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法音カウンセラー 釋 真聴 《日乗》

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主宰者の《日乗》

良寛の書

2015年07月22日 21時53分26秒 | 毎田周一師の言葉

毎田周一師のことば (全集9巻 455頁)

嘗て良寛の書の写真版をみたことがある。
そこには三つも四つも間違った字が書かれ、
その字の右に点をうち、

余白に正しい字が小さく書かれてゐた。
間違ひも平然として正されていってゐる。
人間が間違ひを犯さない存在であったら、
却って不思議であると良寛がいつてゐるようである。

 


毎田周一師の言葉

2015年05月13日 15時11分44秒 | 毎田周一師の言葉

我儘と自在と率直と正直と、
今の感じをそのまゝにいひ合ふことの許されてゐる、
直接的な生命の結合ほど、生々として楽しい、
そうして絶対な、人と人との交わりがあるだろうか。
しかしそこに命がけなもの、
生死巌頭に立つといふ如き思い切ったものがなければ、
不可能であるような感じがする。
こんなことを率直にいって、
相手が感情を害しやしないかといふ顧慮が、
どうしても人に伴ふからである。
併してその顧慮が人生を浅くする。

 


「大丈夫?」

2015年05月12日 19時55分54秒 | 毎田周一師の言葉

毎田周一師の言葉。

こんな話を聞いた。
ジェット機の乗員は、機が故障したとき、必ず本を見なければならない。
そこに指示してあることを順次に行わなければねばならない。
本を見ないで記憶によって行ってはならない。
否、本に何が書いてあるかを平生から覚えてもいけない。
全く本の指示に従って器械的に処理しなければならない。
判断力も何も苛要らぬのだ。
これは近代的工業の要点を示す話だ。

今日のニュースによりますと、
オスプレイの横田配備が発表されました。
日本国の将来、この政権で大丈夫なのでしょうか?
5年後、10年後…30年後…
歴史は何を見せてくくれるのでしょうか!

 


「念仏」

2015年04月15日 23時19分03秒 | 毎田周一師の言葉

毎田周一師の言葉

毎田周一全集 第二巻 p390~

「しかれば本願を信ぜんには、他の善も要にあらず、念仏にまさるべき善なきゆえに。」
「念仏は、無碍の一道なり。…諸善もおよぶことなきゆゑに、無碍の一道なりと、云々。」
私達に残された唯一つの行は念仏である。それ以外の行は(また善は)すべて虚仮である。
「よろづのこと、みなもて、そらごと、たはごと、まことあることなきに、
ただ念仏のみぞまことにておはしますとこそ、仰せはさふらひしか。」
何故念仏のみが真実であるか。それが如来行であるからである。
如来廻向の行といってもよい。

念仏とは何であるか。
南無阿弥陀仏の口称である。
それ一つしか私達に残されてゐないのである。

絶対・唯一の、完全に自己を抹殺する行(念仏)
それのみがこの世へ平和をもたらす。

最近の日本人の多くが、
~親鸞さんの著作は読むが、口称しない!~

~『歎異抄』を読むが、口称しない!~
ように思います。
また、仏教に対して、正しく向き合っていないようにも思います。
残念です。

【カウンセリング研究会】
親鸞とカウンセリングコース
『歎異抄』と声明コース
では、「口称」しています。
ぜひ、お出かけください。

 


毎田周一師の言葉

2015年04月07日 23時02分50秒 | 毎田周一師の言葉

◇君の前に誰かゐるか。無人の野をゆく如き人生こそ願はしいのに。

◇どんなに高尚なことをいつても、
 「動物である人間がいつてゐる」ことを忘れぬこと。

◇身といふものは正直なものだ、心に比べて。

◇天才とは努力することの出来る人だ。
 これがその唯一の定義。
 (努力の出来ないのが、凡人だといってみると、よく解る)

◇生まれた瞬間から老化の一途を辿る。
 老いゆくもの、それが人間だ。

(毎田周一全集・第九巻)より 

 


毎田周一師の言葉

2015年01月17日 22時58分36秒 | 毎田周一師の言葉

毎田周一師の言葉をお届けします。

 如  来(にょらい)

仏教には如来という言葉があるので
私は嬉(うれ)しくなる
それなら如来とはどういうことか
お委(まか)せします ということだ

この世のことが一指(いっし)も触れないで
そのまま絶対だということだ
これは深い自覚のこと だから 
自覚者のことをそういうのだ

そして如来とは信(しん)の表現だ
信ずるものの直覚だ
この世の一切(いっさい)を如来と見て
その人は救われた人といわれるのだ

如来 如去(にょらい) 一切は無常だ
淡々(たんたん)として浅瀬(あさせ)を水が流れるように
浅いといえば余りにも浅い だが
深いといえば余りにも深い
                            
(毎田周一)

