ヒマジンの独白録(美術、読書、写真、ときには錯覚)

田舎オジサンの書くブログです。様々な分野で目に付いた事柄を書いていこうと思っています。

「北斎の富士」展を観てきました。

2018年07月05日 19時20分07秒 | 美術 アート
先月の初旬、所用のついでに上記の絵画展を観てきました。
江戸時代の浮世絵師「葛飾北斎」が描いた富士山の数々です。
「富岳三十六景」及び「富岳百景」のすべての版画がありました。
ここでわが国の「版画」の一般的な製作工程をおさらいしましょう。

版画は原画を描く「絵師」それを木版に彫る「彫り師」、彫られた版を紙に写し取る「摺り師」との共同の作業によって絵画として完成することは皆さんご存知かと思います。

日本の浮世絵(錦絵とも呼ぶ)は北斎のころには多色摺りが一般的になっていましたので、各色ごとの複数の版を作る必要がありました。
原画を描く作業は画家による芸術作品を作る工程と思われますが、江戸時代の浮世絵の制作は、今でいう所の「芸術活動」の側面ばかりではありませんでした。

その時代には浮世絵は庶民にも手の出る「江戸土産」だったのです。江戸見物に訪れた「お上りさん」が江戸土産に買って帰ったのです。
そのため、浮世絵の出版元は大量の絵を世に出す必要がありました。
そこで考えられたのが原画を描く「絵師」、それを版にすることと印刷の工程を分離する方法をとったものと、思われます。

浮世絵は平たく言えば「印刷物」だったのです。
今のアイドルのポスターがグラビア印刷により低価格で大量に出回るのと、何ら変わりはありません。
北斎が富士を大量に描いた背景には、そのような出版元の思惑もあったのでしょう。
何せ、富士を三十枚とか百枚とか描かされたわけですので、北斎の苦労も大変なものだったと思われます。
様々な場所から見た富士の景観をあれだけたくさん思いつく作者の想像力の豊富さには感心しますね。
そして、その浮世絵は大量に買われて西洋にももたらされました。
その富士が海を渡った西洋で、思いがけない高い評価を受けることになります。浮世絵を西洋に持ち込み、これは商売になると踏んだ画商の慧眼にまずは驚きます。

当時のヨーロッパ画壇では印象派の画家たちが活躍していたころでした。印象派の絵に慣れていたヨーロッパ人の眼には日本からの浮世絵はどのように受け留められたのでしょうか?
浮世絵をみたヨーロッパ人は、まずは構図の大胆さと色彩の単純さ、そして極端にデフォルメされた対象物の描き方に驚異の眼を向けたと想像できます。
ヨーロッパの画家たちにもそれは同じ感覚を与えた事でしょう
ヨーロッパの当時の画壇に浮世絵が与えた影響が少なくないものがあった事は良く知られています。
次の絵画を見ていただきましょう。

これは葛飾北斎の「たかはしのふじ」と題された錦絵です。
海岸線のかなたに富士が描かれていますね。そしてさらにその向こうに、絵で言えば富士の頂上の付近に線が水平にひかれていますね。これは水平線と思われます。
次にマネが描いた絵を見ていただきましょう。


海浜で遊ぶ人々の向こうに海がありそのかなた水平線があります。
この二つの絵には構図の取り方に共通のものを感じることが、出来ます。

西洋から伝わった遠近画法を北斎が取り入れた時、彼は独自な解釈を遠近法に与えました。
「三ツ割の図」と北斎が命名した遠近法です。
「近景・中景・遠景」というように遠近法の基本は消失点が一点に集まるようにするのが基本的には西洋の絵画技法なのです。
ここで北斎の「たかはしのふじ」をもう一度、観てみましょう。
高く持ち上げられた太鼓橋の橋脚の間から富士が見えていますね。そして山の山頂付近に海の水平線があります。この絵にはどこか変なところはありませんか。
山の頂上付近に水平線が見えるという事は、この景色はかなり高い位置からの「俯瞰」でなければこの構図にはなりませんね。ですが、作者の眼の位置はそんなには高くはないのです。せいぜいが建物の二階程度の高さと思われます。なぜならこの太鼓橋は橋脚の土台と橋の頂点の中間ぐらいの高さから描かれていると思われます。橋と土台との大きさがそのように考えると納得のゆくバランスになるからです。
そう考えるとこの絵は遠近法を採用していながら、画家の思惟的な描き方を全面に押し出した絵画技法なのです。
これを観ると、北斎は、自分の描きたかったものを忠実に描いたともも考えることが出来ます。
さた、下の絵に注目してみましょう。
マネの「海浜にて」にも遠近法の解釈の仕方に北斎との共通の手法を見ることが出来ます。
画面全体を水平方向に三分割し、上から「空、海、砂浜」という構図をとっています。
ですがこの構図も北斎の構図とうり二つではないでしょうか。
水平線を画面の高い位置に持ってくるにには、かなり高い位置からの俯瞰が必要になります。ですが、作者はそんな事にはお構いなしの構図でこの絵を描いているのです。
近景の海岸で遊ぶ人々と海に浮かぶ船との構図の取り方に古典的な遠近法を無視した手法と捉えることが出来ます。
マネは印象派の作家ですので、対象を「印象的に」描くことには違和感を感じないのですが、その描き方が北斎などの浮世絵からの影響も少なからずあっただろうことを考えた次第です。

こんなことを考えながら「北斎の富士」展を観てきたのでした。
いろんな見方が一人の作家の作品から見て取れるのが絵画展の面白いところです。










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