恐怖日和 ~ホラー小説書いてます~

見よう見まねでホラー小説書いてます。
たまにグロ等閲覧注意あり

スイートホーム 第六話

2019-05-14 11:17:17 | スイートホーム



            *** 

 男の頭頂部は妻の一撃で陥没した。
 頭を押さえ呻いていた男は幾度も殴られ、脳と脳漿をぶちまけて血まみれになりながら息絶えた。
 死体は妻によってリビングの掃き出し窓から庭へ、血の跡を付けながら引き摺り出された。

            **

 こじんまりした庭は雑草が蔓延り荒れ放題だった。
 垣根の所々が破損し穴が開いていたので通行人に見咎められないかとエイジは心配になった。
 だが、さっきから人っ子一人通らず、隣近所に見つかった気配もないのでひとまず安心した。
「なんだ、ほんとに普通の空き家だな。チャメが言ったとおり、近所のババアか不動産屋のおっさんが幽霊話を盛ってたんだな」
 ダンダが閉められた掃き出し窓から中を覗き込みながら鼻で笑った。ここもきちんと施錠されている。
「はい、これ」とチャメがウエストポーチからガムテープを取り出し、ダンダに差し出す。
「ガラスに貼って割るとあんまり音がしないんだよ。テレビでやってた」と、しれっと言う。
「おいおい。お前が一番しつけのいい坊ちゃんなんだぞ。末恐ろしいな」
 ダンダは懐中電灯を咥えると、受け取ったガムテープをクレセント錠周囲のガラスに貼った。
 チャメはダンダの言葉を気にする様子もなく、再びポーチを漁り、今度は小振りのハンマーを出してきた。 
 開いた口が塞がらないような顔でダンダはガムテープと交代にハンマーを受け取り、テープで囲んだガラスを叩く。
「こいつらマジで怖いんですけど」
 滑らかに作業する二人を見てババクンがつぶやいた。
 エイジも同感だ。
 静かな庭にガラスの割れる音がしたが、テープのおかげか聞き咎められるほどではない。
 事実、近隣から何の反応もなく、それを確認してエイジは指で丸を作った。
 ダンダが尖ったガラスに注意しながら穴に手を突っ込んだ。クレセントを解錠し、サッシをゆっくり開ける。きいぃと軋む音がしたが気になるほどもない。
 淀んだ空気がふわりと流れ出し、かびと埃と何か得体のしれない臭いがしていたが、興奮している四人は気にも留めなかった。


スイートホーム 第五話

2019-05-13 10:00:58 | スイートホーム



            ***

 居丈高に振る舞う夫への怒りがついに頂点に達した。
 ある夜、狭いリビングに置かれた安っぽいソファの上で「茶を入れろ」とふんぞり返る夫の一言で妻のスイッチが入った。テーブルに置いていたガラスの灰皿を雑誌を読む夫の頭めがけて思いきり振り下ろす。
 安っぽいくせに重量だけある灰皿はソファセットと共に居間に置くのがステータスだと考える夫自身が購入したものだった。

            **

「もういい頃かな」
 エイジが顔を上げた。
 近くにあるスーパーマーケットの駐輪場で待機することにした四人は携帯ゲームで時間を潰していた。
 きょうは偵察だけのつもりなのでおやつを購入しなかったが、もしあそこを秘密基地にするならコンビニでなくここを利用しようと四人で決めた。
 見かけない少年たちを不審に思ったのか、店員がガラス越しに注視している。
 咎められる前に自転車を置いたまま幽霊屋敷へと急いだ。
 点在する街路灯が夕闇の中で灯り始め、小さな羽虫を集めていた。
 まだ遅い時間でもないのに幽霊屋敷の周囲はやけにひっそりしている。
 通行人もなく人目がないのはいいが、なぜだか落ち着かない。
 悪いことをしようとしているからかな。
 エイジはふっと笑った。
「何? 何笑ってんの?」
 チャメが普通のテンションで訊いてくる。
「しっ」
 エイジはあたりを窺い幽霊屋敷の門の中にチャメを引っ張り込んで身を隠した。
 続いてダンダたちも素早く中に入ってしゃがみ込む。
「声デカ過ぎ。お前バカか」
 ダンダがチャメの頭を小突く。
「ごめん、ごめん。てへっ」
「てへ、じゃないよ。
 ところでさ、門に鍵がかかってないってことは人の出入りがあんのかな。不動産屋とか」
 エイジが眉をひそめた。もしそうなら基地にしても常にびくついていないとならない。
「でもこんな時間に来ねぇだろ」
 ダンダは腰をかがめたまま玄関のドアノブをそっと回した。さすがにドアはきちんと施錠されている。
 ダンダはその姿勢のまま垣根と家屋の間を通って庭に向かった。チャメが同じ姿勢で後ろに続き、ウエストポーチから小振りの懐中電灯を出してダンダに渡す。
 あまりの手回しの良さにエイジとババクンは顔を見合わせた。

