木村長人(きむらながと)。皆さんとつくる地域の政治。

1964年(昭和39年)千葉生まれ。元江戸川区議(4期)。無所属。

閾値なし直線仮説をめぐる諸説 (福士政広氏の講演 その4)

2011-09-21 02:01:57 | 地方自治
●低線量被ばくとがん発生リスクとの関係を説明するモデルとして、閾値なし直線(LNT = Linear Non-Threshold)仮説が存在する。ICRPやUNSCEAR(原子放射線の影響に関する国連科学委員会)は、仮説にはまだ不確かさもあるものの、放射線管理上からも低線量におけるリスクを推定するには合理的なモデルである、としている。BEIR(電離放射線の生体影響に関する諮問委員会)は、閾値なし直線仮説は現在の科学的知見と一致するとしている。また、フランスアカデミーは、閾値なし直線仮説はDNA損傷を過度に重視しており、発がん過程を単純化しすぎている、としている。
 第四の立場として、閾値なし直線仮説をめぐる評価そのものよりも、安全、危険の判断がつかない間は予防原則に基づいて行動すべき、というものがある。

⇒低線量被ばくと発がんリスクをどのようにとらえるかをめぐって、閾値なし直線仮説を代表とし、さまざまな知見や主張が専門家の間から示されています。疫学的にも、統計学的にも、圧倒的に優位な証拠が示されていないため、いろいろな説が主張されています。

 上記の他にも、低線量被ばくはヒトの免疫効果を活性化されるとする放射線ホルミシスという有用説を唱える立場や、逆に、被ばく細胞から隣接した細胞に被ばく情報が伝えられことで、ゲノム不安定性(遺伝子不安定性)が生じ、低線量被ばくは高線量被ばくよりもむしろ単位線量あたりの危険度が高いという「超直線仮説」の立場もあるようです。

 福士氏は、自分がどれを支持しているといったことを自ら語るでもなく、淡々と諸説を紹介されていました。私はとても気になったので、質疑の際、真っ先にこの点を確認しました。

 福士氏は、教育者として、ホルミシスや超直線仮説といった極端な立場を支持するつもりはない、とおっしゃっていました。自分の考えに近いと思われるのは、ICRPの閾値なし直線仮説か、あるいはややフランスアカデミーの主張かである、とのことでした。

 ICRPの閾値なし直線仮説という答えが返ってきたのは少し意外でした。ただ、福士氏はその語り口や所作が非常に学者然とした方でしたので、合理的な考えを支持する方なのだろうとも思われました。ここまでの講演内容から、フランスアカデミーの立場にも近いというのは素直に分かる気がしました。フランスアカデミーの主張は、閾値なし直線仮説に対し、いわば「低線量被ばくをそこまで心配することはない」とする考えです。フランスという原発大国の科学者の結論はどうしてもこうした方向に集約される傾向にあるのでしょうか。

 専門家に比すれば、私の放射線防護に関する理解力などはまさに浅学の域を出ないのですが、これまで私が支持してきた立場は、やはりICRPの閾値なし直線仮説であり、さらに現実の社会的対応を考慮に入れるなら、福士氏が紹介した第四の立場、「安全、危険の判断がつかない間は予防原則に基づいて行動すべき」というスタンスです。児玉龍彦氏や武田邦彦氏らのこれまでの主張も、まさにこれと同じであろうと理解しています。

●閾値なし直線仮説を理解するため、タバコによる発がんの確率的影響を事例として計算してみる。喫煙者は非喫煙者に比べ、肺がんでの死亡率が4倍。一日20本の喫煙を20年間続けると、黄色信号がともる。喫煙に10人に1人が肺がん死する。以上のデータから、喫煙者の(肺)がん発生率はタバコ0.33本で8パーセント増加となる。放射線1シーベルトで5パーセントの発がん率があることから、計算式に単純に当てはめると、発がん率という点において、タバコ1本の持つリスクは放射線5マイクロシーベルトに相当する。

⇒上の説明では途中の計算式を少し省略しています。少し分かりにくいかもしれません。

 解釈に悩んだのは、閾値なし直線仮説の理解のために喫煙リスクを放射線リスクになぞらえた、福士氏のその意図です。単純に分かりやすい事例として挙げただけなのかもしれません。しかし、うがった見方をすれば、低線量放射線のリスクを気にしすぎることへの警告、他のリスクも考慮せよというアピールなのか、ともとれます。

 どちらの意図であるかは不明ですが、閾値なし直線仮説の概要を理解するには複雑な物理の計算式は必要ありません。この仮説は簡単に理解できます。以下のとおりです。

 がんの原因には喫煙、生活習慣、職業的要因などさまざまあります。放射線量が100ミリシーベルト以下と少なくなればなるほど、その人のがんの原因を科学的に特定することが難しくなります。だから、科学的に証明できない低線量被ばくでの発がんリスクについては、とりあえず線量に応じて増減するとみなす、としているのです。これが閾値なし直線仮説です。この説明で十分ではないでしょうか。


(明日、最後のまとめをします。)