唐木田健一BLog:絶対的な基準を排したとき,《真理》および《正義》はどんな姿を現すのか

「理論科学」と名づける学問分野を提案し,理論や思想の成立根拠およびそれらの変化のメカニズムを考察します.

(続)都城秋穂「日本の地質学界の学問的低さと,私たちの世代の閉塞感」

2024-03-13 | 日記

 本記事は先に掲載した都城秋穂「日本の地質学界の学問的低さと,私たち世代の閉塞感」のつづきである.内容は,都城秋穂「日本地質学史のなかにおける小島丈兒氏」〔小島丈兒先生追悼文集刊行会世話人編『小島丈兒先生追悼文集』(非売品,2007年)における特別寄稿,pp.3-53〕のうちの後の部分(pp.39-41)からの抜粋である.

唐木田健一

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都城秋穂(ニューヨーク州立大学名誉教授)「日本地質学史のなかにおける小島丈兒氏」から

われわれの閉塞感の行方

 小島さんの二つの論文〔筑波山をつくるガブロ岩体についての研究(1943)および三波川結晶片岩におけるスティルプノメレンの発見(1944)〕は,どちらも岩石学の正統的な研究であった.しかし小島さんは,東大におられた時期の末頃は,自分が岩石学の正統的な道を進むことに疑いを持ち,これからどういう方向に進もうかと,迷っておられたように私は感じた.

 そのころ新カント派の哲学者リッケルトの著書「文化科学と自然科学」(1898)が和訳されて,岩波文庫として出版され,いたるところの本屋に出ていた.その本は,自然科学は一般性のある法則を発見する学問であるが,文化科学は歴史上の個個の人物や事件を記述する学問だと主張していた.小島さんはそれを読んで,ある日私に,地質学(岩石学を含む)は,リッケルト風に言うと自然科学ではなく,文化科学になるのだと言われた.つまり,地質学は法則を見付ける学問ではなくて,個個の地質学的物体や地質学的事件を記述する学問だというのである.岩石学をも含む地質学全体が,地域的な個物記載を主たる目的とする学問だというのである.そのころの地質学のなかでは,法則を発見しようとしていたのは正統的な岩石学(と鉱物学)だけであったが,小島さんの主張は,地質学者(岩石学者を含む)は,従来の正統的岩石学のように法則を発見しようとしないで,地域的な個個の物の記載をその本来の主たる任務と考え,それに満足すべきだという意味であった.それを聞いて私は,小島さんは正統的岩石学を去ろうとしておられると感じた.

 小島さんは岩石学の前途に閉塞感を感じて,それよりもむしろ,鈴木 醇のような地域的・記載的な道とか,あるいは構造地質学・構造岩石学へ向かう道などを,ご自分の将来の研究方針にしたらどうだろうかと思って,比較しながら考えておられたのであろう.ことに変成岩地域の構造地質学・構造岩石学は,日本では全く未開拓な重要な研究分野あったから,小島さんにとって魅力的であったに違いない.間もなく小島さんは,広島文理科大学に赴任されたが,赴任後まもなくその大学が戦災を受けた.そして,その新しい条件のもとで,小島さんは決定的に構造地質学・構造岩石学への道をお選びになった.

 そのころ私自身も,岩石学の前途に対する閉塞感に悩んでいた.石岡孝吉さんと一緒に,岩石学は何物をも証明しないし,何物をも否定しないと話し合って嘆いていたことは,前に書いた.しかしそれでもまだ私は,正統的な岩石学の範囲内で何とかして自分の進むべき道を見出せないかと考えていた.小島さんが広島へ去られて後になっても,まだ何年間も,私はただ暗中模索を続けていた.世界中の岩石学者の言っていることは,ほとんどすべて当てにならないと私は思っていた.そんなものはみんな捨てて,何か新しい確実な出発点にできることはないだろうかと思った.その確実な出発点から出発して,必要ならば自覚的に明確な仮定(仮説)を加えて,理論を組み立てる方向に前進したいと思っていた.

 1948年ごろになって私は,私の考えを次のようにもっと具体的な形にした.ハーカー〔Alfred Harker〕が累進変成作用とよんだものが,地球上のあちらこちらにある.そこでは,変成作用の温度が一つの方向に上昇していることは,間違いなさそうであるから,私はこれを出発点にしよう.温度が上がるにつれて,既存の鉱物の間に化学反応が起こって,新しい鉱物が出来る.地表でその新しい鉱物ができ始める地点を連ねる線が,アイソグラッド(鉱物アイソグラッド)である.変成地域は,そういうアイソグラッドで分帯しなければならない.おおくの変成地域の化学反応の性質やアイソグラッドの形を検討することにより,そのほかの条件の分布も推定できるかもしれないと,私は思った.

 杉 健一や小出 博の研究では,変成地域は,たとえば片状ホルンフェルス帯,縞状片麻岩帯というように,主な岩型によって分帯されていた.そのような岩型は,ある程度は温度にも関係するのであろうが,そのほかに原岩の化学組成や組織,変成作用の間の物質移動,変成作用の継続時間の長さ,そのほかいろいろな作用によって影響をうけるかも知れないから,岩型による分帯を研究の出発点にすることは好ましくないと私は思った.

 あらゆる変成鉱物の中で,熱力学的性質が一番簡単なのは,一定の化学組成を持つ無水鉱物である.そこで私は,その例として,Al2SiO5という化学組成をもつ,藍晶石,紅柱石,珪線石という三つの同質多形鉱物を取り上げて,変成岩の中におけるそれら鉱物の出現状態からそれらの間の安定関係を導くことを考えた.そして,それらの鉱物の性質や天然の出現状態と熱力学との間に矛盾が起らないような一つの説明を考え出した(都城,1949).それがうまくいったので,それと同じように,もっと複雑なさまざまな変成鉱物についても,その性質や天然の出現状態と,熱力学と,結晶科学とを組み合わせて,矛盾のない理論を組み立てていく方針をとって進もうと思った.そして,変成岩の中の固溶体鉱物をどう取扱ったらよいかを考えるために,この次には柘榴石を研究しようと思った.こうして私も,おぼろげながら自分が進むべき方向を見付けることができた.

〔唐木田による抜粋了〕

 


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