スイートホーム 第四話

2019-05-12 11:05:02 | スイートホーム



            ***

 新居に移り、一国一城の主となった男は自分の価値が上がったと思い込み、今まで逆らえなかった妻に横柄な態度をとるようになった。
 だが、妻からすれば男の価値などこれっぽっちも上がっていない。むしろ今回のことでマイナスになってしまった。
 男はそのことにまるで気付いていなかった。

            **

 K町に着くころには夕日が沈み、空が濃い紫色に染まりかけていた。
「お前、塾さぼったのママにばれないか」
 エイジは先頭を走るチャメに訊いた。
「大丈夫。ママ――じゃねぇ――母ちゃんは塾に行ってるって信じてるし、塾には休みますって電話したから。僕、どっちからも信用されてるからね。バレないよ」
 チャメはしたり顔でエイジを振り返る。
「へいへい。チャメちゃんいい子でちゅもんねー」
 笑って茶化すエイジを今度は並走するダンダが心配した。
「エイジは? こんな時間にいなかったら怒られるんじゃね?」
「へーき。オレんとこ放任だもん。まあ女の子だったらもっとかまわれてんだろうけどね。
 ところでババクンは?」
 ダンダの事情はわかっているので、エイジは斜め前のババクンに訊いた。
「黙って出てきたよ。きょうはふたりとも忙しいから気付かないんじゃないかな」
 振り向きもせず素っ気なく答える。
 ババクンはこういうこと訊かれるの好きじゃないよなとエイジは思い出した。
 チャメの自転車がきゅっと鳴って止まる。
「あそこだよ」
 指さすほうに崩れかけた垣根に囲まれる古い一軒家があった。
「なあんだ普通の家じゃん。幽霊屋敷っていうから蔦がびっしりの洋館かって思ってた」
「ほんとだ。マジふつー」
 エイジとダンダは自転車にまたがったまま家を眺めて笑った。
「本当に人、住んでないのか?」
 ババクンの問いにチャメが大きく頷く。
「よしっ。もう少し暗くなるまでどっかに待機だ。ここにチャリ止めるわけにいかないから置く場所探そう」
 自転車をユーターンさせ今度はエイジが先頭に立って勢いよく漕ぎ出した。 
「さっきさ、スーパーあったじゃん。そこへ行こうぜ」
 ダンダが後に続き、ババクンとチャメが賛成した。

スイートホーム 第三話

2019-05-11 11:38:08 | スイートホーム



            ***

 夫が相談もなく勝手に購入したマイホームは妻にとって満足のいく『我が家』ではなかった。
 今は肥満して身をやつすこともなくなったが、見合い結婚した頃はまだ若さと多少の美を備えていた。そんな彼女は結婚から現在に至るまですべての意味で夫に満足したことがない。親戚に勧められたとはいえ、なぜ結婚してしまったのか後悔の連続で、惰性で離婚しなかっただけで夫に対してずっと信頼も期待も持ってなかった。
 そのため、まとまった退職金が出るとは思わなかったし、ましてや一軒家の購入など大それたことをしでかすなど夢にも思ってなかった。
 もしそこに考えが及んでいたなら、こんな悪質な物件を買わせはしなかったのに。
 夫の購入した中古物件は狭い上に動線の悪い間取りでリフォームも雑だった。さらに日当たりも悪く、家の真横には汚臭と害虫の発生するドブ川があった。
 誰も購入しないカス物件をこいつはつかまされたのだ。
 自分に相談していたらこんなことにはならなかった。
 妻のただでさえ高い血圧が上がる。
 身の程知らずが、マイホームなんか夢のままでいいんだ。金だけ持って帰ってくればよかったんだ。そしたら慰謝料ふんだくってさっさと離婚したのに。
 怒りと不満が妻の身の内でどす黒く渦を巻いた。
 
