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法音カウンセラー 釋 真聴 《日乗》

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主宰者の《日乗》

親子のいざこざを解決する法

2014年09月06日 21時46分00秒 | 毎田周一師の言葉

毎田周一師の言葉をお届けします。

親子のいざこざを解決する法。ーお互ひに赤の他人と思って付合ふこと。
親子だからといふ勝手な前提が間違ひの元なのだ。
「この子親なし」とラーフラを前にして釈尊は仰言った。
独立人として相対する此の親子の間に、何のいざこざがあろう。

午後4時~、昔の職場の仲間の還暦のお祝いで7名が上野に集まった。
座談の中での話題。
Mさんの息子さん、来年3月に大学を卒業するという。
子どもの頃から、柔道一直線。
で、就職について、「自分は、自衛隊に行く!」と。
メンバーのKさん、Nさん。
それぞれお子さんがいるお母さん。
「自衛隊は、やめた方がいいよ!」
「母親なんだから、一度は親の希望を伝えても良いのでは・・・」と。
二人の忠告に対するMさんの答え。
「いくら自分の産んだ子でも、別人格だから・・・。本人が決めれば良いことです」

ボクは、黙って皆さんの意見を聞いていた。


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「愚に入って・・・」

2014年04月30日 20時34分31秒 | 毎田周一師の言葉

毎田周一師のことばをお届けします。

◆知に立って苦悩し、愚に入って脱落する。

◆人間は改良出来なものだと観念し給え。さうするとさっぱりするよ。

◆ある学者の聖徳太子に関する論文をよんで
 そのたわごとなるを知った。
 彼自身の救済と無関係に論じられてゐるからだ。
 自己を見ること以外に、私達に何の用があるのか。

◆仏滅後、教団が上座部と大衆部に分かれたのは、
 悲しいけれども人間の歴史的必然だ。
 前者は釈尊そのまゝを伝持せんとして小乗となり、
 後者は「殺仏殺祖」のいのちがけの試煉を経て、
 自由・壮大な大乗仏教を展開した。
 

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釈尊の懺悔・基督の懺悔

2014年02月05日 23時39分24秒 | 毎田周一師の言葉

毎田周一師のことばです。

 『大無量寿経』を読んでも、こせこせと理屈をいってゐる人がある。
では、大無量寿経を、天気晴朗によむとは、如何に読むことであるか。
私はいはう。
下巻の三毒段・五悪段を、全く釈尊の懺悔と読むことである。

 同じことを基督に就いてもいいふことが出来る。
例へば「色情を懐いて女を見るものは、心中すでに姦淫せるなり」を、
どうして基督の懺悔とよみ得ないのか。
女を見る毎に色情を見る毎に色情を懐かざるを得なかった「人間」基督のそれは内心の告白なのだ。

 これ以外の解釈は単なる観念であって、事実ではない。
 まさしく生命の事実ではない。

 有難さうな基督など御免を被りたい。

 真面目くさった顔をしてゐる者は、
 すべてまやかし者と知るがよい。

 つべこべ尤もらしい道理をきかせるような者は、嘘つきに決まってゐるのだ。

 

毎田周一全集 第九巻 398㌻

 

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道徳教育

2013年12月18日 22時52分58秒 | 毎田周一師の言葉

安倍自民党・文科省は、道徳の教科化に熱心なようです。

今晩、元同僚の後輩と一杯やったきました。
学校現場は、なかなか大変なようです。
道徳授業のことも話題になりました。

道徳教育の教科化が実現しますと、教科書が決まります。
文科省の役人さんや、ご用学者さんや、現場の代表の先生が集まって造った教科書。
日本中で、この教科書を使って子どもたちに道徳を教える授業をイメージしてください。
「気持悪い」ですよね。
そう感じませんか?

