実家に帰る途中の山道でチャイルドシートに座るマナブが泣きだした。
「テッちゃん、マーくんのオムツ換えるからさ、ちょっと止まってよ」
「うーい」
ナツが後部座席から声をかけるとテツオが車を止めた。
マナブをチャイルドシートから降ろしトートバッグからはかせるオムツとウエットティッシュを取り出して手早く交換すると、ナツは汚れたオムツをくるりと丸め窓から放り投げた。
「ナツさぁ、あんまそんなとこに捨てちゃだめだよ」
「はあ? いいじゃん別に。大自然は大きなゴミ箱なんだから」
「お祖母ちゃんがいつも言ってるよ。山神様を敬えって」
「何それ、ウケるぅ。
んなことより、あんたんちまだ着かないの? どんだけ田舎なのよ」
ナツが夫の実家に行くのは初めてだった。あまりに田舎なので、会う時はいつも舅姑が電車バスを乗り継いで街まで出て来てくる。きょうは息子の初めてのドライブを兼ねた帰省だった。
車を発進させてしばらくしてからマナブが激しく泣きだした。
「次は何なのよ、もうっ」
「腹減ってんじゃね?」
「さっきおやつ食べたよ」
「じゃ今度はうんこじゃね? うんこうんこぉ」
「あんたは子供か。じゃ車止めてよ」
テツオが路肩に車を止めるとナツは泣き喚いているマナブのオムツ交換をしようとした。
「きゃっ」
「ど、どうした?」
換気のために窓を開けていたテツオが振り向く。ナツが息子の下半身を青い顔をして見つめていた。
マナブのへそから下が松の木肌のようになっている。
「テッちゃん、早く戻ってっ」
「えっ」
「早くっ、早くさっきの場所に戻ってっ」
急いでオムツを捨てた場所まで戻る。
ナツは慌てて車から飛び降り、木の根のそばに転がっていたオムツを拾い上げて両手を合わせた。
「山の神様ごめんなさい。もう二度としません」
テツオも降りて来て一緒に手を合わせた。
マナブは泣き止んですんすんと鼻を鳴らしている。下半身はもとの白いすべすべの肌に戻っていた。
「人の顔じろじろ見ないでよ」
ナツは半泣きの顔を見られて憎まれ口をたたいたが、テツオにはナツの猛省がよくわかった。
マナブの支度を整えると車は軽快に走り出した。
木漏れ日がきらきらと車内に降り注ぎ、何が楽しいのかマナブが笑いながら窓に向かって手を振っていた。