            **

 昼休憩、エイジは机に突っ伏して眠っていた。弁当を食べた後に来る眠気が気持ちよく、その時間は必ず昼寝をしている。
「ねえねえ、エイジ。僕、きのういいこと聞いたんだ」
 隣のクラスからチャメが来てエイジの前に立った。
「何? オレ、眠いんだけど」
「まあ起きてよ。
 となりのK町に誰も管理していない空き家があるんだって」
 しゃがんだチャメがエイジの机にアゴを載せ、ひそひそ話し出した。
 教室にはスマホに興じる女子生徒数人とエイジと同じく机にもたれて眠る男子が三人いるだけで、こちらを気にしている者は誰もいない。
 エイジが背筋を伸ばした。
「ふーん。誰情報?」
「ママ――じゃなくて、母ちゃん。その家、幽霊屋敷ってウワサあるんだけど――」
 いまさらマザコンキャラは変えられないよと、エイジは心の中でうそぶきながら、「幽霊屋敷? じゃあ、ダメじゃん」と再び机に突っ伏す。
「え? なに? 怖いの?」
 嘲りを含むチャメの声にエイジは視線を上げた。
「べ、別に怖くないよ」
「へー、ふうん。ま、今は信用しとくよ。
 でね、僕はそれきっと嘘だと思うんだ。子供たちが――僕らみたいなね――不法侵入しないようにそんなウワサ流してんだよ。
 だからさ、一度行ってみようよ」
「うーん――」
「ババクンは行くって。
 ダンダにはまだ言ってないんだけど。
 ねえ、怖いんならいいけどさ、怖くないなら行こうよ」
 エイジがゆっくりと起き上がる。
「よし。行くだけ行ってみるか。ダンダはオレが誘うよ」

 放課後、ダンダから二つ返事でOKをもらったエイジはいったん帰宅した後、待ち合わせ場所のいつものコンビニへ自転車で向かった。
 すでに待っていた三人と合流しすぐK町へと走り出す。
 赤い夕日が自転車に乗る四人の影を長く伸ばしていた。

スイートホーム 第二話

2019-05-10 11:15:31 | スイートホーム



            *** 

 背が低く痩せた初老の男がいた。おまけに貧相な顔立ちで、勤めていた会社では貧乏神とあだ名されていた。
 その男が退職金でマイホームを手に入れた。
 何を作っていたのかいまだ把握していない部品工場で毎日油にまみれて働き、上司に嫌われ同僚や後輩たちに無視され続けても定年退職するまで働きぬいた。
 退職金は男にとって文字通り汗と涙の結晶であった。
 もちろん大した額ではない。だが、中古の小さい家を購入することはできた。
 男は自分がやっといっぱしの人間になれたと大満足した。

            **

 それぞれの家にはいつも誰かしらいて、好き勝手に集まり騒げる場所はなかった。
 エイジの母親はイラストレーターで常に在宅している。世間一般の大人たちに比べると寛容なほうだが、年甲斐もなく少女趣味全開で、むさくるしい中二男子が四人も自宅に集まることをよしとしなかった。
 娘が欲しかったと堂々と嘆き、息子にかわいい彼女ができるのを楽しみにしていたが、最近は顔を見るとため息をついてダンダたちを家に招くと露骨に嫌な顔をした。
 ババクンの両親は学習塾を経営していた。よってみんなが集まると有無を言わせずまず勉強をさせる。必然、誰も近寄りたがらない。
 チャメの母親は専業主婦でご多分に漏れず、かわいい一人息子を溺愛していた。
 四人が部屋に集まると大喜びでお菓子や飲み物を用意してくれ一番最適な場所だったが、そのまま部屋に居つき首を突っ込んでくるのでみんなうんざりしていた。
 猫なで声でチャメを呼ぶ母親をダンダが特に嫌っていた。
 ダンダの家には母親がいない。
 だが、たった一間の狭い長屋にはダンダの部屋などなく、酒癖の悪い酔っぱらい親父がいつも大の字で寝ている。
 小さな子供たちが遊んでいる公園ではママ友たちが目を光らせているし、四人で集まれる場所はコンビニの駐車場ぐらいしかないのだ。
 こうるさい店員がいない時はいいとしても安住の場所ではない。
 空き家か空き倉庫でもあれば。
 エイジはいつも考えていた。しかも管理の行き届かない簡単に忍び込める場所。
 だが、そんな自分たちに都合のいい所がそう簡単に見つかるとはとても思えなかった。