後輩には、そのように伝えました。


毎田周一さんの、昭和39年の著作からの引文です。


今、我国の学校教育、特に小・中・高校で、道徳教育といふことが、
日程に上がって来たといふことは、面白いことだ。
といふよりも有難いことだ。何故ならその教師が、
自分は道徳教育をやる資格があるか、
その能力があるかと、自分に問はなければならぬからである。
浅い自己意識しか持たない者は、当然出来ると自分を考える。
その次の人は、自分には出来ないが、
食わんがためには嘘もつかなければならぬと考える。
そして、第三の部類の人が、到底出来ない自分に直面して、
自らもがき苦しむ。新の生命に出会ふのは第三の人。
(毎田周一全集 第9巻 553頁より)

若い先生方が、「自らもがき苦しむ」。
良いですねー。
悩みのなかから本物の学びを始まります。

このような先生方の出現を念じます。

【くりのみ会】は、いつでも「もがき苦しむ」先生方に開かれています。

 

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毎田周一師の言葉

2013年10月06日 22時25分18秒 | 毎田周一師の言葉

毎田周一師の言葉をお届けします。

◎我儘は悪徳だといはれる。
  併しそれほどの美徳があろうか。

◎人と人はどこで触れるか。
  その人の前で我を忘れることの出来るところで。

◎頭をいくら廻転させても、いゝ智慧は出て来ない。
  腰が坐るとおのづから智慧が湧いてくる。

 

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生涯学習

2013年08月28日 22時40分58秒 | 毎田周一師の言葉

「生涯学習」という言葉があります。

身近にる広辞苑には、次のようにあります。

生涯学習:自己の充実・啓発や生活向上のために生涯を通じて主体的に学習すること。
       1990年、生涯学習法制定。

毎田周一師の言葉を紹介します。

釈尊は菩提樹下で何を悟られたか。
人間は、一生学ぶべきものと。

広辞苑にあるように、
現代人の我々は、「生涯学習」ということで、我欲・自我の充足を想定しているようです。

仏教の示す「学び」は、「無我」の方向にあるように感じられます。

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道元禅師の一句子

2013年05月13日 23時55分36秒 | 毎田周一師の言葉

毎田周一師の、
『釈尊の心 一真海』 発行:中山書房仏書林
からの言葉。

道元禅師の一句子は、現成公案である。
一句子とはその人の全生命を表現するロゴスという意味であり、
それはもとより個性的である。
その一句子において禅師を究明することは、
禅師の人格を知ることである。
禅師の核心がどこにあり、禅師は一体何処においでになるかの、
その正体の別抉・究明は、この一句子においてされねばならぬ。
そのことは即ち正法眼蔵現成公案の巻において、
禅師の宗教思想の具体相を知ることである。

カウンセリング研究会《くりのみ》の「道元とカウンセリングコース」では、
順次、道元禅師の『正法眼蔵』の参究しているところであります。

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毎田周一師の言葉

2013年04月02日 22時00分10秒 | 毎田周一師の言葉

毎田周一師の言葉をお届けします。

現在は無限だ。
現在の底は、掘っても掘っても、無限に湧出る泉だ。

この現在への凝視、洞察。
これを坐禅といふ。

 

永遠の今は、坐禅の境涯だ。

 

永遠の今は、涅槃寂静だ。

 

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毎田周一師の言葉

2013年03月27日 22時04分08秒 | 毎田周一師の言葉

毎田周一師の言葉をお届けします。

◆親鸞聖人は浄土系の思想のみを学ばれた。
 道元禅師は禅宗系の思想のみを、内村鑑三先生はひとへに基督教系の思想のみを。
 人間といふものは個性的なものらしい。

◆個性と個性が会うところに、人類的普遍性が出てくるのだ。
 師匠は唯一だ。
 プラトンはソクラテスにしか学ばなかった。

◆人と人とが出会ふのは、唯一点で出合うのだ。
 それを一句子ともいふ。
 閃光ともいふ。

◆人と人との間を人間といふ。
 人間存在の本質は関係にある。
 そこからも固定した自我といふもののない無我説が成り立つ。

◆真理は単純だとは、単純を求めてゆく処に真理探究の過程があるといふことだ。



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明日、くりのみ会「道元とカウンセリングコース」です。

2013年02月14日 23時34分03秒 | 毎田周一師の言葉

毎田周一師の言葉。(全集第9巻 381㌻)

何故『正法眼蔵』を読むのか。
日本で一番難しい本だから。

明日は、『正法眼蔵・他心通』の3回目になります。




今日も、聞者くりのみ《日乗》に来てくれてありがとうございます。
 
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