昨日は整体の日でした。
今回はお義母さんも受けました。
まだちゃんとした感想を聞いていませんが、気に入ってくれているだろうと思います。
私はと言えば、
施術の最中、右肩に痛みが・・・と思っていると
それがどんどん激しくなり、眉間にしわが寄るほど!
肩以外のところを診てもらっているのに、ですよ。
うぐぐぅぅ~と思っていると、おわり。
え!このまま終わる!!?と思ってましたが
立ってみると痛みが消えているじゃぁ~ないですか。
あ~よかった、とホッとひと息。
そして、むくんでいた脚も軽くなっていました♪
劇的に身体の出来がよくなっているわけではないですが
徐々に良くなってきていると言われ、昨日は75点だそうです。
毎回駅までお迎えに行くのですが、昨日は会ってすぐに
「なんだかスッキリしたねぇ~」と言われました。
自分ではまったく気がついていませんでしたが、そういうことって周りの人の方が
よく気がつくものですよね。
格別「これのおかげでスッキリしたんだ!」ということはその時考えつかなかったのですが
先生とお話しをするにつれ
最近の自分は「特別な何か」を以前のように追い求めなくなったせいかもしれない、
ということが思いつきました。
タロットやヒーリングのお仕事に身を入れることもなく (´-ω-`;)ゞポリポリ
毎日作りたいものを作る、ということに夢中になっている今日この頃。
前までは「いろんな人のお役に立ちたい」と考えていたけど今は
「自分の周りの人、特に家族の役に立ちたい」と考えているということに気づきました。
スピリチュアル関係で何かしてみたい、そこで活躍したいと思っていたのが
今では全くと言っていいほどそれを望んでいないこと。
そしてそれよりも日々の生活・家族の要望を満たすことに集中したいということ。
昨日はそれらのことを自分で確認できました。
私たちは何度も生まれ変わっている、として
そのなかで世界的に有名な人物、
あるいは偉業を成し遂げるような華々しい人生をおくることは
まれなことだと思う。
多くの人生が「普通のお母さん」や「普通のお父さん」など
平凡な人生をおくるのだと思う。
その中にも「目立たない特別な使命」って言うものはあると思う。
私自身ができることはとても小さいことだろうけど
もしかしたら、うちの双子を立派に育て上げることで
社会にとても役立つようなことをしてくれる人物にできるかもしれない。
そうしたら私は目立たないけれども大きな仕事をやり遂げたことになるじゃない?
間接的だけどね。
そういった黒子的な存在を以前は物足りなく感じていたけれど
今は正反対に感じているから不思議だ。
整体を受けていくことで本来の自分の望みがわかってきたのかもしれない。
私は華々しいきらびやかな人生をおくりたいのではなく
ひっそりと、しかし存在感のあるどっしりとした人生をおくりたいんだなぁ。
そうそう、施術中にこんな話しをしていたのだけれど
「これは努力するのが面倒だから逃げてるだけかしら?それともこれが
本当の望みかしら?」と先生に聞いてみた。
と言うのも、何かを話しながらそれがウソであれば身体に表れるから。
「ほんとうにそうおもっているみたいよぉ~」と先生。
そうかそうか、怠け者というわけではなくてよかったわ。
今日の一言クロアチア語
život
人生