唐木田健一BLog:絶対的な基準を排したとき,《真理》および《正義》はどんな姿を現すのか

「理論科学」と名づける学問分野を提案し,理論や思想の成立根拠およびそれらの変化のメカニズムを考察します.

原初の生命の誕生:「自然発生説」を根本的に否定する

2021-05-29 | 日記

「生命の原理」の普遍性

地球という特殊な環境のもとにおいてではありますが,生物は現に厳として存在します.そして,この生物を理解するために,物質の原理と並んで生命の原理が導入されたのです.

私は,物質の原理が普遍的であるという意味において,生命の原理も普遍的であると考えます.すなわち,機会にさえ恵まれれば,地球以外の他の天体においても生物は存在し得るということです.

地球上の特別な存在(生物)に関わる原理を宇宙全体に拡大するのはいき過ぎと思われるかも知れませんが,物質の原理も本質的には地球上で/あるいは地球上から観察される現象がベースになっているということに留意する必要があるでしょう.

生物は,地球上において,いまから約40億年前に誕生したとされています.私は,生命の原理の普遍性を認めるならば,生命の原理は,原初の生物の誕生に先立ち,この宇宙に存在したとするのが論理的であると考えます.すなわち,生物は条件さえ整えばいつでも発生し得たのであり,地球上ではそれがたまたま40億年前であったということです[1]

 

メカニズムの解発

物質のある種の偶然的配置―すなわち,特定の環境中における諸物質の集合―が原初の生物を誕生させたことは一般に認められています.ずっと《待ち構えていた》生命の原理は,機会を逃さずこの物質的配置をとらえ,そこに自己を顕現させたのです.

無生物からの生物の誕生は,全く新たな事象の発生です.ある種の物質の配置は一般に,別のメカニズムの作動を解き放つことがなければ,質的に異なった事象を生み出すことはありません[2].そして,別のメカニズムが解き放たれるためには,そのメカニズムはある種の物質の配置に先立って存在あるいは潜在しているのでなければなりません.すなわち,生命の原理は,原初の生物の誕生を導いた物質の偶然的配置に先立って存在していたというのが私の主張です.

原初の生物の誕生に関連してある種の自然法則―たとえば自己組織化の法則―が言及されることがあります[3].原初の生物の誕生において,仮に自己組織化の法則が成功裏に作用したとするなら,それは生命の原理にかなう物質的配置の発生確率を高めたのです.それが生命の原理に取って代わるわけではありません.

 

「自然発生説」を根本的に否定する

生物の「自然発生説」は過去の迷信であるとされています[4].すなわち,生物が自然に湧いて出るということはなく,生物は必ず生物から生まれるということです.ただし,現在,ここにひとつだけ例外があるとされています.すなわち,原初の生物の誕生です.

自然発生説が過去の笑うべき迷信であるとするなら,私たちはいまだ根本的なところで迷信を抱えています.自然発生説は次のように否定されるべきです:

生命は生命からしか生まれない.原初の生命は生命の原理から生まれた.

 

「生命の原理」を導入することの意義

《科学哲学》的には,新しい原理を導入することによっていかなる意義がもたらされるのかという議論があります.

生命の原理を導入することによって,私たちは現代の生物学研究に《密輸入》されている目的的見方を《合法化》できます.すなわち,生物を真正面から理解するための基盤が得られます.そして,すでに見たように,この基盤の上で原初の生物の誕生とその後の進化を統合的に扱うことができます.

また,別の機会に具体的に議論したいと考えていますが,人間の社会的・知的活動も生命の原理の現われなのです.このことは,ジャン=ポール・サルトルおよびマイケル・ポラニーが独立に示した「非還元的層構造」(=「半通約不可能性」の関係)からも明らかでしょう.この構造における「上層」が生命の原理(目的)なのです.すなわち,人間の活動も,広義の生物学として,統合的に理解できるということです.

最も重要なことは,生命はこの宇宙における偶然の存在ではないということです.もちろん生物の誕生と進化にはさまざまな偶然が関わりました.その意味で,この宇宙に生物が存在しないこともあり得たと考えられます.しかし,生物が現に存在しているのは生命の原理の現われであり,そこからの必然的帰結なのです.

〔以上は,唐木田健一『生命論』の3の一部にもとづく〕

 


[1] スタンレー・ミラーは,水素,メタン,アンモニアを混合してフラスコに入れ,そこに水蒸気を送り込んで放電をおこない,生成してくる物質を分析した(1953年).実験をはじめて約一週間後にアミノ酸などの有機物が生じていることがわかった.現在では,これら有機物をもとに,原初の生物が誕生したと考えられている.ここで,水素,メタン,アンモニアは原始大気,放電は雷を模したものである.

[2] 火花と導火線の接触(という物質的配置)によって華麗な花火が生じるのは,あらかじめ焔色剤,酸化剤,可燃剤が周到に構成されていたからである.

[3] Stuart Kauffman, At Home in the Universe: The Search for Laws of Self-Organization and Complexity (1995)/米沢富美子監訳『自己組織化と進化の論理:宇宙を貫く複雑系の法則』日本経済新聞社(1999).

[4] 自然発生説の否定に関しては,1862年におけるパスツールの「スワン首フラスコ」による実験がよく知られている.


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