ボクの知り合いのご住職のお一人は、
「南無阿弥陀仏」の後に、「お委せします」と唱名しています。

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毎田周一師のことば

2015年01月06日 15時59分26秒 | 毎田周一師の言葉


お正月も開館している葛飾区中央図書館で借りてきた一冊です。

毎田周一  君 気持を 大きく もとう
徳永文一 編
長風舎  2012年11月5日 初版第一刷

毎田周一師のことを知っているお方は少ないと思います。

ボクは、若い頃、偶然、毎田周一師のことを知りました。
そして、何かに促されるような感じで、書店では取り扱いのなかった全集を購入しました。

今回、徳永文一さんが、全集から毎田師の言葉を選んでの出版です。

ぜひ、皆さまにお勧めです。

11日の【くりのみ会】で紹介させてもらいます。

◆月刊誌「大雪山(ダイセッセン)」の創刊の辞
「この雑誌は、私一人が釈尊に参ずる道場である。
また読者の一人一人が釈尊に参ぜらるるの道場である。
私は何故に本誌を刊行するか。
世界のただ中において、私が釈尊に参ぜんと欲するが故である。
永遠平和の道が、釈尊御一人の上に成就せるがごとく、
私一人の上に証しせられんことを」

キーワードは、「一人」「独り」「ひとり」…ですね。

道元さんは、「仏道をならふといふは 自己をならふなり」と教えてくれています。


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凡夫の安住

2014年12月18日 23時42分10秒 | 毎田周一師の言葉

毎田周一師の言葉をお届けします。

*釈尊の始中終が慈悲である。例へば慈悲故に出家せられたのである。

*親鸞が御本書をかゝれたのも、道元が眼蔵を著はされたのも、たゞ慈悲故にである。

*仏の慈悲に触れることが仏教に触れることである。その他ではない。

*仏の智慧に触れるのは、唯仏与仏といふ如く、仏と仏との境涯である。
 仏凡一体となり得るのは、たゞ仏の慈悲に依る。
 併しその慈悲に溶かされて、凡夫も仏の智慧に触れる。

*凡夫の立場は仏の慈悲を仰ぐ事に尽きる。
 さればこそ正信偈には先ず帰命無量寿如来と打出される。
 そして次いで南無不可思議光である。
 慈悲を仰いで智慧に遭ふのである。

*慈悲とは不可思議なものである。
 これは生命の不可思議であらう。
 寿命無量といふことである。
 永遠の生命を不可思議と受取らなければ、それを捉へたことにはならない。

*不可思議光とは、慈悲の如来の智慧である。

*慈悲を知るといふことが、即ち凡夫への安住である。

今週土曜日(12月20日) 親鸞とカウンセリングコースを開催します。
お出かけください。

 

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唯一人釈尊に参ずるのみ。

2014年11月28日 21時39分37秒 | 毎田周一師の言葉

毎田周一師の言葉をお届けします。

道元禅師が如何に「禅宗」といふ呼称をを嫌われたか。―(『正法眼蔵・仏道』の巻参照)
先ずそれは宗派(セクト)主義を表はす。
分派として局限されたものは一全体ではあり得ない。
何よりも仏教は「無」の立場として、何かに限定された立場をとり得ない。
いつでもそれは釈尊一人に直結しなければならない。
このことを妨げるものとして禅宗の呼称を嫌われたのであろう。

しかし釈尊御一人に直結してゆかれるに当たって、道元禅師は達磨以来の伝統に従われた。
そして親鸞聖人は、印度・支那・日本の浄土教の伝統に(七高僧に)従はれた。
これは重重の因縁の然らしめるところであろう。
そしてそれはひとごとではない。
私自身はどうなのであるかと省みてみたいと思う。

「和国の教主聖徳皇」と親鸞聖人が歌はれたやうに、印度の仏教は聖徳太子御一人によって、
我が国にもたらされた。我が国の仏教の伝統はそこに始まる。
この太子を弥陀と仰げばその脇士としての観音・勢至は誰であるか。
私は親鸞・道元二師をあげざるを得ない。
しかし更にこの二師に導いて下さった先師(暁烏敏師)と西田博士とを、
私は身近な観音・勢至として仰ぐのである。

そこで私は真宗でもなければ、禅宗でもない。
単なる釈尊の弟子に過ぎないのである。
一個の仏教徒なのである。たゞ釈尊に学びゆかんとする一人の人間でしかない。
お前はこの世へ生まれて、釈尊しか知らなかったのかといはれても、
それで充分なのである。
私は釈尊以外を知る必要のなかった人間である。


◆11月の「声明とカウンセリングコース」
   日 時 : 11月 30日 (土) 午前10時~12時
                    *9時~10時 自主学習の時間です。 
                      
お時間のある方はお出かけください。

 

   場 所 : タワーホール船堀 (部屋は入口の掲示板をご覧ください)

 



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