DO'NT YOU forget about me 

2014-09-16 | チャンベク

朝、目が覚めると、記憶がなかった。

此処がどこかも、自分が誰かも。

部屋にあった鏡を覗き込んで、それが自分だと認識するのに、しばらく時間がかかったくらいだ。

まず、ここが何処であるかを把握しようと、周囲を見回したが、「部屋」であることしかわからなかった。

とりあえず、「部屋」を出た。

廊下を歩いていると、

「あれ、今朝は早いね」

と声を掛けられた。

曖昧に笑みを浮かべ、その人の後についていくと、食堂らしい場所に、俺と同年代らしいやつらが何人もいた。

 

…だめだ。

全然、わからない。

学校かなにかの下宿先か?

 

「今日の予定は?久々のオフだから、楽しまないと」

と、さっき声を掛けてくれた人物が話しかけてきた。

直感で、この人は頼りになる、と思ったので、

「実は…」

と、今の自分の状況を簡単に説明した。(というか簡単にしか説明できない。他に何にも話せるようなことを覚えていないんだから。)

 

するとその人は、その整った顔を少しだけ歪ませて、けれど真剣な表情で、

「つまり、君は今、自分のことはおろか、ここにいる、みんなのことも、誰ひとり、わからないんだね?」

いつの間にか、その食堂みたいなところには、次々と人が集まってきて、

俺たちの周りを取り囲んでいた。

「…はい。」

そう言うと、みんなが一斉に口を開いた。

 

「え、まじで?」とか、「うそ!」とか、

「おれのことも忘れたの?」とか、「冗談だろ」とか。

「オレのことも忘れたんですか、ヒョン、カイペンだって、あれほど言ってたのに」

そう言って、笑いながら俺の肩を叩くこいつは、ああ、さっき、部屋で隣のベッドに寝てたやつだ。

「ああ、…本当にわからないんだ」

と、言うと、今度はまた、

「昨日、転んで頭打ったか」

「悪いもん拾い喰いしたか」

「とりあえず、病院に」

「貸した金返して」

とか。もう、騒がしくて騒がしくて。

 

そんな中、さっきからじっとこちらを窺うように見ているやつと、目が合った。

すると、そいつが俺の方にやって来て、

「もう、いいかげんにしろよ。面白くないよ。そんなの」

と、不機嫌そうに呟いた。

面白くない、って言われても…

「すみません…。ええと。…お名前は?」

その瞬間、そいつの垂れた目に、怒気が溢れた。

 

「まあ、まあ、仕方ないよ、ベッキョナ、みんなのこと忘れてるんだからさ。

 ほら、みんなで自己紹介をしよう!」

と、口角のキュっと上がった八の字眉のやつが間に入ってなかったら、殴られてた勢いだ。

 

全員で朝食を食べながら、自己紹介をしてくれて、

(でも名前と顔が全く一致しない。なにしろ大勢だから)

午前中は、俺のためにみんなで昔の映像を見たり(新鮮だった!)、

ゲームをしたりして過ごした。

皆、ものすごく優しくて、面白くて、このままでも何の不自由もないかも、なんて思っていると、

リーダー(最初に信頼できると俺が直感で思った人物)が、

今日はオフだからいいけど、明日から仕事で大変だから、

午後、記憶が戻らないようなら、夕方にでも病院に行こう、と言った。

 

午後はそれぞれ外出することになり、

さっき間に入ってくれた口角が上がったやつが、一緒に出かけよう、と誘ってくれた。

こいつと俺は同学年らしく、気を遣わないでいいだろう、とリーダーが言うので、従う事にした。

 

街に出ても、何の見覚えもない風景で、

俺は、不安を感じるよりむしろ、爽快感さえ覚えた。

 

なんにも 知らない。

だれも  知らない。

孤独だけど、俺は、今、自由だ。

 

「宿舎」に戻ると、皆すでに戻っていて、俺の帰りを待ってくれていた。

「どう?何か、思い出した?」

リーダーが真剣な眼差しで問い掛けてくる。

22の瞳が、心配そうに一斉にこちらに注がれる。

俺は、何にも思い出さなかったことが申し訳ない気がして、「はい」と答えたくなったけど、

正直に首を横に振った。

 

「マネージャー」という人が、車の用意が出来たから、と呼びにきた。

そうか、病院に行くのか。まあ、妥当だろうな。

 

「自然に思い出せたら良かったんだけど」

と、リーダーが残念そうに言った。

 

せっかくの皆のオフ日を、申し訳ありませんでした、と言って、部屋を出て行こうとすると、

部屋の一番奥の隅から、俺をじっと睨んでた、例の垂れ目のやつが、

すごい勢いで俺の目の前まで走ってきて、

そしていきなり、俺の胸を拳骨で叩き始めた。

なんでこんなに怒っているんだか、見当もつかない。

「ちょ…、痛いよ、ねぇ、」

やばい。また名前が出てこない。

手首を掴んで、引き剥がそうとしたけど、思いのほか力が強くて。

見てないで、だれか仲裁に入ってくれよ、リーダー!口角!

 

「…ちゃ、…だめ、だ…」

え?

何を言ってるのか聞き取れなくて、屈んでやつの顔に耳を近づけると、今度は大声で、

 

「世界中の全部、忘れたって、

 おれのこと、

 忘れちゃ、だめだ!」

 

…驚いた。

泣いてんのかよ…。

怒ってるんじゃなくて…

 

走って部屋から出て行くやつを、俺は反射的に追いかけていた。

 

「ベッキョン!!」

 

 

ああ。

そうか。

そうだね。

忘れては、

だめだね。

 

世界中の全部、忘れても、

君のことは。

 

いちばん大切なその名前を呼んだら、

オセロ・ゲームが一気に逆転するように

スルスルと記憶が戻ってきた。

 

どうやら俺は、病院に行かなくてもよくなった。

 

立ち止まって振り返る君が、

泣きながら笑ってる。

 

自由だけど、孤独だった、俺のオフ日が、静かに終わっていく。

 

 

 

 

 



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