毎田周一師のことば (全集9巻 455頁)
嘗て良寛の書の写真版をみたことがある。
そこには三つも四つも間違った字が書かれ、
その字の右に点をうち、
余白に正しい字が小さく書かれてゐた。
間違ひも平然として正されていってゐる。
人間が間違ひを犯さない存在であったら、
却って不思議であると良寛がいつてゐるようである。
毎田周一師のことば (全集9巻 455頁)
嘗て良寛の書の写真版をみたことがある。
そこには三つも四つも間違った字が書かれ、
その字の右に点をうち、
余白に正しい字が小さく書かれてゐた。
間違ひも平然として正されていってゐる。
人間が間違ひを犯さない存在であったら、
却って不思議であると良寛がいつてゐるようである。
我儘と自在と率直と正直と、
今の感じをそのまゝにいひ合ふことの許されてゐる、
直接的な生命の結合ほど、生々として楽しい、
そうして絶対な、人と人との交わりがあるだろうか。
しかしそこに命がけなもの、
生死巌頭に立つといふ如き思い切ったものがなければ、
不可能であるような感じがする。
こんなことを率直にいって、
相手が感情を害しやしないかといふ顧慮が、
どうしても人に伴ふからである。
併してその顧慮が人生を浅くする。
毎田周一師の言葉。
こんな話を聞いた。
ジェット機の乗員は、機が故障したとき、必ず本を見なければならない。
そこに指示してあることを順次に行わなければねばならない。
本を見ないで記憶によって行ってはならない。
否、本に何が書いてあるかを平生から覚えてもいけない。
全く本の指示に従って器械的に処理しなければならない。
判断力も何も苛要らぬのだ。
これは近代的工業の要点を示す話だ。
今日のニュースによりますと、
オスプレイの横田配備が発表されました。
日本国の将来、この政権で大丈夫なのでしょうか?
5年後、10年後…30年後…
歴史は何を見せてくくれるのでしょうか!
毎田周一師の言葉
毎田周一全集 第二巻 p390~
「しかれば本願を信ぜんには、他の善も要にあらず、念仏にまさるべき善なきゆえに。」
「念仏は、無碍の一道なり。…諸善もおよぶことなきゆゑに、無碍の一道なりと、云々。」
私達に残された唯一つの行は念仏である。それ以外の行は(また善は)すべて虚仮である。
「よろづのこと、みなもて、そらごと、たはごと、まことあることなきに、
ただ念仏のみぞまことにておはしますとこそ、仰せはさふらひしか。」
何故念仏のみが真実であるか。それが如来行であるからである。
如来廻向の行といってもよい。
念仏とは何であるか。
南無阿弥陀仏の口称である。
それ一つしか私達に残されてゐないのである。
絶対・唯一の、完全に自己を抹殺する行(念仏)
それのみがこの世へ平和をもたらす。
最近の日本人の多くが、
~親鸞さんの著作は読むが、口称しない!~
~『歎異抄』を読むが、口称しない!~
ように思います。
また、仏教に対して、正しく向き合っていないようにも思います。
残念です。
【カウンセリング研究会】
親鸞とカウンセリングコース
『歎異抄』と声明コース
では、「口称」しています。
ぜひ、お出かけください。
◇君の前に誰かゐるか。無人の野をゆく如き人生こそ願はしいのに。
◇どんなに高尚なことをいつても、
「動物である人間がいつてゐる」ことを忘れぬこと。
◇身といふものは正直なものだ、心に比べて。
◇天才とは努力することの出来る人だ。
これがその唯一の定義。
(努力の出来ないのが、凡人だといってみると、よく解る)
◇生まれた瞬間から老化の一途を辿る。
老いゆくもの、それが人間だ。
(毎田周一全集・第九巻)より
毎田周一師の言葉をお届けします。
如 来(にょらい)
仏教には如来という言葉があるので
私は嬉(うれ)しくなる
それなら如来とはどういうことか
お委(まか)せします ということだ
この世のことが一指(いっし)も触れないで
そのまま絶対だということだ
これは深い自覚のこと だから
自覚者のことをそういうのだ
そして如来とは信(しん)の表現だ
信ずるものの直覚だ
この世の一切(いっさい)を如来と見て
その人は救われた人といわれるのだ
如来 如去(にょらい) 一切は無常だ
淡々(たんたん)として浅瀬(あさせ)を水が流れるように
