(5) ねつ造についての総合評価
ア 以上によれば、三宅鑑定書•意見書が本件タイヤ痕はねつ造された疑いがあるとする根拠については、確かに、前記(4)アの(イ)の点については、 真正なタイヤ痕であるとした場合、その原因が不明であるが、その他の点については、真正なタイヤ痕であるとして理解可能なものである。他方、本件 擦過痕群について不自然な点はなく、本件タイヤ痕はそれらが示す衝突態様と整合しており、他の客観的状況との矛盾もない。
そして、前記(2)のとおり、警察官が現場で本件タイヤ痕等をねつ造することは、時間的に非常に困難であり、かつ、請求人、教員、生徒、野次馬、報道関係者が出入りする等の状況に照らして非現実的であることを踏まえると、本件タイヤ痕の特徴の一部について科学的な説明がなされていないものがあるとしても、三宅鑑定書•意見書その他これと同趣旨の新証拠をもって、本件タイヤ痕及び本件擦過痕群がねつ造されたものであるという合理的な疑いが生じるとはいえない。
イ 所論は、前記(4)アの(オ)に関連して、タイヤの溝が印象されていない本件タイヤ痕は、大慈彌鑑定によればブレーキ痕ではなく、松本鑑定書によれば横滑り痕でもないから、このことは、本件タイヤ痕がねつ造されたものであるという三宅鑑定書•意見書を裏付けていると主張する。
しかしながら、前記(4)イの山崎回答書の記述に照らすと、本件タイヤ痕にタイヤの溝が印象されていないことをもって、必ずしも大慈彌鑑定のようにブレーキによる制動がなかったと断定することはできない。
次に、松本鑑定書は、PC-Crashという自動車事故の再現検証ソフ卜を使って、確定判決又は大慈彌鑑定による条件に従って本件事故の状況を再現したというものである。それによると、ブレーキによる制動を全くしなければ、本件バスが時速10 kmの場合、本件白バイの引き摺りによって若 干減速するが、下り勾配のためにそのまま前進すること、1.2 mの横滑り痕が発生するための速度は時速18 kmであり、横滑り痕は衝突時のタイヤの位置から始まること(本件タイヤ痕よりも後方)等の結果が得られたとされている。また、ブレーキによる制動をしたとしても、時速10 kmであれば、横滑り痕は衝突時のタイヤの位置を始点に約0.7mの長さであり、本 件タイヤ痕とは異なる結果であったとされている。
しかし、松本鑑定書は簡単な内容であって、設定された条件も明確ではない(本文においては、ブレーキの制動による摩擦係数を0.6 G、空走時間0.7秒としているが、入力条件を示したというコンピュータ画面〔11頁〕では摩擦係数0.7、反応時間l secとなっている)。横滑りによる減速力(制動力)をどのように評価したのかも不明である。前記(4)ウのとおり、ブレーキによる制動痕は発生しないとしていることにも疑問がある。松本鑑 定書の証拠価値は乏しく、これをもって、本件タイヤ痕が横滑り痕ではあり得ないとか、ブレーキによる制動痕とじても理解できないということはできない。
そうすると、大慈彌鑑定と松本鑑定書を合わせることで、三宅鑑定書の見解が裏付けられたという所論は採用できない(なお、松本鑑定書に対する原決定の説示をとらえて理由齟齬をいう所論は採用できない)。
ウ そのほか、所論は、大慈彌鑑定が、確定判決とは異なり、本件タイヤ痕をブレーキ痕ではなく、横滑り痕であると認めているのに、原決定は、 そのいずれであるかの判断を示しておらず、理由不備の違法があると主張する。
確定判決は、その説示によれば、本件タイヤ痕をブレーキによる制動痕と認めたものと解される(控訴審判決は、横滑りによる制動又は横滑り及びブレーキによる制動の可能性があるとする)。これを横滑り痕と判断した大慈彌鑑定は確定判決の認定と異なるところ、山崎回答書にも照らすと、本件夕イヤ痕が真正のタイヤ痕であるとした場合、それがブレーキによる制動、横滑りによる制動又はその両者によるものであるか等を確定することはできない。しかし、そのいずれかであるかが確定できないとしても、前記アで説示したところによれば、本件タイヤ痕について、それがねつ造されたという合理的な疑いが生じ、ひいては本件擦過痕群等についても同様の疑いが生じるとはいえないし、衝突地点、衝突態様、両車両の運動状態についての確定判決の認定に合理的な疑いが生じるともいえない。
しかも、大慈彌鑑定は、確定判決の認定と同じく、本件バスが前進中に本件白バイと衝突して転倒し、その後本件バスが停止したと鑑定しており(この点は原決定15頁も言及している)、本件タイヤ痕がねつ造された疑いがあるとは述べていないから、大慈彌鑑定それ自体で無罪を言い渡すべき明白な証拠であるとはいえない。
大慈彌鑑定についてはこのように理解することができ、大慈彌鑑定が本件タイヤ痕を横滑り痕であると鑑定したことについての判断を示さなかった原決定に理由不備の違法はない。
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