中村歯科

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ストレスと友達になる方法

2015年12月28日 | Weblog

スタンフォード大学の健康心理学者ケリー・マクゴニガル博士の「ストレスと友達になる方法」というTEDプレゼンテーションは、再生回数900万回を超える人気コンテンツだ。

「私はこれまでストレスは健康の敵だ、と教えてきました。でも、それがかえって人の健康に害を及ぼしていたかもしれません」。
プレゼンテーションは博士のこんな告白から始まる。

ちょっと待ってほしい。ストレスが身体に悪いのは今や常識だろう。現実に、ストレスがたまったせいで、胃かいようなど消化器系の病気や、高血圧になったなどという話はあちらこちらで耳にする。
もちろん、うつ病などの心の病も、一般的にはストレスが原因とされることが多い。

私自身、仕事のストレスが原因と思しき胃痛や下痢、耳鳴りなどに悩まされたこともあった。
そんな時、病院に行くと、医者は決まって「ストレスが原因です」としか言わない。
「治したければ仕事を辞めてストレスのない生活をするしかない」とまで言われたこともある。
それなのにマクゴニガル博士は「ストレスは健康の敵」ではないという。どういうことだろうか。

プレゼンテーションの中で博士は、自らの考え方を180度転換させた、ある研究を紹介する。
その研究では、まずアメリカの成人3万人に対し、「去年ストレスを感じましたか?」「ストレスは健康に害があると思いますか?」という二つの質問をした。
そして、その8年後に、その3万人の生死を調べたところ、第一の質問に対して「強度のストレスを感じた」と答えた人の8年後の死亡率が、それ以外の人よりも著しく高かった。

「ほら、やっぱりストレスは身体に悪いじゃないか」と思うかもしれない。
ところが、死亡率が高くなる条件は「ストレスを感じた」だけではなかった。
「強度のストレスを感じた」人のうち、第二の質問にイエスと答えた人、すなわち「ストレスが健康に害があると信じていた人」のみが死亡率が高かったのだ。
驚くべきことに、強度のストレスを感じていても、「ストレスは健康に害があると考えていなかった人」の死亡率は、ストレスを感じなかった人とほとんど変わらなかった。

研究では、この調査結果を元に、8年間で、ストレスそれ自体ではなく、「ストレスが体に悪いと信じていたこと」で亡くなった人はアメリカ全体で18万人に上ると推計。
これは単純計算で1年に2万人ということだ。これは2012年のアメリカでは、皮膚がん、HIV/AIDS、殺人よりも多い死因なのだそうだ。



本書は、この驚きのプレゼンテーションの主であるマクゴニガル博士がスタンフォード大学生涯教育プログラムの「ストレスの新しい科学」講座で教えている内容をまとめたものだ。

ストレスに関する最新科学の知見だけではなく、「ストレスを見直すエクササイズ」「ストレスを力にするエクササイズ」など具体的な実践方法も紹介。
読み進みながらエクササイズを行うことで、自ずと「ストレスは害になる」から、「ストレスは役に立つ」にマインドセットを切り替えることができるようになっている。

マクゴニガル博士は、ボストン大学で心理学とマスコミュニケーションを学び、スタンフォード大学で健康心理学の博士号を取得した。
そして、心理学、神経科学、医学の最新の知見を用いて、人々の健康や幸福、成功、人間関係の向上に役立つ実践的な戦略を提供する「サイエンス・ヘルプ」のリーダーとして、世界的に注目を集める人物だ。

本書によると、ストレスを感じた時の身体の反応は「闘争・逃走反応」「チャレンジ反応」「思いやり・絆反応」の3つに分けられるという。

「闘争・逃走反応」では、ストレスが恐怖や怒りの感情を引き起こす。すると、コルチゾールというホルモンが多く分泌され、敵と戦ったり危険から逃げ出すための準備を身体にさせる。
この反応は、長期化すると免疫機能の低下やうつ病などの原因になる危険性がある。

「チャレンジ反応」は、ストレスと戦うのではなく、その状況を受け止めて、前向きに対処しようとする反応だ。
この場合は、DHEAという脳の成長を助けるホルモンが多く分泌される。そのことで集中力と自信が高まり、粘り強くストレス状態を乗り切る努力をつづけられるようになるのだ。DHEAには免疫機能を高める働きもあるそうだ。

3つめの「思いやり・絆反応」は、ストレスを感じる状況で、自分にとって大切な仲間やコミュニティを守るために、人への思いやりの気持ちを強める反応。
オキシトシンというホルモンが分泌する。このオキシトシンには、心臓をダメージから守り強化する作用もあるという。

つまり、ストレスを感じた時に「闘争・逃走反応」が起こると心身がダメージを受ける。
しかし、「チャレンジ反応」や「思いやり・絆反応」が起こると、逆に脳や身体が強くなるということのようだ。

さらに重要なのは、この3つのうちどの反応が起こるかは、自分の考え方次第だということだ。

「ストレスは敵だ」と考えていると、「闘争・逃走反応」が優位になる。
しかし「ストレスを前向きに受け入れて頑張ろう」と考えるならば「チャレンジ反応」や「思いやり・絆反応」を引き起こすことができるのだ。

そもそも、現代社会にはストレスが溢れているとはいえ、自らの生存を脅かすほど危険なストレスはほとんどないと言っていいだろう。
「闘争・逃走反応」はめったに必要とされないのだ。

それなのに、ストレスをもたらす相手に対し攻撃的になったり、怖がって逃げだしてしまうのは過剰反応であり、自分の心身にダメージを与えるだけだ。おまけに、何の問題解決にもならない。

ストレスを前向きに受け止めて「チャレンジ反応」や「思いやり・絆反応」を起こし、自分がおかれた状況に向き合い、問題解決のために最善を尽くし、周りの人たちとも協力し合うようにしたほうが合理的なのだ。
しかも身体にもいいのだとすれば、「ストレスは敵だ」という考え方はさっさと捨てるべきだろう。


マクゴニガル博士によると、私たちは「自分にとって大切なもの」が脅かされたとき、ストレスを感じるのだそうだ。

ならば、ストレスを感じた時に、その正体をじっくり考えることで、「自分にとって大切なもの」が何であるかを発見できるのではないだろうか。
ストレスを利用して自らの価値観に対する認識を深めることができそうだ。

このことは、組織におけるイノベーション・プロセスにも応用できるだろう。

たとえば企業が新しい事業に挑戦、あるいは従来のプロセスを改善して新しいやり方を導入しようとする際に、現場から強い抵抗にあうことがある。
そして、推進するチームと抵抗する現場が対立し、双方に多大なストレスがかかる。これは双方の価値観の対立によるストレスだ。つまり、双方とも「自分にとって大切なもの」が脅かされているのだ。

そんな時は、本書で紹介されている「自分のための目標」を「自分よりも大きな目標」に変えるエクササイズを試してみてはどうだろう。

それぞれが、自分のためではなく、組織の目標は何なのかを考えるようにするのだ。

そのうえで、変革の先に双方の価値観を包含するような大きな目標を見いだすことができれば、対立によるストレスは解消することだろう。

ストレスを上手に活用すれば、イノベーションを起こすための変革をさらに推進させることもできるのだ。