杉原 桂@多摩ガーデンクリニック小児科ブログ

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こどもの発達課題と居場所

2007-07-16 | クリニック通信
子どもの心相談医の研修中です.

いつものことながら、自分の頭の中の地図がひろがっていき、混乱していたことが区画整理されていくので、非常にありがたい勉強会です.

たとえば、心の問題がなぜ医師たちにとって違和感があったり、なかなか受け容れ難いのか?という私の疑問には以下のように明快な答えを聴くことができます.

 通常の医師の業務は、疾病について医学部で学んだ疾病モデルをあてはめて、治療行為へとつなげていきます.

 しかし、心の問題は疾病モデルにはあてはまらず、発達モデルに基づいて治療戦略をたてなければなりません.しかし、この発達モデルがしっかりと学ぶ機会が少ないために、こうして医師免許をもっている人たちがさらに研修を積み重ねていく必要があるのです.


 初日は4名の演者でしたが、その中でも興味深いと思ったものを少しシェアしておきたいと思います.

岡田隆介先生の「学校不適応への対応」です.

幼児期、児童期、思春期、青年期のそれぞれにおいて、発達の課題と、居場所というものがあります.

1.幼児期
1-1共有の体験.
親と一緒に、または兄弟、他の子どもたちと一緒に何かを共有するという体験が必要です.共有すると孤独感は減らせます.しかし、我慢をしなければいけない部分も増える、ということを学ぶことができます.

1-2貢献の体験
自分があてにされている、役立っているという感覚を経験する必要があります.

1-3割り込みのスキル
誰かと誰かが話をしているときに、そのすき間をぬってコミュニケーションに加わる、スキル.これが集団と関わる初めの1歩です.

この3つから、「家の中での居場所」を確保するのが幼児期の課題です.
虐待されるような家庭ではこの課題がクリアできていません.

2.児童期
2-1学校の理不尽さと折り合いをつける
 学校は考えてみると理不尽なことだらけです.
なぜ、制服なのか?なぜ好きでもない勉強をしなければならないのか?なぜ、学年が違うだけで主人と奴隷のようなヒエラルキーがあるのか.

つきつめると、皆がそうしているから、そうすることになっているから、ということにつきます.

 おそらく、これが社会や文化というものに自分をあわせる、という作業なのではないかと私は思うのですが、社会にでたときにぶつかる理不尽さに対する免疫をつけていく作業なのではないでしょうか.

2-2空気を読み、距離を測る
集団の中での暗黙の了解、非言語のコミュニケーションを学ぶということでしょうか.おそらく、バースデイサイエンスでいう直感タイプの人はここが難しいのかもしれませんが、しっかりこの時期に学ぶ経験が必要なのでしょう.

これらによって児童期の子どもは「学校の居場所」を手に入れることができます.

3.思春期
自分のイケてるところを切り札にして手持ちの札で生きる決意を固める

思春期になると、だんだん自分というものが分かってきます.
何が得意で、何が不得意か.何が好きで何が嫌いか.
おそらくアイデンティティの確立のことなのではないかと私は理解しました.
友人同士で語ります.
「お前はアホだけど、走るのだけは早いな~」
「いやあ走るだけなんて、勉強できなければ何の意味もないな~」
「いや、このあいだ、お前の走っていたところ、XXちゃんがぼうっとして見てたぞ」
「えっ・・」(もしかしていいかも?)

トランプに大貧民というゲームがあります.どんなカードが配られてもそのカードで勝負するしかありません.いや、大貧民なら始める前に自分の良いカードを相手に渡さなければいけないというルールもあります.さて、そのうえで自分の手持ちでどうこの勝負を乗り切っていくのでしょうか.本当の人生では、「僕はこんな手札じゃ勝てないからやーめた」というわけにはいかないのです.

この自己肯定する部分も自己否定する部分も含めて自分というものを認識していく作業が課題なのです.

4.青年期
待つことで手にする喜びと、待たずに手に入れる満足のバランスをとる.

現代は待てない時代、と定義づけることができます.

待てないからコンビニがあちこちにできる.
待てないから電車から新幹線、飛行機などの交通網が発達する
待てないから何年も恋愛せずに出会い系ですぐにセックスする

トランプと違ってテレビゲームは初めから興奮させるように創ってありますね.
ハリウッド映画もそうです.本とは違って楽しむのに待つ必要がありません.

実は待つ作業の中にこそひそんでいる、手にしたときの喜びの大きさがあります.

待つという作業が必要な代表選手は「農業」と「子育て」です.
今の親たちは待てないまま、大人になってしまっていると言えるでしょう.

幼稚園児がスプーンをふりまわしています.まわりに汁が飛び散ります.
親は子に向かって「お行儀よくしなさい!」と叱る.
また同じことを繰り返します.
「なんで一度でわからないの!」
一度で分かるはずがないのです.それを理解するまでに数ヶ月かかるのが発達なのですから.間違った期待で、自分をいらだたせ、手を挙げてしまう.足がでてしまう.そして自分を責めて苦しむ.

虐待が増えるのも、社会構造の仕組み上、当たり前のようにも見えます.

子育てにおいて、または自分育てにおいて、このような指針がはっきり分かっていれば、人はもっと生きやすい社会を創りだすことができるように思うのです.

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1 コメント

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Unknown (水無月すずめ)
2007-07-16 09:21:02
もっと大きな子供の場合ですけれど、
http://mixi.jp/view_diary.pl?id=494128703&owner_id=12851739
昨今、学校を悩ませているいじめの問題。
子供たちは自分の興味を持てないものを学ぶ事をあまりに強要されているのではと思います。その歪みが虐待やいじめ。
理想論ですけれど、でも、真実はあるのではと思います。
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