ジャジャジャジャーン
今朝文芸社から 「猫たちの挽歌」が届いた。
思っていたよりも早かった・・・・・。
発売は12月である
皆さん・・・よろしくお願い致します。
と
いう訳で今日は本の紹介と宣伝をさせて
いただきます。
表紙
イメージ通りだった


裏

あとがき

あとがきより
「書き始めたら猫は一匹だけに留まらず、
次から次へと姿を現し始めた。
そして彼等の姿を追うことは期せずして、
その時々の私の姿を思い出すことになった。
最初に出会った猫から始めて、順次時間経過
に従って、記憶にある彼等を追いかけていくこと
は、そのまま私の歩んで来た人生を辿ることにな
った」
広報係りのララでごじゃります

スピードとリズム感があって
テンポがいい
飽きさせない・・・猫好きのための
一冊ですニァー

後半にボクも札幌のキキおじさんも登場
して来ますのだニャン
モチロン・・・・・オカチャンも登場するのだ
ニャンちゃって・・・・・・・。

700円と安い・・・・・12月全国発売ですによって
よろしくお願いしまぁすニァー
こんなもんで
いいべかニァー
オカチャン
以上
広報部のララでした・・・・・ニャンニャン
今朝文芸社から 「猫たちの挽歌」が届いた。
思っていたよりも早かった・・・・・。
発売は12月である
皆さん・・・よろしくお願い致します。
と
いう訳で今日は本の紹介と宣伝をさせて
いただきます。
表紙
イメージ通りだった


裏

あとがき

あとがきより
「書き始めたら猫は一匹だけに留まらず、
次から次へと姿を現し始めた。
そして彼等の姿を追うことは期せずして、
その時々の私の姿を思い出すことになった。
最初に出会った猫から始めて、順次時間経過
に従って、記憶にある彼等を追いかけていくこと
は、そのまま私の歩んで来た人生を辿ることにな
った」
広報係りのララでごじゃります

スピードとリズム感があって
テンポがいい
飽きさせない・・・猫好きのための
一冊ですニァー

後半にボクも札幌のキキおじさんも登場
して来ますのだニャン
モチロン・・・・・オカチャンも登場するのだ
ニャンちゃって・・・・・・・。

700円と安い・・・・・12月全国発売ですによって
よろしくお願いしまぁすニァー
こんなもんで
いいべかニァー
オカチャン

以上
広報部のララでした・・・・・ニャンニャン
昨日銀行に行くために網代町の
市役所通りを歩いていたら通りすがりの
おばちゃんが
上を向いてニコニコしていた。
私も思わず上を向くと
ナント柿が鈴なりだった・・・・。
大きな木なので仰いで見ないと気がつか
ないで通り過ぎてしまう・・・・。
この柿は市内の小学生達が収穫して干し柿を
作るらしい・・・・・・。
古本屋に寄ると言っていた昭南さんと農協ス
トアで待ち合わせ
柿が生っていたのに気が付いた?
聞いて見るとやはり気がつかなかったらしい。
柿がたわわに生っている道を歩くのは
とっても
ロマンチックである。
私はこんな街が大好きであり
自慢できる一つである・・・・。



こんな小さな木もある

大町の街路樹は
春に綺麗な白い花を咲かせていた
ヤマボウシである。
今赤い実が生っていた。
つまんでみると
酸っぱくもなく
ゆるい・・・・刺激のない
やさしい味だった。
ジャムにできるらしい・・・・。


市役所通りを歩いていたら通りすがりの
おばちゃんが
上を向いてニコニコしていた。
私も思わず上を向くと
ナント柿が鈴なりだった・・・・。
大きな木なので仰いで見ないと気がつか
ないで通り過ぎてしまう・・・・。
この柿は市内の小学生達が収穫して干し柿を
作るらしい・・・・・・。
古本屋に寄ると言っていた昭南さんと農協ス
トアで待ち合わせ
柿が生っていたのに気が付いた?
聞いて見るとやはり気がつかなかったらしい。
柿がたわわに生っている道を歩くのは
とっても
ロマンチックである。
私はこんな街が大好きであり
自慢できる一つである・・・・。



こんな小さな木もある

大町の街路樹は
春に綺麗な白い花を咲かせていた
ヤマボウシである。
今赤い実が生っていた。
つまんでみると
酸っぱくもなく
ゆるい・・・・刺激のない
やさしい味だった。
ジャムにできるらしい・・・・。


いょいょ冬到来か 雪虫が舞う季節になった。
先日散歩ロードを自転車で走っていたら
雪虫の大群に襲われ 眼に入ってしまい・・・・・
大変なメになった。
この虫は不思議だよね・・・・
と昭南さんと話していたら
アララララ タイミング良く今日の道新の朝刊に
記事が載っていた。
今日のいつもの庭

記事によると 雪虫は少なくとも10数種類。
最も一般的にみられるトドノネオオワタムシは
シベリア、サハリン、北海道、本州、朝鮮半島
など、環日本海地域に広く分布し、ことに北海道に 多い。
ホトトギス