浅いといえば余りにも浅い だが
深いといえば余りにも深い
(毎田周一)
ボクの知り合いのご住職のお一人は、
「南無阿弥陀仏」の後に、「お委せします」と唱名しています。
お正月も開館している葛飾区中央図書館で借りてきた一冊です。
毎田周一 君 気持を 大きく もとう
徳永文一 編
長風舎 2012年11月5日 初版第一刷
毎田周一師のことを知っているお方は少ないと思います。
ボクは、若い頃、偶然、毎田周一師のことを知りました。
そして、何かに促されるような感じで、書店では取り扱いのなかった全集を購入しました。
今回、徳永文一さんが、全集から毎田師の言葉を選んでの出版です。
ぜひ、皆さまにお勧めです。
11日の【くりのみ会】で紹介させてもらいます。
◆月刊誌「大雪山(ダイセッセン)」の創刊の辞
「この雑誌は、私一人が釈尊に参ずる道場である。
また読者の一人一人が釈尊に参ぜらるるの道場である。
私は何故に本誌を刊行するか。
世界のただ中において、私が釈尊に参ぜんと欲するが故である。
永遠平和の道が、釈尊御一人の上に成就せるがごとく、
私一人の上に証しせられんことを」
キーワードは、「一人」「独り」「ひとり」…ですね。
道元さんは、「仏道をならふといふは 自己をならふなり」と教えてくれています。
毎田周一師の言葉をお届けします。
*釈尊の始中終が慈悲である。例へば慈悲故に出家せられたのである。
*親鸞が御本書をかゝれたのも、道元が眼蔵を著はされたのも、たゞ慈悲故にである。
*仏の慈悲に触れることが仏教に触れることである。その他ではない。
*仏の智慧に触れるのは、唯仏与仏といふ如く、仏と仏との境涯である。
仏凡一体となり得るのは、たゞ仏の慈悲に依る。
併しその慈悲に溶かされて、凡夫も仏の智慧に触れる。
*凡夫の立場は仏の慈悲を仰ぐ事に尽きる。
さればこそ正信偈には先ず帰命無量寿如来と打出される。
そして次いで南無不可思議光である。
慈悲を仰いで智慧に遭ふのである。
*慈悲とは不可思議なものである。
これは生命の不可思議であらう。
寿命無量といふことである。
永遠の生命を不可思議と受取らなければ、それを捉へたことにはならない。
*不可思議光とは、慈悲の如来の智慧である。
*慈悲を知るといふことが、即ち凡夫への安住である。
今週土曜日(12月20日) 親鸞とカウンセリングコースを開催します。
お出かけください。
毎田周一師の言葉をお届けします。
道元禅師が如何に「禅宗」といふ呼称をを嫌われたか。―(『正法眼蔵・仏道』の巻参照)
先ずそれは宗派(セクト)主義を表はす。
分派として局限されたものは一全体ではあり得ない。
何よりも仏教は「無」の立場として、何かに限定された立場をとり得ない。
いつでもそれは釈尊一人に直結しなければならない。
このことを妨げるものとして禅宗の呼称を嫌われたのであろう。
しかし釈尊御一人に直結してゆかれるに当たって、道元禅師は達磨以来の伝統に従われた。
そして親鸞聖人は、印度・支那・日本の浄土教の伝統に(七高僧に)従はれた。
これは重重の因縁の然らしめるところであろう。
そしてそれはひとごとではない。
私自身はどうなのであるかと省みてみたいと思う。
「和国の教主聖徳皇」と親鸞聖人が歌はれたやうに、印度の仏教は聖徳太子御一人によって、
我が国にもたらされた。我が国の仏教の伝統はそこに始まる。
この太子を弥陀と仰げばその脇士としての観音・勢至は誰であるか。
私は親鸞・道元二師をあげざるを得ない。
しかし更にこの二師に導いて下さった先師(暁烏敏師)と西田博士とを、
私は身近な観音・勢至として仰ぐのである。
そこで私は真宗でもなければ、禅宗でもない。
単なる釈尊の弟子に過ぎないのである。
一個の仏教徒なのである。たゞ釈尊に学びゆかんとする一人の人間でしかない。
お前はこの世へ生まれて、釈尊しか知らなかったのかといはれても、
それで充分なのである。
私は釈尊以外を知る必要のなかった人間である。
◆11月の「声明とカウンセリングコース」
日 時 : 11月 30日 (土) 午前10時~12時
*9時~10時 自主学習の時間です。
お時間のある方はお出かけください。
場 所 : タワーホール船堀 (部屋は入口の掲示板をご覧ください)