
(2008.11.6 集落越しに見える海がとても好きでした・・・南相馬市小高区)
リンクをいただいている『ビバ!つぶやき日記』さんがアップしていた、宮城県センチュリーライドでおなじみの名取サイクルスポーツセンターの被害状況。“Google Earth”の衛星写真で公開されているとのことでしたので、とりあえず“Google マップ”で思い出の場所の被害状況を確認してみました。
穏やかな松川浦では海苔の養殖が盛んでした。
“ピナ男さん”と一緒に走ったり、宮城県センチュリーライドのコースとして“ENDLESSのみなさん”と走ったり、また家族で度々訪れていた松川浦と真っ直ぐな堤防道路です。
松川浦は海苔の養殖や潮干狩りで沢山の方々が訪れる観光地になっていましが、津波で堤防と道路が決壊して外海とつながっています。
『早春の海を走る』で“ピナ男さん”と訪れた真野漁港。
沢山の漁船が係留されていたのですが、大震災後の写真には一隻も写っていないようなのです。
ここは原町火発に隣接した宮城県センチュリーライド原町側スタートの北泉海浜総合公園です。
とても美しい姿をした大木の松林が印象に残っています。高台のアスレチックコースを除いてすっかり海水に浸かっています。
ここは『海を見に行く』でぎっくり腰を治しに福島第一原発の双葉町から走ったとき、集落越しに見えた海がとても印象的でブログのタイトルバックにも使わせてもらった所です。
ここは集落ごと津波の被害に遭ってしまったのでしょうか。とても好きな場所でした・・・。
そしてこれは請戸漁港です。“ピナ男さん”と走ったおり、写真の『またほし旅館』で食事をしたり、ここからすぐ北に面した請戸川で遡上するサケに感動しながら家族で見たことを思い出します。
『またほし旅館』の屋根は見えますが、瓦礫の住宅地と無造作に打ち上げられた船が無残です。テレビでは岩手県や宮城県をはじめとして各地の惨状がひっきりなしに放送されていましたが、わたしの思い出にある場所もこんなに叩かれてしまっていたとはやるせないです。
この惨状に追い打ちをかけている原発事故にまだまだ予断は許せませんが、一日も早く希望の見いだせる生活が戻って来ますように・・・
“玉井人ひろたさん”の地域をはじめ放射能による土壌汚染で農作物の作付けが延期されていましたが、調査結果が出て農家の方々もようやく田んぼや畑仕事が出来るようになりましたが、この後収穫された農作物に対する風評被害などの問題をはじめ先行きが不安です。そこへもって原発事故がレベル7に昇格されてしまってはさらに汚染の印象が強くなった分、福島産に対するイメージダウンは否めないですね。原発は放射能ばかりか不幸の種もまき散らしているようです。
そろそろ、福島にも、桜が咲く頃です。
しかし、原発問題、余震で
なかなか、心も落ち着かず
花見も出来るかな?
早く、普通の生活になるように
祈るばかりです。
チームメンバーが作成した
『まけでらんに福島』ワッペン(義捐金に支援)
をつけて
走れるようになりたいです。
復興に向けて、走り続けます!!
ENDLESS HIDE
今は、東電の宿泊施設になっていますね
今年、間違いなく日本最高のサイドアタッカーと評価されるはずだった日本代表選手のマリーゼノ鮫島彩選手、どんな思いでいるのでしょうか。
同じく昨年末行った「道の駅よつくら港」は昨年オープンしたばかりのところでしたが、津波で破壊されたとか聞きました。
大変ですが、自分の地域もこれから見通しがたたないので、それどころじゃないです
しかしながら、“へばなさん”がおっしゃるように、わたしも人間の持つ底力というものを信じます。
被災された方々が辛く悲しい現実から一日も早く平穏を取り戻せますように、わたしたちもそれぞれの立場、それぞれの形で応援していきたいと思っています。
被災された方々は一瞬にしてあの穏やかで幸せな生活を失ってしまったのですから、避難生活を送りながらさぞや心細く途方に暮れる日々を送られていたのではないでしょうか。
それでも早一月を過ぎ、新しい生活に向かって歩み始めている姿を見るにつけ、人間のしたたかさ、逞しさを強く感じます。
時間がみなさんの心を癒し、一日でも早く元の場所で穏やかな、また新しい場所で新たなの生活を逞しく築き上げていかれることと信じています。
名取市周辺ましてやセンチュリーライドコースをメインに走りアパートを仙台空港の近くに借りていた自分にとっては今回の出来事は余りにもショックでした。
元の姿に戻るには時間が掛かるとは思いますが大なり小なり自分で出来る範囲で手助けをしていきたいと思います。
すべて、無くなってしまったなんて、信じられないのです。
波も静かなものに変わるでしょう。
元通りでなくてもみんなの心が穏やかになれるそんな景色になりますように。
こうして何も無くなってしまっている現状をみると人間が築き上げるものの何と脆いものか。あらためて自然の怖さを思い知らされます。
原発事故は未だ解決の糸口が見えず、いつまでこの状態が続くのでしょう。原発の近くに住む人々は原発で働いていた人たちも多いとのこと。原発事故は怖いけれど原発反対とは言えない現実がそこにはあるようです。
しかしながら、一旦事が起こればそんな事情とは関係なしに無差別に被害が及ぶ怖さがあるのですから、やはり原発はいらないと思ってしまうのです。
テレビデは連日タレントが「がんばろう福島」を連呼していますが、みなさんもう必死に頑張っているんです。問題は埒のあかない原発事故の現状と見通しを正確にそして迅速に住民の安全を守るにはどう対応していけばいいのかを示すことだと思います。
こんなに多くのタレントさん達が福島を応援してくださるのであれば、全国に向かって原発事故の福島というだけでホテルに宿泊できなかったり、ガソリンを入れられなかったり、コンビニに入れなかったりという風評被害を無くす方に力をかしていただけたらと思ってしまいます。
あまりの変わりように目頭が熱くなりました。
光り輝く早春の海、野馬追いの里、防風林近くにいた
野馬追いの馬、旗をたてた漁船、みんな流されたのでしょうか。
浪江焼きそばの名店を教えてくれた漁師さんは無事だったかな。
kojiさんと昼食をとったあの店は?
無常という言葉が浮かびました。
原発が収束したら訪ねてみたいです。