ミニロックガーデンの紅葉したカエデ

トドノネオワタムシは ヤチダモとトドマツに寄生する害虫とされる。
晩秋から初冬にヤチダモに卵を産みつけ、
翌春卵からかえった幼虫が育つと、春のうちに また子供を産む。
生まれた子供たちは夏にトドマツの根に移住し また子供を産む。
第3世代はさらにトドマツの根で子供を産む。
それらが立派に育ったころ、季節は晩秋を 迎える。
そして、この第4世代が、白色ろう質物を身に つけ、1年前と同様、
ヤチダモでお産するため に、ヤチダモノ木に向かって乱れ飛ぶのでる。
この雪虫を研究した人が 元北海道学芸大学教授の河野広道氏である
昭和16年の北方文芸に連載されているそう である・・・・・・。
私達が生まれる前の話しである。 たまげた・・・・・
雪虫を研究されていたかたがやはり北海道 におられたのだ・・・・。
貴重な資料だ・・・・・。
今は新種とか出ていたりして・・・・。
今日の食卓の花 千日香

いつもの 今日のランチ
のそのそカーテンから出てきて
すぐ横になる 不精者のララ

大滝のかたの
ブログから三階滝

先日散歩ロードを自転車で走っていたら
雪虫の大群に襲われ 眼に入ってしまい・・・・・
大変なメになった。
この虫は不思議だよね・・・・
と昭南さんと話していたら
アララララ タイミング良く今日の道新の朝刊に
記事が載っていた。
今日のいつもの庭

記事によると 雪虫は少なくとも10数種類。
最も一般的にみられるトドノネオオワタムシは
シベリア、サハリン、北海道、本州、朝鮮半島
など、環日本海地域に広く分布し、ことに北海道に 多い。
ホトトギス

ミニロックガーデンの紅葉したカエデ

トドノネオワタムシは ヤチダモとトドマツに寄生する害虫とされる。
晩秋から初冬にヤチダモに卵を産みつけ、
翌春卵からかえった幼虫が育つと、春のうちに また子供を産む。
生まれた子供たちは夏にトドマツの根に移住し また子供を産む。
第3世代はさらにトドマツの根で子供を産む。
それらが立派に育ったころ、季節は晩秋を 迎える。
そして、この第4世代が、白色ろう質物を身に つけ、1年前と同様、
ヤチダモでお産するため に、ヤチダモノ木に向かって乱れ飛ぶのでる。
この雪虫を研究した人が 元北海道学芸大学教授の河野広道氏である
昭和16年の北方文芸に連載されているそう である・・・・・・。
私達が生まれる前の話しである。 たまげた・・・・・
雪虫を研究されていたかたがやはり北海道 におられたのだ・・・・。
貴重な資料だ・・・・・。
今は新種とか出ていたりして・・・・。
今日の食卓の花 千日香

いつもの 今日のランチ

のそのそカーテンから出てきて
すぐ横になる 不精者のララ

大滝のかたの
ブログから三階滝

短歌では忘れられない
思い出が私にはある・・・・・。
多分私の高校の時で
帰省していた時のことだと思うが。
姉が時々 婦人雑誌を購入していた
その雑誌に 有名な歌人
五島美代子氏の手記が載っていた。
お嬢さんが 当時東大生で18歳?で自殺した時の
歌も載っていて 強く胸を打たれた記憶がある。
この歌は辛いときに常に私の横に寄り添っていて くれた・・・・・・。
今も私の宝物である。
抗し進む
風の圧力強まるにつれ
吾が生存を強く意識する
である
当時突っ張って生きていた私に 共感できる歌だったが
今でも新鮮である・・・・。
私のなかではまだこの歌を超えるものがない
これからも無いだろう・・・・。
そう言えば
40代の頃
札幌市の中学校の文集「にれ」
の編集で短歌を数年担当し、年に
何千もの生徒のみずみずしい歌に
触れてもきた・・・・・・。
私の人生はあながち短歌とは無縁でも
無かったのだ。

この時期に
詠んだ歌・・・・新聞などに掲載された。
・たえがたき頭痛(あたま)病みたる
朝なれど
生徒(こら)の顔みて力わきける
・吾が母と似たりし老女(ひと)よ
深々とおじぎせし
その丸き背中よ
お粗末さまでした・・・・。
思い出が私にはある・・・・・。
多分私の高校の時で
帰省していた時のことだと思うが。
姉が時々 婦人雑誌を購入していた
その雑誌に 有名な歌人
五島美代子氏の手記が載っていた。
お嬢さんが 当時東大生で18歳?で自殺した時の
歌も載っていて 強く胸を打たれた記憶がある。
この歌は辛いときに常に私の横に寄り添っていて くれた・・・・・・。
今も私の宝物である。
抗し進む
風の圧力強まるにつれ
吾が生存を強く意識する
である
当時突っ張って生きていた私に 共感できる歌だったが
今でも新鮮である・・・・。
私のなかではまだこの歌を超えるものがない
これからも無いだろう・・・・。
そう言えば
40代の頃
札幌市の中学校の文集「にれ」
の編集で短歌を数年担当し、年に
何千もの生徒のみずみずしい歌に
触れてもきた・・・・・・。
私の人生はあながち短歌とは無縁でも
無かったのだ。


この時期に
詠んだ歌・・・・新聞などに掲載された。
・たえがたき頭痛(あたま)病みたる
朝なれど
生徒(こら)の顔みて力わきける
・吾が母と似たりし老女(ひと)よ
深々とおじぎせし
その丸き背中よ
お粗末さまでした・・・・。