高知市で7年前、白バイがスクールバスに衝突。隊員が死亡し、バス運転手は業務上過失致死罪で有罪になった。だがここにきて、高知県警による証拠捏造の可能性が濃厚とする新鑑定書が出た。
ジャーナリスト・粟野仁雄
2006年3月3日、高知県吾川郡春野町(現在は高知市)。卒業旅行の仁淀中学の生徒と引率教員計24人をスクールバスに乗せた片岡晴彦氏(59)は、国道の交差点で右折の機をうかがっていた、その時、キューンという音とともに、白バイが前部右側に激突。倒れた白バイ隊員に駆け寄るや、別の白バイが到着。あっという間に警官だらけになり、生徒や教員は現場から遠ざけられた。
26歳の隊員は死亡、業務上過失致死罪で片岡氏は起訴された。
1審(高知地裁)で高知地検は「片岡被告が右側を確認せずにバスを発進、衝突で慌てて急ブレーキをかけたが、1メートル近く白バイを引きずった」と主張。審理の終わりごろになってバス前輪の後ろに黒っぽい2本のスリップ痕の写真と、白バイが引きずられた痕跡とされる引っ掻き傷の写真などを証拠提出した。
だが、バスに乗っていた同中学の女性担任は「バスは停止していた」、校長は「バスの後ろに車で停車していたら前方右からすごい勢いで物体がバスの前に突っ込んだ。バスはまったく動いていない」と証言。事故直前の白バイに抜かれた軽四の男性も「(白バイは)100キロくらいで黄色の点滅信号に突っ込んだ」と証言し、証人採用されなかった生徒たちも同様の証言をした。
だが片多康裁判官は「反対走行中、事故を目撃した」とする別の白バイ隊員の「バスは時速5キロか10キロくらいで進んでいた。白バイは60キロ(法定速度)だった」との証言だけを認定。07年6月、禁錮1年4月の実刑判決を下した。
ところが、摩擦熱で溶けたゴムが路面にこびりつくスリップ痕が間もなく「乾いて」消えていたことがわかった。公判で片岡氏の最初の弁護人は「完全な証拠捏造。刷毛をコーラにでも浸してスリップ痕を描いて写真を撮るのはプロなら容易」としたが、1審は「野次馬やマスコミの中で証拠偽造は不可能」と否定した。片岡氏は控訴したが、高松高裁(柴田秀樹裁判長)は30分で結審し、「ブレーキ痕は一部不合理な点がある」としながら棄却。08年8月、最高裁は上告棄却。高知県警の黒岩安光交通部長(当時)は「飲料水を塗ったとか、捏造は絶対ありえんことです」と異例の会見をした。片岡氏は交通刑務所に1年4カ月収監され、3年前の出所後に再審請求した。
「もう再審しかありません」
再審開始の可否を決める裁判所、検察、弁護側の三者協議が重ねられる中、今年2月初め、弁護側請求で鑑定していた写真解析の第一人者、千葉大学の三宅洋一名誉教授の鑑定書が高知地裁に提出された。同28日、弁護団が高知市内での会見で内容を明かした。それは県警の“証拠捏造”を示すものだった。概要はこうだ。
(1)タイヤとアスファルト面の摩擦によるゴムの痕跡は、見られない。タイヤ痕跡に生じるはずの溝がないなど極めて不自然。ブレーキ痕と称している痕跡は液体などにより、人為的に偽造したと言わざるを得ない。バスが動いていたことにするために、液体などでスリップ痕を描いた。事実なら警察の恐るべき犯罪である。
(2)ガウジ痕様の痕跡は機械的な衝撃で、アスファルト面がえぐれる現象。道路の改修が行われるまで風雨にも耐え、長期間ほぼ変化しないとされるが、ガウジ痕と称して、白いチョークでマークされている文様にはアスファルト面のえぐれはない。ガウジ痕とは、路面の引っ掻き傷。機械的な衝撃とはここでは倒れた白バイが路面を擦り、えぐること。だが路面はえぐれておらず、白バイを引きずった証拠とする傷はない。
(3)警察から提供されたネガフィルムには複製時についたと思われる線が入っているが、それならオリジナルではない。県警が裁判所に提出した現場検証時に使われたとするネガフィルムが実は合成写真を作った際のフィルムだった可能性も否定できない。
(4)(片岡氏がバスの運転席にいる写真等について)通常撮影ではありえない画像。画面中の不自然な線などから合成された画像がある。
――片岡氏立ち会いの現場検証写真が合成の可能性もあるという。しかも、写真に写る路線バスの通過時間は片岡さんが土佐署に連行されていた時間だった。
「交通事故の鑑識で、当然撮影すべきブレーキ痕跡が前輪だけ。後輪をなぜ撮影しなかったのか」
と鑑定書で疑問を呈する。同氏に資料提供した香川県在住の交通事故鑑定人の石川和夫氏は「スリップ痕は通常後輪につくのに、後輪側の写真がない。必ずつくはずのタイヤの溝の跡もない。素直に見れば捏造は一目瞭然です」と会見で話した。
写真のスリップ痕は先端部が習字の書き出しのようにぼったりと濃い。警察側の鑑定は「スリップ痕は横滑り痕」「先端部が濃いのはゴム片が多く落ちたため」などとしているが、弁護団の坂本宏一弁護士は「捏造スリップ痕なら警察鑑定の前提が崩れ、意味をなさない」と強調する。さらに提供ネガフィルムの製造年月日が事故より後だった可能性すら浮上している。
同弁護士は「三宅先生は警察庁科学警察研究所の顧問。その立場でここまでの鑑定を出した意義は大きい」と評価する。三宅氏は過去に犯人逮捕への貢献で警視庁から表彰された人物だ。
当の片岡氏は憤る。
「三宅さんの鑑定で白黒ついたと思います。(再審開始決定しなければ)司法は崩壊だと思います」と語り、生田暉雄弁護団長は「誤認逮捕とかの問題ではない。警察の犯罪です。もう再審しかありません」と言う。
「県警がここまでやった理由は、公道での暴走訓練がバレかけたためでは」と見る人は多い。現場付近の住民は「道路は広く白バイの格好の練習コースでした。サイレンも鳴らさずすごいスピードで走っていて怖かった」と振り返る。事件を追及する土地改良換地士の小松満裕氏(63)は「高台から公道訓練をビデオ収録していたから、素早く大勢の警官が駆け付けられたのでは」と推測する。
片岡氏は「このままでは『バスは動いてなかった』と言ってくれた生徒さんが嘘をつき、法廷証言してくれた人が偽証したことになる。彼らのためにも闘います」と決意を語った。
[写真]高知県警本部
[写真]県警がスリップ痕と白バイの引っ掻き傷とした写真
[写真]片岡氏
[写真]事故当時の様子