外に出た。湿った枯葉の匂いと土の匂いが静かに漂っている。
 あたりをぐるりと見まわしたが人の気配はなかった。
 テレビに近づいてみる。音は出ていない。
 画面が頻繁に歪み始め、砂嵐が濃くなったり薄くなったりして急に真っ暗な画面になった。
 消えたと思ったがそうではなく、きらきらと白い無数の点々が映っている。
 それが星空だと気付いた時は画面がゆっくり下りて暗い森の中を映し出していた。白黒テレビなのか色はついていない。
 木々の間を移動している場面が映る。森が開くと道が見えた。その道をどんどん進んでいる。やがてヘッドライトを付けた車が遠くに映った。驚いたことに私の車だ。テレビに見入る私の背中も映っている。
 誰か撮影しているのかと振り向いてみても誰もいない。
 だが、画面では私の背中がだんだん近づく。
 もう一度振り向いてみたが、やはりなにもいない。
 どういうことだ?
 視線を戻すと、テレビには驚きに目を見開いた私の顔が映っていた。
「な、なんなんだ、どうなってんだ――」
 突然、背後からふうーふうーという荒い息が聞こえ、生臭い異臭が鼻孔を衝く。
 画面には凍り付いた顔の私とその肩越しから覗き込むどうやっても形容できない顔が映っていた。
 悲鳴を上げる間もなく、ぷつっとテレビが消え、辺りは真っ暗闇になった。 

山路譚【黒山】

2019-03-11 13:12:29 | 山路譚




 ドライブの帰り、渋滞を避けて入り込んだ夜の山道は思いのほか酷道だった。
 本当に抜け道になっているのか、このまま山中に迷い込んでしまうのではないかと気が気ではなかったが、他府県ナンバーの四駆車が前を走行しているのできっと大丈夫だろう。
 さっきから退屈し始めた彼女がワイパーやハザードランプのスイッチを助手席からいたずらしようと手を伸ばす。
 危険だからと何度も注意しているのにくすくす笑ってやめようとしない。
 山道を必要以上に怖がったり怒り出したり取り乱さないだけまだましか。そう思っている間にようやく雑木林に囲まれた道を抜け、民家の窓がぽつぽつと見え出した。
 下り坂のカーブも緩やかになり一安心だが、狭くて危険な道に違いなく、ガードレールにぶつけないようまだまだ注意は必要だった。
 彼女が再び手を伸ばし、今度はハンドルをぐいっと動かした。車が蛇行する。慌ててハンドルを元に戻し事なきを得たが、冷汗が首筋を流れ落ちた。
 彼女にきつく注意しようとした矢先、目の前の四駆車が急停止したので慌ててブレーキを踏んだ。
 ヘッドライトに浮かぶ四駆からいかつい男が降りてきてこっちに向かってくる。
「お前らさっきからおちょくっとんのか、こらぁっ」
 男は怒鳴り散らして運転席の窓を激しく叩いた。
 怯えて顔を伏せる彼女をかばい、すみませんと何度も頭を下げながら絶対窓ガラスは下ろさないでおこうと考えていた。
「出て来んかぁ」
 緊張の強いられる山道でよほど頭に来たのか、その凄まじい形相に恐怖を感じた。
 どこかに逃げ道はないかと周辺を盗み見たが、車が入って逃げられるような横道はない。あるのは鳥居の立つ細い参道だけで、その奥にはご神体らしい山影が黒く浮かび上がっていた。
 窓を叩いて怒鳴り続ける男に何度も頭を下げたが許してくれる気配はない。
 数戸ある民家の窓はみな明るいのだが、これだけ男が怒鳴っていても誰一人外に出てくるものはなかった。
 困り果てていたその時、ヘッドライトが照らす地面の上を黒い何かが流れてくるのに気付いた。
 鳥居の下からどんどん出てくるそれは小さな黒い虫の大群だった。それと並行して山影が徐々に低くなっていく。
 四駆車を包み込み、ひしめき合いながらこっちに進行してくる流れに男が気付いた時、すでに足元に達していて、瞬く間に全身が黒く染まった。
 悲鳴を上げ虫を叩き落とそうと暴れる男を横目に僕は急いで車を発進させ、小さくなった四駆の脇をすり抜ける。
 ルームミラーに映っていた男は蠕動しながら萎んで消えた。

 後日、鳥居のあった場所を一人訪れた。
 鳥居の奥、細い参道の突き当りには小さな祠があるだけで山などなく、僕たちがいた道にはコップ一杯分ほどの赤黒い染みが残っているだけだった。